第五十八話 遠距離魔法訓練
屋外訓練場の端。
外部に魔法が逸れても問題ないように厚い壁に囲まれた場所に、ズラッと射的の的のようなものが並んでいる。
配置は様々、段差で高さを区切られた的は設置された距離や大きさも異なるもので、訓練に使うには申し分のないものだった。
遠距離魔法の訓練のためだけの場所。
ゼンフッド帝立魔法学園が広大な敷地を有しているからこそ出来る
フロロクラスの生徒たちは的の前に陣取ると二人一組で横並びに並び始める。
「え、えっとヴァニタス……様……順番は……どう、されますか?」
「ん? 呼び捨てでいいと言っただろう。仕方ない、慣れない内はそうだな、さん付けからでもくん付けからでもいいぞ」
「え、でも……」
「敬語もいらん」
僕とラルフがもたもたしている間も生徒たちは次々と魔法を放ち始める。
火、雷、紙、泡……などなど見るも鮮やかな多種多様な魔法たち。
うむ、またも出遅れてしまったな。
僕はいまだ態度を決めかねているラルフに先を促す。
「ラルフ、お前の魔法が見たいな。先に頼む」
「は、はい! わかりました!」
返事自体は元気のいいものなのだが、若干目が死んだままなのは変わらない。
まあ、生真面目そうなラルフの性格ならそう簡単に僕に合わせるのは無理か。
だがまあ、そのうち慣れるだろう。
「い、行きます。――――アースショット!」
五メートルほど離れた的に飛ぶのは
土魔法の汎用魔法。
ヒルデガルドの習得しているマッドショットの土版だな。
クリスティナの扱う水魔法と同じく質量を持った魔法でもある。
見事に的に命中した土の塊だが、クロード先生の発言通り特別製なのかびくともしない。
まあアースショットは汎用魔法の中でも難度の低い魔法だ。
威力は推して知るべしだな。
続けてラルフは連続して魔法を放つ。
そのどれもが汎用魔法ではあったが、習得の容易なものが多いとはいえ
「アースボール」
土の球体。
アースショットよりかは綺麗に球体に形成されたそれは、イメージのしやすさからほとんどの者が最初に習得する基本の魔法。
「サンドエッジ!」
砂の刃。
ほう、次は砂魔法か。
難度は初級だがラルフの持つ先天属性『土砂』のお陰か砂魔法もある程度使いこなせるらしい。
少しの気合いを入れただけで特に気にすることもなく自然体で放つ。
「……アースピラー!」
土の柱。
中級難度の魔法。
二メートル近い長さを誇る土の柱を目標に向って射出する。
ラルフはそれを頭上に作り出し、的に向って撃ち出した。
命中した瞬間ガラガラと訓練場に響く破砕音。
的は無傷だが……まあまあの威力だな。
人相手にぶつかれば致命傷とまではいかないが、軽い負傷を負わせられるのは確実だ。
ただ速度は少し遅いかな。
その後も次の模擬戦に支障のない範囲で遠距離魔法の訓練を続けるラルフ。
しかし、汎用魔法とはいえこれ程使えるとは……。
だが、ヴァニタスの記憶では長期休暇前に彼とペアを組んでも何もさせなかったようだから禄に知らないのも当然か。
「ラルフは土魔法と砂魔法の両方で汎用魔法を習得しているんだな。やるじゃないか」
「え、そう、ですか?」
「敬語」
「そ、そう? ヴァニタス……さん。あ、ありがとう」
うん、多少歪だがこれはもう仕方ないな。
「汎用魔法でも中級難度のものとなると習得には時間がかかるものもある。学生、しかも一年生の身でそれを使えるとは将来は有望だな」
「へ、へへ……そうかな」
「で? 独自魔法はどうなんだ?」
「えっと……その……まだ一つも習得してないん……だ」
「そうか……」
これだけ汎用魔法の使えるラルフだがそこは難しかったか。
だが、どちらかというと独自魔法まで手を出せていないのは性格に起因していそうだな。
魔法は魔力操作力もそうだが、イメージ力にも左右される。
真面目な面のあるラルフでは発想で新たに魔法を生み出すより、既存の魔法を覚えていった方が習得の効率が良かったのかもしれない。
「うむ、なら次は僕が魔法を披露しよう」
ラルフと交代で前に出る。
「まずは軽く――――ライトアロー」
光属性の汎用魔法。
ヴァニタスが唯一習得していた魔法。
威力はそれほどないが速度は早め。
「次、ライトボール」
球体に形成した光魔法。
僕が新たに習得した魔法でこれを覚えるだけでも結構苦戦した。
やはり先天属性の有無は習熟速度に関係してくるといういい例だな。
ライトアローとライトボールを交互に放ち、的との距離感を掴む。
「ラルフ」
「あ、はい」
僕の隣で光魔法が的に吸い込まれていく姿をただ眺めていたラルフに振り向かせる。
「見てろ。これがいまの僕だ」
ラルフ、さっき僕の提案を断ったのはヴァニタスがライトアローぐらいしか使えなかったからというのもあるのだろう?
強くしてやろう、なんて上から目線で言われても実感が湧かなかった。
だから見せてやるぞ。
特等席で。
「 ――――
右手の五指を握り締め、大気中の魔力を集束する。
いままでの掌握魔法なら体外に魔力を放出する遠距離攻撃は難しかった。
それは僕の魔力操作力も関係していたがなにより集束した魔力の取り扱いに苦戦していたから。
自分の魔力でない大気中の魔力は制御が難しかった。
だが、僕はそれを乗り越えて新たに魔法を習得した。
手を的に向って真っ直ぐ前へ。
五指を開く。
「――――
的に向かうは大気中の魔力を集束し形成した一発の砲弾。
次の瞬間、ドガンと一際大きな破裂音が訓練場全体に響き渡る。
「……え?」
耳の奥に響く重い音。
遠く五メートルの距離はあるのに地面を伝わる微かな振動。
「流石に壊れないか……」
衝撃に土埃が舞っていたのが晴れるとそこには無傷の的の姿。
硬いな。
一応
わざわざ試す訳ではないが
「…………何アレ?」
「おい、何が起きたんだ!?」
「うるさっ、何いまの」
自分の訓練そっちのけでにわかに騒ぎ始めるクラスメイトたち。
どうやら鳴り響いた轟音に
注目が一気に集まる。
だが、そんなことは関係なかった。
「ラルフ……いまの魔法、どう思った」
「…………」
「これが僕の魔法だ。掌握魔法。大切なものを守り通すために、思うがままに生きるために鍛えている力」
「………………これが力」
ラルフはただただ
そのどこか憧れの混じった瞳は少しだけ生きる活力の脈動を感じさせた。
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