第六十一話 イルザ・シドニアと結い紡ぐもの


 ヴァニタス・リンドブルム。

 魔法学園の問題児。

 侯爵家嫡男という権力を使い学園の者だけでなく帝都でも横暴に振る舞う悪い噂の絶えない少年。

 普通の貴族なら使用人や従者を連れ歩くところを三人の奴隷を引き連れ誰憚だれはばかることなく学園を闊歩かっぽする変わり者。


 クラスメイトの中には彼の横暴に耐えかね屈する者から我関せずと静観する者、接触自体を断つ者、はぐらかし受け流す者など様々だったが、私に取って彼は取るに足らない相手だった。


 親の爵位に任せてキャンキャンと吠えてくるだけの子犬。

 権力を笠に言うことを聞かせようとしても受け流した。


 何故なら私はシドニア男爵家の、父の一人娘なのだから。


 シドニア男爵家は父が冒険者として大成し一代で獲得した家系だ。

 冒険者だった父バニオスはしがない一平民だったが、その武力を皇帝陛下に認められ貴族の末席に加えられることとなった。


 領地はない。

 あくまで爵位を与えられただけ。

 勿論貴族としての特権はあるが、それも最も低い爵位である男爵となれば上を見れば切りがない。


 父は初め爵位の授受は断っていたらしい。

 らしいというのは父の元冒険者仲間だった人に聞いた話だからだ。

 権力に興味はないと何度か突っぱねたとか。


 そんな父が爵位を求めたのは母のためでもあったと聞いたが詳しいことは話して貰えなかった。


 だが父の爵位に拘らない姿は私の目に焼き付いている。

 平民でも、貴族でも、それこそ爵位が上の上位の貴族相手でも父は無用にへりくだったりしなかった。


 私に母はいない。

 物心ついた時にはいなかった。


 その分父は私に愛情を持って接してくれたが、同時に強くなることを求めた。


 爵位に囚われず己の強さを磨くことを。

 己を守る力を、己の望むものを得る力を。


 父の生き方に憧れる私には父の教えは大切な指針だった。


 だが、それは奇しくも取るに足らないと見向きもしなかった少年がラルフ・ディマジオに語った内容と少しだけ似通っていた。






「間抜け面で呆けていていいのですか?」

「気を抜いたつもりはないぞ――――グラップ


 魔力による身体強化を施し模擬戦用の槍を前面に構えヴァニタスへと突撃する。

 隙だらけに見えた彼だがその実しっかりと私の姿を目で追っている。 


 ……やはり侮れない相手。


「ファイアアロー」


 牽制の火魔法などもう効きはしないとわかっているがそれでも放つ。

 視界を少しでも遮れればそれでいいと割り切って。


「――――集束魔力強化」

「ハッ!」


 槍を横薙ぎに振るう。

 だが、既のところで躱される。

 その動きは私と同じく身体強化によって強化されたような迅速の動き。


 だけど……一動作が早い。


「ハッ! ヤァッ!」


 至近距離で槍を振るう。

 しかしその尽くを躱され短剣でいなされる。

 しかも……。


「ライトアロー」


 時折混ざる光魔法。

 威力は大したことはないがうざったいのは確か。


 だが急に動きが失速する。

 縦に振った一撃についてこれず彼は短剣で辛うじて受け止めた。


 そのままジリジリと押し続けようと踏ん張った瞬間……。


「――――グラップ


 またあの動作。

 右手の指を開き握る動作。


 私は嫌な予感を覚え一旦距離を取る。


「……こうなると困るな。やはり掌握魔法の基本動作は弱点にもなりうる」

「それだけ何度も見せられればその握る動作が危険だとわかります。それにいま槍に右手をかざして何かしようとしましたね」

「……よく観察しているな。槍を砕こうと思ったんだが」

「どうやら引いて正解だったようですね」


 困った風に肩をすくめるヴァニタス。

 しかし、彼にはまだ余裕があるのは確かだった。

 いまの攻防も彼に取っては大したことはない、と。


 なら。


「また突進か? イルザ、君ならもっと攻め方を変えてくると思ったんだがな。……先天属性はどうしたんだ?」

「掌握魔法とかいうよくわからない魔法を使う貴方がそれを指摘しますか。……ここから披露しますよ。――――結髪糸」


 槍を持つ反対の手。

 左手の人差し指と中指から伸ばすのは細く長い茜色の髪。


 魔力で作り出した二本の髪の毛は私の魔力操作に合わせて捻り合い一本の糸へ。


「む……」


 結髪糸の射程リーチは約四から五メートル。

 しかも結合わせたこの髪は魔力で出来ている分強靭で、模擬戦用の武器程度で切れるものではない。

 それどころか私の意思次第で締め付けることすら可能で、手首や足首に引っ掛ければヴァニタスぐらい体重の軽い者なら引っ張り上げられる力強さもある。


グラップ――――小握撃コンパクト


 ゆらゆらと動く髪糸を狙った衝撃を伴う拳打。

 だが空を切る。

 

「そんなピンポイントな点の攻撃ではこれは捉えられないですよ」


 やがて短剣を絡め取った。

 一気に引き寄せ、武器を奪う。


「ハッ!」


 そのタイミングで彼の胴体を突く。

 

「集束魔力強化」

「……それだけは厄介ですね。どうやら時間制限でもあるようですが、一動作が身体強化を施した私より早いなんて」

「僕の方こそ君のその観察眼と自在に動く茜色の髪は厄介だ。絡め取られでもしたら……どうなることやら」

「…………そんな口だけのことを吐くなんて……貴方は嘘つきです」

「そうか? 本当のことだ」


 何故?

