第六十話 模擬戦と猛る感情の火


 模擬戦用の武器はそれこそ山のように用意されていた。


 とはいえ刃引きされていても凶器なのは変わらない。

 取り扱いには十分気をつけるようクロード先生には念を押されつつその中の一つを手に取る。


 選び取ったのは短剣。

 軽く振ればディラクのものよりは重いが取り扱えないほどの重量ではない。


 まあこれでいいか。


「ありがとうございます。私の提案を受け入れてくれて」

「いやなに。丁度僕も皆の前でいまの実力を披露しておきたかったところだったから構わないさ」


 一方イルザが手に持っているのは模擬戦用の槍だった。


 彼女は装飾のない地味な槍を手に馴染ませるように一回転させ腰溜めに構えると、訓練場の中心に僕と対面するように立つ。

 彼女はうっすらと微笑みながら僕に礼を言ってきた。


 しかし、笑顔とは裏腹にその内に秘めているだろう感情は読めない。

 ほんの微かな熱以外は。


 ……ヴァニタスの記憶を思い出す限り、彼女はヴァニタスぼくに興味などなかったはずだが。


「……どうして急に僕を指名した? 君は僕のことを毛嫌けぎらいすることはあっても、積極的に関わろうとはしなかっただろうに」

「確かに私は貴方を避けていた。貴族の特権を見せびらかし、禄に戦う力もないのによく吠えるだけの子犬だった貴方を。もっとも貴方は容姿以外は可愛らしくはありませんでしたけど」

辛辣しんらつだな」

「聞かれたから答えたまでです」


 何食わぬ顔で以前のヴァニタスぼくを悪し様に扱き下ろすイルザ。

 彼女から評すればヴァニタスなどそんなものだったのだろう。


 それにしても爵位などないかのような態度だ。

 学園が守ってくれると考えるタイプでもなさそうなのに。


 まあ、その芯の強さがラルフとの大きな違いなのかもしれないが。

 

「ですがそんな貴方はどうやら長期休暇を経て私の知っている存在ではなくなったようです。貴方のあの的に向けて放った魔法。あれは……なんですか?」

「掌握魔法だ」

「……それはクロード先生との会話で聞きました。私は何故あんなことが可能なのか聞いているのです。ライトアローしか使えなかったはずの貴方が三週間かそこらで何故そんなに劇的に強くなったのか」

「さあ、何故だろうな?」

「……この後に及んではぐらかしますか」

「はぐらかしてなどいないさ。ただこの後僕たちは模擬戦を通じて互いを知ることになる。その前にすべてを語ってしまうのは……少し勿体ないかなと思ってね」

悠長ゆうちょうなことを言うのですね。……以前の貴方なら強大な力を手にしたらここぞとばかりに自慢し欲望のままに行使しようとしたはず。そんな小物な部分まで変わったと言うのですか……」


 いぶかしげな眼差しを送ってくるイルザ。

 彼女は模擬戦用の槍を空を裂くように一閃させると、刃とは反対の石突で地面をしたたかかに叩く。


「貴方の人格に何か変化があったのかはこの際興味はありません。私が気になるのは強さだけ。ヴァニタス・リンドブルム。貴方の未知の力を私に見せて下さい」

「いいだろう。僕の力を存分に味わうといい」


 僕の獰猛な笑みをイルザは軽く受け流す。

 しかし、その瞳に宿る熱は確かに強まっていた。


 そこへすっかり面倒そうな顔から呆れ顔へとシフトしたクロード先生が開始の合図を出すため近づいてくる。


 彼は僕たちの会話を聞いて釘を刺してきた。


「お前ら……好戦的なのは百歩譲って許すが、互いに怪我にだけは気をつけろよ。学園には熟練した回復魔法の使い手も控えているとはいえ、致命傷を負わせるようなことは絶対に避けろ。いいな、これは約束だぞ。特にヴァニタス! さっき的当てで使った魔法は禁止だぞ! いいな、禁止だからな! これ以上余計な手間をかけさせるなよ!!」 

「勿論です。ですが特にクロード先生にお手間を取らせた記憶はないのですが……」

「このッ、コイツ澄ました顔しやがってっ。はぁ〜〜、もうオレは驚かされっぱなしで疲れたんだ。模擬戦は普通にやれ。いいな、普通だぞ。ヴァニタスもイルザもこれが授業だって忘れるなよ」

「はい」「……いいでしょう」


 クロード先生の念押しにコクリと頷く僕とイルザ。

 だが力を試す模擬戦がそんな簡単に決着が着くはずがない。


 授業開始よりは確実に顔色の悪くなったクロード先生には悪いがもう少し驚いて貰おう。






「始め」

「では小手調べです。――――ファイアアロー」


 先手はイルザ。

 クロード先生の気の抜けた合図に合わせて彼女は動く。


 単純な火魔法の汎用魔法。

 矢の形を象ったものだが精緻せいちなものではない。


 一発は適当な牽制のためか狙いが甘い。

 少し横に避けただけで地面に突き刺さる火矢。

 背後で軽い衝突音が響く。


「ファイアアロー」

「――――グラップ


 矢継ぎ早に放たれた次の魔法を片手で逸らす。

 速度こそ早いがそこはクリスティナたちとの訓練で慣れたもの。

 火矢は明後日の方向へと飛んでいく。


「む……ファイアボール」


 逸れる火魔法を見てもイルザは動揺しない。

 次の矢として放ったのは火を球体に形成した魔法。


 直撃すれば内包された火が僕を焼くだろう直径約三十センチメートルの火魔法。


 だが速度はファイアアローに比べれば遅い。

 それに水魔法や土魔法と異なり質量のない火魔法なら十分に対処可能だ。


グラップ――――掌握圧コンプレス


 僕とイルザの中間地点まで迫っていた火球を大気中の魔力を操作し押し潰すと手の内へと圧縮する。


「え?」

「は?」

「…………何アレ」

「バッ、馬鹿かっ!??」


 観戦者、特にクロード先生が絶叫する中、僕は手の内に納めた火の塊をクラスメイトたちのいない方向にすぐ様投げ捨てた。

 地面に当たった赤い塊が割れ火を吹く。


「いま……何を……それが掌握魔法だと言うのですか?」

「そうだ。大気中の魔力を操り君の魔法を周囲から押し潰した」

「周囲から? 私の魔法が動くのに合わせたと?」

「ああ」

「なら貴方は自分から遠く離れた位置で直接魔法を放ったとでも言うのですか?」

「そうだ」

「簡単に恐ろしいことを……魔力には距離による減衰がある。自分から遠く離れた位置に魔力を届かせるのは難しい。ましてや魔法を発動するなんて……」

「だがそれが掌握魔法だ」


 目の前で目撃したものが信じられないと顔を歪めるイルザ。

 だがそんな彼女に断言する。

 それを可能にするのが掌握魔法だと。


「なるほど……貴方はまるで別人になったと。その力が証明という訳ですか……」


 一人頷くイルザ。

 しかし、彼女の戦意は衰えるどころかさらに増していた。


 猛る火が空高く燃え上がるように。


「……私もここからは本気を出しましょう。そして、貴方の編入生への自己紹介に習って私も先天属性を明かしましょうか……『業火』と『結髪』。貴方の力と私の力。どちらが強いか確かめさせて下さい」











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