274 気分は守るための嘘
それからは4人掛けのテーブルで座り直し、僕と柳沢君が並んで座りその向かい側にヤミ子先輩と剖良先輩が座る形になった。
先輩方2名もドリンクバーを注文して飲み物を持ってくると会話が始まった。
かつて告白して玉砕した憧れの先輩と一度付き合って破局した憧れの先輩に見つめられ、柳沢君は見て分かるほどに
「……柳沢君。私、柳沢君にひどいことばかりして本当に申し訳なかったと思ってる。キスを直前で拒否してごめん。ひどいメッセージを送ってごめん。勝手に別れたつもりになっててごめん。私、柳沢君にはどう謝っていいのか分からないぐらい最低だった」
「先輩……」
ヤミ子先輩は真剣に頭を下げて柳沢君に謝罪し、柳沢君は心からの謝罪に何も言えなくなっていた。
剖良先輩はつまらなそうな表情でオレンジジュースをストローで飲んでいて、やはり柳沢君には逆恨みに近いが悪印象しかないのだろうとは思われた。
「私、決して柳沢君のことが嫌いだった訳じゃないしもちろん傷つけようなんて思ってなかったから。だけど、柳沢君がこんなに苦しんでたのに私は何もしてあげられなかった。こんな私のこと嫌いになって当然だから」
「いえ、ヤミ子先輩に悪意があった訳じゃないのは俺だって分かってますよ。……だから、誰のせいにもできなかったんです」
ヤミ子先輩が柳沢君のことを嫌いになっていたとか柳沢君を傷つけたかったというのなら、柳沢君は全てを彼女のせいにして楽になることができた。
ヤミ子先輩に悪意がなかったのは彼自身分かっていて、だからこそなぜ彼女がそのような態度を取ったのか分からず柳沢君は一人で思い悩んでいたのだろう。
「それでね、私、柳沢君に大事なことを伝えないといけないの。それを聞いたら柳沢君はもっと辛くなるかも知れないけど、私は絶対に伝えないといけない。なぜなら、私が柳沢君の恋人になれなかったのはまさにそれが原因だから」
「……それは、解川先輩も関係がある話なんですよね?」
彼も概ね何を言われるのかは予想できたのか、確認のため尋ねるとヤミ子先輩は黙って頷いた。
息を呑んだ柳沢君にヤミ子先輩はゆっくりと口を開く。
「私、柳沢君と付き合って自分が女性しか愛せない人間だって初めて分かったの。だから柳沢君とキスもできなかったし、柳沢君と別れて安心したんだと思う。……そして、私が一番好きなのはここにいるさっちゃんだって分かった」
「と、いうと……」
剖良先輩の方に視線を送った柳沢君に、剖良先輩はこほんと咳払いをすると、
「柳沢君。去年の3月に私はあなたからの告白を断った。あの時他に好きな人がいるからって言ったけど、それはヤミ子のこと。私はずっと前から、それこそ予備校で初めて知り合った時からヤミ子のことを愛してたの」
「そ、そんな……」
言われる内容は予想していても実際に真実だと分かるとショックだったらしく、柳沢君は剖良先輩の言葉に
大学に入って最初に好きになった2人の先輩が両者ともレズビアンでしかもその2人が付き合い始めたと聞けば確かに想像を絶する衝撃だろう。
「だからヤミ子が柳沢君と付き合い始めたって聞いた時は本当に悔しかった。一度は私に告白したくせに、私のヤミ子を横から取った柳沢君のことは憎くて仕方がなかった。何度も本気で死んで欲しいって思ったぐらい。柳沢君は本当に何も悪くないけど、私はそれぐらいヤミ子のことが好きだったの」
「それは何というか、申し訳ありませんでした……」
柳沢君は実際何も悪くないのだが、怒りを込めた口調で言った剖良先輩に柳沢君は落ち込んだ表情で頭を下げた。
「柳沢君。そういうことだから私はもう君の、というより男性の恋人にはなれないの。これからはさっちゃんと恋人同士になって2人で生きていくと思う。……本当にごめんね。柳沢君の恋心を、私は踏みにじっちゃった」
両目に涙を浮かべて柳沢君の気持ちを守るための嘘を口にしたヤミ子先輩に、
「……いえ、ヤミ子先輩。俺、真実を知れて良かったです。だって俺は2回も失恋しましたけど、それはどっちも不戦敗ってことでしょう? レズビアンの人に告白して振られたのは、当然俺に魅力がないからじゃありません。そう思っていいんですよね?」
柳沢君は闘志を取り戻した口調で、最高にポジティブな意見を述べた。
「もちろん! 柳沢君は真面目でかっこよくて誰よりも思いやりのある好青年だから、普通の女の子にアプローチすれば絶対に大丈夫。それは私とさっちゃんが保証するから」
「……私も柳沢君はいい人だと思う。大体、悪い人だって思ってたらヤミ子と付き合うの邪魔してたし」
「先輩方、ありがとうございます! 俺、明日からちゃんと大学行きます。ちゃんと進級して絶対にかわいい彼女作ります!!」
柳沢君は笑顔で決意を表明し、この瞬間に彼と先輩2名とのトラブルは解決した。
その解決はヤミ子先輩が口にした嘘に基づくものだが、これで誰も傷つかなくて済むならばそこには何の問題もない。
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