散
錆び切った標識の「ようこそ」
繁盛の跡がそこここに覗く温泉街の
目抜き通りは駅前である
今でも人は住んでいて
玉こんにゃくなんかの屋台が出ている
大半の屋台は木片と鉄片を繋ぎ合わせた粗末な造りだが
なかには二階建てでトタン屋根の立派に見えるものもある
二階は食事処だろう
そのトタン屋根を駆けて行く男が一人
鉄粉と錆で茶色い汗を額に滲ませ
表情は恐怖である
あまりに必死に見えたから
私はあっと言って
無意識的に
周囲の人間を見渡した
しかし温泉街は無関心
というより、気が付いていないようだった
戻すと
男の後ろから脂肪の鎧をゆさゆさ振ってトドが走って来る
トド
その牙はもとは白色だったのが想像できる黄色で
先端にいくにつれて細くはなるが鋭くなって
腹を五人分くらい串刺しに出来そうだった
眼には白目がないから不気味で
白目はないが血走っていると感じた
男はトドから逃げていた
トドは男にしか興味がないのか
私には一瞥もくれなかった
目の端に一人と一匹を送った後に
私は
男がまだ捕まらずにいてくれるから
人類は平和なのだと思った
もし
(殺すつもりなのかは知らないが)
トドが男を殺して
他にも人間はいることに気が付いてしまえば
大変である
人間は数多くいることに気が付いたぶん
これまでよりも厄介である
全く接点のない男であったが
私には男が救世主だった
だが
男がもうじき捕まることも
私にはわかっていた
そして
なんとなく次は自分だろうなぁと
口を開けて考えていた
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