37話 推しとBBQと七色の雨


 きゅーがついてくるのはいつものことだけど、フェンさんまでいるのは珍しかった。

 というのも実は【天空城オアシス】での防衛戦において、フェンさんが仕留めた獲物を【宝物殿の守護者】で預かっていたからだ。


 狼というのは一カ月前に仕留めた獲物の場所を覚えていて、再び食べにくるといった習性を持つ。特に北極狼などの寒い地域に生息する狼は、広大な自分の縄張り内にいくつもの獲物の死骸を隠しておく。

 何が言いたいかと言えば、先の防衛戦においてフェンさんは自分の獲物たちをそのまま放置しておいたら誰かに横取りされると、食い意地全開の理由で俺を頼ったわけだ。

 そして自分が狩った獲物なのだから、自分が食べるのは当然だと主張してきており、子犬の姿に変身してまで今回の異世界パンドラ攻略についてきた。



「今日の食材は【極彩鳥コカトリス】です。これはフェンさんが仕留めてくれた鳥です」


 みんなにしっかり宣言して、フェンさんの面子メンツを立てておく。

 カラフルに色づく怪鳥コカトリス。その性質は石化という最悪の状態異常を引き起こし、巨大なニワトリとヘビを融合させたような見た目だ。

 ちなみにサイズは大型乗用車よりも大きい。


 素材の状態を確かめた後、俺は炭火焼きセット・・・・・・・を取り出す。

 ふふっ、お給料が入ったのでけっこういいやつを購入してみたのだ。



「もしかして……その設備、バーべーキューかしら?」


「鳥さんです。焼き鳥です?」


「わっ、野菜もたくさんあるね! 全部白いけど!?」


「【闘牛ブルウンモウ】の霜降り肉もございますので、焼き肉もお楽しみいただけます」


「「「ゴクリ」」」


 まずはしっかりと炭に火つけする。

 炭が十分に温まり白くなるまで待つ必要がある。その間に、【極彩鳥コカトリス】を【解体】でパパッとさばいてゆく。


「下ごしらえはわたしがしますが、焼く時はみんなで楽しみましょう」


「が、学友とBBQ……私、こんなの初めてだわ」

「ぼくもです! きるる姉さまもそらちゃんも、たくさん一緒に焼くです!」

「なんだかわくわくしてきたよ? んんっ、執事くんが切ってくれたこの野菜を串に通せばいいのかな?」


「あら、やってみると意外に楽しいわね? ちょっと、ぎんちゃんはお肉ばっかり刺してゆかないの。こう、ねぎと交互に、バランスよくね?」

「大丈夫です! 鶏肉はヘルシーですから、たくさん食べても問題ないです」

「いや、ぎんぴ。きるるんはそういう事を言ってるんじゃなくて、あっ、でも鶏肉っていい筋肉つきやすいんだよね。タンパク質が豊富だし、今回ばかりはたくさん食べちゃうかなー」


 推したち3人がきゃっきゃとはしゃぎながら、BBQの準備をしている画角を意識する。リスナーたちに、今まさに自分が推したちとBBQをしているのだと感じてもらうためだ。