 武器も奪った。

 彼の攻撃のほとんどを回避した。

 有利な状況、このまま距離を取って堅実に攻めれば勝てる勝負のはず。

 なのに……。


 それでも彼の謎の自信に圧倒されている私がいる。


「そろそろ僕も動くとしよう。この模擬戦は互いにとってもう一つの自己紹介のようなもの。君の力ばかりでなく僕の力も見てもらわないとな。でないと……どちらが格上かみなにわからないだろう? ――――グラップ


 不敵な笑み。

 ここに自分の敵はいないとばかりに余裕の滲ませた笑みは私を臆させた。


 一歩の出遅れ。

 だがそれは致命的な……。


「――――握撃インパクト


 彼が大地に手をかざした瞬間大きな揺れが起きた。

 訓練場の地面が裂け亀裂が走る。


 生徒たちの、クロード先生の声にもならない悲鳴が響く。

 私も内心驚いていた。

 ここまでのことが出来るなんて。

 遠距離魔法の訓練でわかっていたはずなのに。


 不意打ちの揺れは私の体勢を崩させるには十分だった。

 不味い。


グラップ


 まさか……片手ずつ交互に?

 大地を揺らすのと私に謎の身体強化で接近してくるのはほぼ同時だった。

 彼はさらに続ける。


小握撃コンパクト


 槍の穂先が砕けた。


「まだ!」


 構わず突いた。


小握撃コンパクト


 さらに槍の残骸が砕ける。


「なら――――業火炎」


 残骸を放り捨て私のもう一つの先天属性『業火』を使う。

 至近距離にいた彼を焼き尽くす火。

 しかし……。


小握撃コンパクト

「炎を掻き消して……これも効かない……? ぐっ……ファイアボール」


 苦し紛れの火魔法。

 業火炎で距離が離れたからこそ出来た一手。


暴発ファンブル

「――――え?」


 パチンという音が鳴ったかと思った瞬間、彼に向って飛んでいた火球が命中する前に何もない空中で破裂していた。


「いま……何を……」

「さあ、何だろうな」


 模擬戦の途中で見た押し潰す何かでもない。

 アレはなに?

 だが考えている暇などない。


 彼はゆっくりと歩いて近づいてくる。

 言い知れない恐怖がそこにいた。


 それでも……それでも私は……。


「止まりなさい! ――――結髪繰糸」


 両手指を彼に向けて掲げそれぞれの指から茜色の髪を勢いよく伸ばす。

 それは絡め取る糸。

 彼の四肢を拘束するように茜色の髪が絡まっていく。


 しかし、彼は微塵みじんも動揺していなかった。

 

「集束魔力強化」


 再びの身体強化。

 でも……。


「業火」


 髪を伝い火を放つ。

 四肢に絡み付いた髪はそのまま導火線となり彼の身を焼く……はずだった。


「これも、効かないなんて……」


 火炎の中から彼は現れた。

 動じることも目を背けることもなく真っ直ぐ私へ。

 漆黒の瞳が無意識に後ろに下がる私を写す。


「――――グラップ


 そっとお腹に手を添えられる。

 しかし……待てども衝撃は来なかった。


「フ、これで僕の勝ちかな。イルザ」


 触れ合えるほど近くで見る不敵な笑みは眩しかった。


 私はそんな彼の姿にどこか縁のようなものを感じていた。


 運命ほど強いものではなくそっと繋がり合う程度のか細いもの。


 でも確かにそこにある。


 彼と私を繋ぐ何かをこの模擬戦を通じて感じていた。






 イルザ・シドニアは主人公がヴァニタスと決闘を行った後に、力を示した彼に興味を引かれ接触することになるヒロインだ。

 彼女は爵位に関係なく己の望みを通そうと決闘に望み、なおかつ勝利した主人公にどこか共感したことで、彼と縁を結ぶことになる。


 だが、ヴァニタスは主人公より先に彼女に力を示した。

 それは圧倒的にも似た力で彼女に主人公とは異なる別の衝撃を与えるに至った。


 イルザは今後もヴァニタスに注目するだろう。

 それは好意……まではいかないものの彼のことを気になりふと注目してしまう程度のもの。


 だが二人の間に縁が結ばれたのは確かだ。


 さて、イルザはヴァニタスに興味を引かれ模擬戦を挑んだが、ある意味彼女はこの魔法学園で初めて彼に注目し、目をつけた人物と言えるだろう。

 そういった意味では彼女はヴァニタスを見出した先駆者であり、彼女の観察眼は本物だった。


 しかし、これは序章にすぎない。

 この後に待っていることに比べればたった一人の注目など些細なこと。


 この後に待ち受ける事件? いや、事故? はヴァニタスにとってもまったくの予想外だった。











前のお話の最後に一文足しました。イルザの先天属性に関わることなので読んでいただけると幸いです。

毎回すみません。よろしくお願いします。


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