第110話 黒猫とバフォメットの悪魔対談

 バフォメットの意思は、元々ひとつの意思であった自分のコアに向かって行く。


 幸いにも、小屋の結界が解けて場の空気はあいつ等の狂った血や体液で澱んでいる。

 これならば、小屋の下に隠れているもうひとつの結界の歪み、即ち汚れたピンホールからそこに辿り着けそうだと認識するが、そこにまさかがいた。


(あれは、ビュレット? 気高き猫の悪魔が何故ここにいる? だが……これは。)


 バフォメットの意思は、同族の猫の悪魔であるツブ猫を見つけ考える。


 恐らくは、自分の気配を感じ取り多少の考えを伝えることが出来る存在があそこにいる。

 幸いにも、あのネクロテイマーと対峙していることから、戦っているようだ。


 問題は、俺を信じてくれるかどうか―――。


 だが、あのネクロテイマーが帰る道のピンホールを見逃すはずがない。

 俺がコアに戻ったら、十中八九奴の手の内にコアは行ってしまう。実体のない俺の意思ではどうすることも出来ないであろう。


 俺が避けたいのは、コアの意思があいつに取り込まれて、不本意にもあいつの中に居るであろう別れた意思のひと欠片に全てが飲み込まれて、この高揚感をなかったかのように汚されること。


 ならば……この黒猫悪魔に掛けてみる他ないのだろう。

 俺がコアに入り、ネクロテイマーの持つ俺の意思に負けない自信はあるのだから。


 バフォメットの意思は、静かに忍ぶように小屋から黒猫へのコンタクトのタイミングを伺う。


 ※ ※ ※


「くっ。何なんだ? 俺達への攻撃を抑えて防御に徹してからのこいつらの硬さ……厄介さは。」


 丈二は、サニーと連携を取りながら黒猫のサポートに徹しているが、どうにもその手応えを感じられない。

 黒猫も黒猫で、死人を幾度となく切り刻むが、その攻撃がなかったかのようにそれらは元に戻ってしまう。


「おいにょ! 休む暇はないにょ。ダメでも攻撃を続ければ糸口は掴めるはずにょ。」


 黒猫の叱咤に負けじと、丈二は八木と連携して『万科辞典』と気配感知のスキルを組み合わせて、ゼアス・ピオンを含む4体の敵の動きやパターンをトレースし、土魔法での援護に努める。


「この動き……ここか!」

 今回も人型の死人の動きを巧く拘束する。


 その拘束に呼応するように、もう一体をサニーが身体を張って止め、もう一体を黒猫が首を刎ねるのだが、すぐさま、カメレオンの魔物が修復をかけようとする。


 また、このパターンか―――。


 あいつの傀儡がまた元の通りに戻ってしまう……。

 ゼアスまで攻撃が通らなければ、何かをしているあいつの目的が遂行されてしまう……。

 どうすれば!


―――丈二の覚醒しているであろう思考でも、打開点が見つからず頭を悩ませたそのとき。


「流石は、うちの天才やな。この事態が臭いで分かっとったんかいな?」


 誰よりも頼りになる指揮官が、何かを投げながら小屋に飛び込んで来る。

 その投げたものは、首を刎ねられた人型の死人に当たり、それの体全体に液体を巻き散らす。


 もがき苦しむ死人と、修復をしようとカメレオンの魔物が施していた黒い光が消えていく。


「今やでぇえええ!!」

 叫ぶ竜人族の指揮官カットレイの言葉に、マリダ婆さんが呼応する。


―――光魔法 セイクリットクリア!!! 


 浄化の光が立ち、死人のひとりが消えていく。

 流石にこの光のマナを近くで浴びると自分にもいい影響はないなと、黒猫の悪魔ツブリーナは一旦入口の近くまで大きく飛び、次のタイミングを伺うことにする。


 ◇


(少しの間は、あの狼に任せるにょ。恐らくあれは聖獣の類にょ。僕は光のマナの拡散を待ってその間に少し体力を温存、回復に努めるにょ。)


 黒猫がそう思い少し身体の力を抜いた瞬間に聞こえてくる……そうバフォメットの悪魔の囁きが。


 ◇


 バフォメットの意思は、あの竜人族が着いた瞬間に、この状況が多少ないし良くなることを確信していた。


 自分が負けた理由に、この女の力があったことは気が付いていたし、闇の暗殺者がやられていた状況も、ある程度は把握しながら彼は戦っていた。


 目で追う――黒猫の動きを。


 そして、飛んでくる。自分の目の前に! 今しかない。

 悪魔が……というのはおかしいのかもしれないが、彼は祈るように黒猫に囁く。


(ビュレット。聞こえるか、バフォメットだ。……頼みがある。頼む聞いてくれ。)


 その声は、本当に祈るような声であった。


 ◇


(な! なんにょ。さっきまで外で戦っていたお前が僕に何の用にょ!)


(良かった……つながったんだな。手短に言う。俺はまた外の奴らのような人間と俺の力の限り戦いたい。その為にこの自我を持ったまま、ここの下に封印されている俺のコアに戻って自我を保ちたい。)


(それがどうしたにょ? 僕にはどうでもいいことにょ。)


(まて、よく聞け。俺はこの意思はそのコアに戻ってしまうんだ。魂の分体といえば分かるだろ? それが出来てしまう道が既にあるんだ。そしてそれをすると俺のコアはあいつの手に落ちてしまう。それが何の意味を持つのか、同じ悪魔ならこのヤバさが分かるはずだ!)


 それを聞いた黒猫は、髭と耳をぴくんと伸ばし、その危うさを悟る。


(あのネクロテイマーの目的ってまさか? お前の木偶化かにょ?)


(正解だ。あいつの中にも俺から生まれたバフォメットの意思がいる。コアを手に入れてその意思を自分のやつに統合させてようとしているはずだ。そしてあいつの中にいる俺はあいつに陶酔しきっているだろう。)


(意思がその状態で統一されたら、コアを持っているあいつはお前を思いのままに……かにょ。どうせ、本体の封印先も知っているだろうしにょ。)


(それを防ぎたい。その為にも、俺はコアの意思を俺のものにする。そして、あいつの中にいつ意思にも勝ち、本体以外の俺の意思を俺のものにする。そこまでは、お前に頼らなくても出来ると思うんだが、問題は……。)


(コアを握られたままなら……かにょ……。よりによってあいつはネクロテイマーだからにょ。)


(ご明察だ。話が早くて助かる。)


(この話をこいつらにも伝えていいかにょ? あの棒もった兄ちゃんは恐らくは「ゲスト」にょ。)


(なるほど、それでか! だが、口に出したら終わるぞ? あいつら意識の中で話せるのか?)


(任せるにょ。幸いにもあいつの能力は「戦闘では弱すぎ」だけど、仲間と会話出来る能力にょ。)


 悪魔と悪魔の会話。取り引き。

 それが終わると黒猫は、自分が最も守りたい相手マリダの側に駆け寄り、マリダにお願いをする。


「ばぁちゃん。お願いするにょ。脳内のあいつらと話がしたいにょ。耳栓を貸して欲しいにょ。」


 マリダはにっこりと笑って、「ありがとうねツブちゃん」と小さな声で呟き、黒猫ツブリーナの耳に耳栓を付ける。

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