 そんな幸せ配信が流れゆけば、いよいよ食材を焼くターンがやってきた。



「金網をセットしたら、お好きなタレを鶏肉や野菜などにぬってゆきましょう。鶏ガラと香味野菜仕込みの照りだれなどもお勧めでございます」


「わ、私はオーソドックスに醤油タレにするわ。この鼻孔をくすぐる香ばしいかおりがたまらないのよ」


「ぼくはねぎ塩です! わ、刻みねぎも用意されてるです! たっぷりふりかけるです」


「あたしは、シンプルに塩胡椒こしょうにしよっかな。素材のお味を堪能できるし、ひきしまった風味が最高だからね」


 三者三様に鳥肉を焼いてゆく。


 じわり、じわり、と鶏肉のあぶらがしたたり落ちる。

 それはまるで宝石がうるおい煌めくのと同じで、肉の旨味がすくすくと育っているように思えた。


 そして推したちは丹念に、くるくると焼き加減を一生懸命に調整してゆく。

 顔が真剣そのものでちょっとシュールだ。

 だが、そこが愛おしい。


 そんな、無言配信が成り立つほどに三人は可愛らしかった。

 肉の脂のせいでゴォォォッっと炭火が激しく燃え立てば、『きゃっ』『アキャッ!?』『わっ!』と驚くのも、これまたリスナーたちはニッコリだろう。

 1人だけ【孤独な人形姫マリートワネット】の、不気味な鳴き声が憑依していた者もいるが俺は気にしない。



「んっんっ……ほどよい歯ごたえね。コリコリしていて美味しいわ」


「はむっあむ、はむっ……こっちはぷりっぷりです! んん~おねぎの風味とお塩が効いてます!」


「もぐもぐもぐ……ふあーこれはお酒をグイッと飲みたくなるね!?」


「そらちー、ダメよ? 私たちはまだ高校生なのよ?」


「そらちゃん……まさか飲酒したことあるです!?」


「ん? 言ってみただけだよ?」


 晴天の下、彼女たちは笑い合いながらBBQを楽しんでゆく。


 

「そういえば黄金領域が解放されたわりに、周囲の変化がないわよね?」


「たしか神様が復活したら、さびれた景色も人が住みやすいよう祝福に満ちる、ですよね?」


「あの巨大ゾウさんが仕事をさぼってる説!」


「あっ、いえ……【雨を守護する神象レイン・キーパー】はしばらく【孤独な人形姫マリートワネット】の遊び相手をしているらしく……」


 そんな噂をすればなんとやらだ。

『パォォォォォオオォォオム』っと、都市の向こうに見える砂漠の下から巨大すぎる象が出現した。

 さらにいつの間にか【虹を呼ぶ天使エレファン・エンジェル】たちも周囲を浮遊しており、【雨を守護する神象レイン・キーパー】がひと鳴きすれば一斉にシャワーを降らし始めた。


 軽いお天気雨がサッと俺たちへと降り注ぐ。

 推したちにキラキラと雨粒がはじける。


「あら? えっ、雨、雨よ!?」

「うわーい! なんだかちょっときもちいですね!」

「んー、少し暑かったし、ちょうどいいかなー」


「の、呑気なこと言ってないで、みんな衣装が濡れちゃうわよ!?」

「えっ、あーきるる姉さま。変身中ですよ、ぼくたち」

「きるるんは何を勘違いしてたのかなー? 執事くんに見繕ってもらった衣装と勘違いしちゃったのかなー?」


「べ、別にそういうわけじゃないわよ?」

「じゃあたくさん濡れちゃいましょー! もうすぐ止んじゃいそうです!」

「そしてもふもふに突撃してかわかそー! おー!」


「そ、それは名案ね!? ナイスアイディアだわ、そらちー!」


「くきゅっ?」

「わふっ……」


 ちょっとした通り雨に、きるるんもぎんにゅうも、そしてそらちーにも笑顔がはじける。


 水もしたたるいい推したち。

 彼女たちがはしゃげば、いつの間にか空の祝福が咲いていた。

 推したちの背景に、それはそれは綺麗な七色の虹が舞い降りていたのだ。

 

 まさかこんなエモいシーンが撮れるとは。

 俺の視界を通じて、きっと万のリスナーたちが幸せいっぱいになってるのだろう。

 そんな熱を感じて俺も幸せだ。



 まさにそこは、虹の生配信にじらいぶだった。





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【香り豊かな極彩焼き鳥】★☆☆

極彩鳥コカトリスの肉は多種多様なタレと相性抜群である。色彩豊かな香りが鼻孔をくすぐれば、食欲が一気に駆り立てられる。アッサリした味から、コク深い濃厚な旨味を手軽に楽しめる。ただし、しっかりと下ごしらえをしないと状態異常『石化』になる。

古代人はまれに殉教者に食べさせて、石化した人間を彫刻家が削ってご神像としていた。


基本効果……30分間、石化耐性(小) を得る

★……30分間、ステータス防御+1を得る

★★……30分間、ステータス防御+1を得る

★★★……30分間、石化耐性(中)を得る


【必要な調理力:30以上】

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