第四十六話 嘆く血の剣を砕いて
魔力による身体強化。
魔力の活用方法には魔法として具象化させる以外にも様々な技術が存在する。
身体強化はその一つ。
体内の魔力を全身に巡らせ身体能力を上昇させる。
練度によって上昇幅は異なり、熟練者なら体の部分部分に魔力を集中させ身体能力の一部のみをさらに強化することも可能だ。
その身体強化を僕は掌握魔法で集めた大気中の魔力で発動した。
自らの少ない魔力で大気中の魔力を呼び寄せ使用する。
掌握魔法の基本だがこれを身体強化に応用するのは結構難しかった。
何せ自分以外の魔力、しかも量が多い。
結果掌握魔法を利用したこの身体強化はピーキーな性能を持つこととなった。
瞬間的には高強化状態で行動出来るが持続力はなく、いまの僕の力量では
だが、それでも接近戦に不安のある僕には大事な武器。
「ク、クソっ! なんだこのガキ……バローダ、行け! あいつらに俺たちの怖さを思い知らせてやれ!」
「おう、お頭ぁ!!」
大槌使いのバローダをけしかけるザギアス。
なんだ自分から来ないとはいまので怖気づいたのか?
「……クリスティナ、バローダはお前がやれ。いいな?」
「はい!」
「だが覚悟がないなら殺す必要はないぞ」
「いえ……主様に比べれば私など……ですが必ずあの大男は私が倒します」
「ああ……マユレリカと使用人たちはアシュバーン先生に任せておけ。先生なら守り通してくれる。お前はバローダの相手に集中しろ」
「はいっ!」
クリスティナが剣を構えバローダに向かっていく。
ラパーナの姿のアシュバーン先生がその他の賊の相手をしてくれる中、二人は一騎打ちのような形式で戦い始める。
チラとアシュバーン先生と目が合う。
先生は任せておけと言っているようだった。
さて、取り巻きも人質もいなくなり僕とザギアスも一対一だ。
「……嫌に冷静だな。そんなに俺は弱く見えるか?」
「いいや、お前は僕より強いだろうな」
「ああ? 何言ってやがる! それでなんで奴隷を自分から離した。なんで俺に生意気な口が聞ける?」
「生意気では駄目か?」
「駄目に決まってんだろうがぁ! 弱いヤツはな! 奪われ続けるだけなんだよ! 行け! 血塊剣!!」
空中を疾走する血の剣。
ザギアスの先天属性『血霧』と『剣』を組み合わせた魔法だろう。
「――――
「はぁ? 今度は魔法を逸しただと? どうなってやがる!」
「さあな」
「チッ、その目、何もかも見透かした気になりやがって、ガキがぁ! ――――赫霧」
「む……?」
赤い血の霧。
ザギアスを中心に広がっていくそれは先の見通せない赤の領域。
僕を取り込もうと急激に広がるそれに一歩引き逃れる。
これは……。
「ハッ、この魔法の危険性がわかるか? これに囚われたが最後、お前からはまったく視界が利かず、逆に俺からは手に取るようにお前の動きがわかる。ここは洞窟の一部屋だぞ。いつまでも逃げれると思うな! それに霧の外だからって安心するのは早えぞ! 血塊剣!」
配下たちを巻き込まないように血の霧の動きを制限しているようだが、僕が取り込まれるのも時間の問題だ。
あの濃い血の霧……あれがランカフィール家の騎士たちを不意打ちで倒したタネか。
僕でも取り込まれれば掌握魔法で大気中の魔力を取り込むのは難しいかもしれない。
何せザギアスの魔力に包まれることになるからな。
「
だが、考察している時間もない。
血の霧に紛れた血の剣の魔法は
「オラオラ、足を止めてる場合かぁ? さっきの高速移動はどうした! 防戦一方じゃねぇか! ハハッ、血塊剣!」
霧に紛れて姿の見えないザギアスが煽ってくる。
自らの領域が出来たことで一気に有利になったことがヤツを調子づかせている。
しかし……数が多いな。
一発一発が射線をズラして放たれていて防御しづらい。
「――――血霧影人」
「なに?」
血の霧から飛び出す何かがある。
血の霧を纏った人型。
両手に握った二振りの血の霧の剣で斬りかかってくるそれに、咄嗟に僕は迎撃に出る。
「――――
簡単に霧散した!?
