第106話 悪魔との同調:狂気と歓喜

 自分の置かれている状況はどうであれ、この人間たちは、確実に俺を追い込んでいる。

 実に周到な罠を巡らせ、一歩間違えればこの体では終わりだ。


 だが、それが面白い―――。


 なんだ? 俺の力が不安定になってきている。

 力が沸くようで、吸われるようで、実に気持ちが悪い。


 『バフォメットの意思』は、唯一の快楽とも言える、「久方ぶりの命の駆け引き」を邪魔されるような感覚に苛立ちを覚える。



「おい! お前達の都合で、俺の楽しみを邪魔するんじゃねぇええ!!!」

 小屋に向かって吠える悪魔。

 

 その声に、その男は反応し……長い灰色の髪をかき上げ、青白い顔でやりと笑う。


 ◇


「なんとも……何とも面白いことになっているのだな。君達が彼を?」

 その男、ゼアス・ピオンが丈二を見て言う。


「彼?」

 丈二は、奴のいう「彼」が誰を指すのか分からなかった。普通ならラスルトのことなのだろう。

 だが、何故だろうか。こいつの言う「彼」は違う気がした。


「ああ……。ラスルトは弱いからね。僕が言う彼は外居いる兄だよ。」


「やはりねぇ。でも、あれは、強力な悪魔の意思に、乗っ取られているんじゃないのか?」


「ん~。君たちは、賢い手練れだと思っていたけど、そっちの方の知識はないのかな?」


「あれ。もう死んでるよ? もう僕の玩具なんだ。その玩具にちょっと悪魔を落とし込んでいるだけなんだ。」

 ゼアスは、両手を小さく広げ、少しだけ芝居がかった口調で、丈二達を見下げるように言う。



 ※ ※ ※


 『三つ葉』のフリージアは、少しづつ冷静な自分に自覚を持ち始めていた。

 冷静な自分が見つめる先に見えてきたこと。

 この「動物人間の悪魔」の動きの癖、攻撃のタイミング、そして、それの脆さを―――。


 タンク役ファランクスのローズヒップがその攻撃を受け、そこから攻撃を繰り出す作戦がいけない。

 それを機にして、設ける罠も読まれている。


 ―――恐らく、あれは歴戦の戦士。


 ローズヒップが盾で受け、戦局が止まったこの瞬間。 私のすべきことは……。


 フリージアは、組合長のところに移動する。

 そこで、彼の耳に手を当て、そのことを伝えて、新たなパターンを模索するように頼む。

 そして、彼が考えた作戦を、他の「二葉」に伝える術も丸投げをする。


『成る程、流石Bランク筆頭ギルドの頭脳なだけはあるな。「今のこの膠着。戦略パターンを逆手に取られて、ぎりぎりのところで追い込めっていない」――か。どうなんだろうね。』


 組合長は、恐らく聞いているであろう、会ったこともない「異世界の頭脳」に向かって、問いかけをする。


 ◇


『ん。多分なんだけど、あの悪魔は、戦闘に酔ってそうだね。』

『そっすね! あたしと格闘技ゲームしてる時のジンジンと同じ顔をしてるっす!』


『よねー。僕もけれたんとの闘いは、今までにない「戦慄」と「興奮」を楽しんでいるからね!』

『と、いうことはっす!』


『んだ! けれたん殺法で行こう。』


『ふむ。さっぱりわからないが、きっと良い作戦を思いついたのだな?』

 ゲームだのよく分からない言葉に、一瞬戸惑う彼だが、そこには慣れてきているようで、淡々として聞いてくる。


『あの悪魔には無い発想で挑めばいいんだよ。ということで、あの悪魔に、作戦会議による休戦の提案をしてみよう♪』

『はぁ?』


『あの手のタイプは、次に何してくるかが、楽しみで仕方がないタイプ。だから、きっと乗ってくる。』


 ◇


 組合長は、その提案に半信半疑ではあった。

 だが、このままでは進展が見込めないのも事実であり、ここは、言うとおりに提案をしてみる。


「ところで、提案なのだけどね。”紅眼の悪魔”くん。」


 ほう? という顔で、こちらを見るバフォメット。


「提案だと? こんなに、お互い楽しんでいるんだ、「詰まらないこと」は言ってくれるなよ?」


「もちろんさ。君が、少し驚くような作戦を思いついてしまってね。それの作戦会議をしたいのだが……どうかな? 無論、君が受けてくれればの話なのだけれど。」


 丈二のように、『交渉術』のような便利なスキルなど持ってはいないが、彼の従事してきたこの職業は、交渉と調整の連続だった。


 「チームみたらし団子」なる謎ギルドに、最近は、苦湯を飲まされ自信を失いかけていたたが、ポーカーフェイスによる交渉には、本来自信があったのだ。

 だから、落ち着いて物事を伝えるように努める。


 幾回に及ぶ言葉の紡ぎを経て、『戦う』ということにだけは、この悪魔と通じ合ったような感触を持つ。

 彼が交渉を上手く進めれている中で、稀に起きるこの高揚感は、あの悪魔が、この提案を受け入れることに確信を持つには十分な事象――。


「いいだろう。だが、どうやら俺にも時間がないようだ。手短に、そして、絶対に俺を楽しませることに努めるのだぞ!」


 紅い目を光らせ、嬉しそうに話す悪魔。

 それに対して、右手の拳を差し出すファランクスのローズヒップ。


 ニタリと笑い拳を突き返すバフォメットの姿を見て、八木とケレースを含めた、その悪魔と戦っている面々にも、ぎりぎりの戦いの中でお内容に生まれた高揚感に浸っていた。


『あれは、想像以上のバトルジャンキーっすね。 まぁ、こちらもそこは同じっすけど!』


 ※ ※ ※


 そして、数分のインターバルの後、悪魔バフォメットとの、狂気と歓喜に導かれた最終ラウンドが始まる。

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