第108話 悪魔とは、人とは、ジアスとは

 悪魔との闘いに背を向け、カットレイは「並列思考」を駆使して、自分が疑問に思っていたことを考えながら、しかも、足早に小屋へと向かう。


 一番の疑問は、あの悪魔に対して『何故自分たちは「あれ」を「ジアス・ピオン」だと思い込んでいたのか』だ。彼女には、ジアスにしか見えなかった。だが、組合長達には、紅い眼をした悪魔に見えている。


 そして、組合長達が対峙していた悪魔は、「クズ」で「ゴミ」と兪やされたジアス・ピオンのそれではない。

 戦いを心から楽しんでおり、その戦いぶりはフェアである。


 それは、あの悪魔と戦っていた面々の顔や行動を見れば明らかであり、何よりも奴は回復を断り、「戦いで受けた傷は勲章」とまで言い切った。


―――「あれ」は、何なのであろう。


 背中で、悪魔が崩れ落ちた音がする。

 カットレイは指揮官の職を持つ冒険者であり、現実的である。

 だからこそ、並列思考で、こちらのカットレイが悪魔の立ち振る舞いに好感を持ち「フェア」に戦いたいと思っていても、もうひとりのカットレイがそれを許さなかった。


 悪魔が負けた要因のひとつに、カットレイが去り際に仲間へ施した、彼女の指揮官のスキル「全ステータス6%UP」が、勝敗を分けたに違いないと確信をしており、心に少しだけ痛みを感じていた。


 そんな彼女の出した結論は、「悪魔」とは、俗世間が言うように全ての悪魔が悪ではなく、人間と同じように個々が持つ感情による結果、「人間」が悪と思うような悪魔もいれば、善と思うような悪魔もいる。

 確かに種族として持つ、その力は強大で、人間にとっては脅威なのであろう。また、この世界に存在する個体数の少なさが脅威を見せているのかもしれない。


 ただ、それだけの存在なのではないか。


 彼女は、それを結論としたときに、「はっ!」と、それは、もう一つの結論に結び付く。

 ジアス・ピオンの固有能力についての仮説だ。

 あれの、人をイライラさせる能力は人知を超えていなかったか? そして、彼の周囲に与える「嫌悪感」は、異常すぎた。

 

 彼女は、戦いに勝った高揚感に浮かれている八木達には悪いと思いながらも、そのことを脳内で伝え、そのようなスキルがないか聞いてみる。


『あるよ。』

 聞いて速攻でその答えが返ってきて、驚くカットレイであったが、「まぁそこは、八木はんやからなぁ」と苦笑いしながら、その効果について改めて質問をぶつける。


『なぁ、八木はん。その効果ってどんななんや?』


『僕もおかしいと思って調べてたのだけど、恐らく彼の能力は「欺くあざむ者」。』

『欺く者かいな?』


『簡単に言うと、自分の印象を自分が思っているように見せるスキルで、特に彼が「嘘」だと自覚していることは、より顕著にそれが出る傾向にある。また、それは、必ず嫌悪感を持たれるようで、ある意味呪われたスキル。』


『なんか、けったいなスキルやなぁ。』

 カットレイは、少しだけあのゴミが哀れに思う。


『なぁ、そんな話をしているときに、言うのも変な感じなのだけれど、クズの兄弟曰く、そのジアス君は既に死んでいて、ゼアスがその死体に『悪魔』を降ろしてたみたいだぞ。』


 その一言で、カットレイは何となく、ジアスの嫌悪感が最終的には、正々堂々の騎士道ともいえる立ち振る舞いをした『悪魔』バフォメットへの好意的な感情へ変わって行ったことに納得をした。


『ジアスには哀れみを感じはするんやが、最後にわし達が感じた戦いの高揚感は、悪魔に対してのものやったんやな。』


『僕もその不思議な自分の気持ちの変化は分かるー。』

『そっすね。』


『このつぶちゃんもそうなんだけどね……。すべての悪魔が、私たちの思うような悪魔ではないのよ。神殿の者が言うのも変だけれど、時には人間の方が「悪魔」だと思うことも往々にあるものよ。』


 黙って話を聞いていたマリダ婆さんが、悲しそうな声でぽつりと言う。


『まぁ、なんだ。悪魔のことは納得できた気がするが、肝心の目の前のこの男については……。』

 丈二が、何か言いかけて会話が途絶える。


『あー。どらちゃん急いでやってくれ。やっぱりゼアスが黒幕だわ。こいつはここで倒さないとダメ。』

 八木の声色が変わる。


『あっぶね。それこそ黒猫の悪魔がいなかったらやられていたわ。』

 どうやら、丈二は無事であったらしいが、中で何が起きているのか分からないカットレイは、急いで小屋の扉に辿り着きドアの扉に手を掛ける。


『悪魔が味方で、死体を操る人間が脅威、正に今はそんな感じよねぇ。いいかしら若い人たち、何が正しいかはその置かれた状況でしっかりと判断出来るようになりなさいね。』


 マリダが、優しくも何かを決意したように、脳内会議に参加している面々に、ゆっくりと教えるようにそう言った。

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