「騙されやがってこれだからガキは……オラッ!」
「ぐっ……血霧の人型は、囮か……」
傷は胸鎧のお陰で浅いが……傷口が熱をもったように熱い。
「ヴァニタス・リンドブルム! 大丈夫ですの!」
「っ! 主様!」
「フンッ、余所見するな女ぁ! お前の相手はおれだ!」
「く……邪魔なヤツめ。そこを退け!」
マユレリカとクリスティナの叫ぶ声が遠くに聞こえる。
傷口から血が滴り地面に落ちる。
「ハッ、粋がった結果がそれかぁ? ヴァニタス。これでわかっただろ。貴族のおままごとなんてこんなもんだ。結局強い者には敵わない。呆気なく死んでいくんだよ。どうだ? 後悔したか? なんでも自分の思い通りになると思うこと自体が
赤い血の霧を背にザギアスが吠える。
お前は間違っていると糾弾する。
あれはヤツの本音なのだろう。
貴族という権力を持つ者に対する強い執着のあるザギアスの心の叫び。
だけど……それでも……僕は……。
「……だからって屈するのか?」
「は?」
「相手の方が強いからって投げ出すのか?」
「…………」
「たとえ自分が敵わなくても僕は逃げ出さないぞ。誰からも無謀と言われても目を背けない。僕は僕の道を歩むと決めているんだから」
「……だが現実としてお前は俺に敵わない……そうだろうがぁ」
「退け」
「……っ」
「お前が退け」
僕は立つ。
傷口から滴る血をもう抑えていなかった。
ただ目の前に立つザギアス目掛けて短剣を構え、血に濡れた右手を開く。
「我が侭を通すんだ。僕だって死ぬ覚悟は出来てる。だが、必要なんだ。僕がこの先茨の道を進んでいくには。互いに命を掛けた戦いが」
「……狂ってんのか? 何故貴族のガキが命を掛ける。そんなことしなくともお前は
「僕は彼女のことなどどうでもいい。不幸だとは思うがな。助けられるなら助けてやってもいいとは感じる。だがそんなことはここで命を掛ける理由じゃない」
「……なら何だってんだ」
「きっとザギアス、お前と同じ理由だよ。――――目障りだ。お前のような犯罪者が」
「あ?」
「邪魔なんだよ。僕の道に転がる石ころが。他者を虐げ、奪うことしか知らないお前らが。お前は僕の道に不要なんだ」
「ハ、ハハッ、なんだよ。要は俺たちにムカついたってだけなのかよ。ハハッ」
笑うザギアスに僕はもう何も掛ける言葉はない。
言いたいことは言った。
後は行動で示すだけだ。
「ハハハ……そうか。同じか高貴なお貴族様と小汚ねえ俺たちが」
「…………」
「いいぜ。ケリをつけよう。どっちが我を通せるか。これはそういう勝負なんだろう」
「ああ……最期までな」
動く。
ここが決着をつける時だ。
「包み込め――――赫霧!」
追加で放たれる赤い血の霧。
アレに包まれれば終わりだとわかる。
短期決戦だ。
もうポーションで傷を治す時間も惜しい。
攻める。
血の霧が広がるなら逆に圧縮してやる。
右手の五指をザギアスの隠れた血の霧に向ける。
「――――
「!?」
霧の外側の魔力を動かし、霧ごと手中に収め、圧縮した血の塊を放り捨てた。
「俺の血霧を一部とはいえ削っただと!? 風魔法でも簡単には吹き飛ばない魔法だぞ!? このっ、血塊剣・惨骸!」
「――――
先程までの血の剣をさらに禍々しく変化させた魔法。
だがもう速度と軌道は見慣れたぞ。
「逸らすでもなく砕く……」
「
「
その魔法は見た。
血の霧を針のように纏め放つ魔法。
あまり殺傷力の高くない足止め用の魔法。
僕は強化した身体能力で急所に当たる部分だけを短剣で迎撃する。
血の針が突き刺さり鋭い痛みが走るが、他はすべて無視だ。
「ぐ……おおおおっ!! ヴァニタス!」
「ザギアス!」
遂に血の霧という領域から飛び出し斬りかかってくるザギアス。
その片手には一振りの剣。
いや、直に両手に二振りとなる。
「血霧赫剣!」
もう片手に握られたのは高密度の血の赤い
あれがザギアスの
僕を鎧ごと容易く両断する死の刃。
だが……。
「な、ここに来て短剣を捨てるだと!?」
僕はディラクの短剣をその場に放り捨てた。
ここからは賭けだ。
いや最初からかな。
だが、訓練でも不安定でまだ威力の低いこれもいまこの時のためにある。
「
両手で魔力を握り締め、地を駆ける。
そして、二振りの剣を十字に重ねるように振るうザギアスの真正面へ。
集束し圧縮した両手の魔力を一点にぶつける!
「――――
僕のいま出来る最強の攻撃。
それは……容易くザギアスの二振りの剣を砕いた。
金属の欠片と血の塊が舞い散り、血の霧が晴れる。
後に立っていたのは僕一人だった。
「腹が抉れる程度で済んだか……丸ごと吹き飛ばすつもりだったんだがな」
「ゴホッ、ヴァニタスぅ……そっちこそ俺に勝ったのに随分満身創痍じゃねぇか……」
地面に寝転がり僕を見上げるザギアスの腹部はものの見事に抉れ内蔵が見えていた。
あれはもう助からないな。
「痛いか?」
「ああ、ゴホッ、めちゃくちゃ痛えよ。というか普通聞くか? ぐ……お前がやったんだろうが」
「そうだが……
腹部は抉れ血溜まりが広がる中、ザギアスは笑っていた。
しかし、その笑みに殺意も敵意もない。
ただやりきった終わりの表情だった。
「ヴァニタス……ぐっ……楽しかったぜ」
「僕は別に楽しくなかったぞ」
「ぐ……あ……つれねぇなぁ」
「……じゃあな」
「ハッ、地獄で待ってるぜ」
僕はかすかに震える手で短剣を握りザギアスの首を掻き切った。
生温い血が手を伝い溢れ落ちる。
もうこの流れる血が戻ることはない。
血に濡れた僕の手は
でもそれでも僕は進む。
血に濡れた茨の道でもこれが僕の道なのだから。
すみません。遅くなりました。
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