173 気分は公立病院
軽音部のライブコンサートの最中にステージ上で倒れた美波さんは即座に駆け付けた救急車に載せられて最寄りの公立病院へと搬送された。
担架で運ばれていく美波さんに付き添っているマレー先輩に付いていくとその場の流れで僕も救急車に同乗することになった。
幸いにも美波さんは救急車の中で目を覚まし、座ったままずっと彼女の手を握っていたマレー先輩に一体何が起きたのかを尋ねていた。
すぐに目を覚ましたといっても大観衆の前で突然倒れたからには健康状態に何らかの問題があるので救急車はそのまま公立病院に向けて走り、到着すると美波さんは担架に寝かされたまま院内に運ばれていった。
大学祭の会場であり美波さんの在籍校であるところの畿内歯科大学には附属病院が存在するが、医大の附属病院と異なり畿内歯科大の附属病院には医科の診療科が一般内科と眼科・耳鼻科しかなく救急対応ができないため公立病院に搬送されたらしい。
美波さんは今現在内科の病棟で各種の検査を受けているらしく、僕はマレー先輩と共に外来の待合室の長椅子に座っていた。
「まだ心配は尽きませんけど、美波さんが目を覚ましてくれてよかったですね。ご気分も良さそうでしたし」
「それはそうだな。ただ、美波はこれまで身体には何の問題もなかったから絶対何かあったに違いないんだ。心臓病とか神経疾患とか、もし美波が重大な病気だったら……」
世界で一番愛している存在だけに心配が果てしないのか、マレー先輩は最悪の状況を想像して涙目になっていた。
美波さんは明らかに元気そうだったし先輩を勇気づけてあげたいのはやまやまだが、無責任に励まして万が一重大な事態だったらと考えて僕は先輩の隣で黙り込んでいた。
「ちょっとトイレに行ってくるから、もし呼ばれたら後で行くと伝えてくれないか?」
「もちろんです。どうぞ行ってきてください」
大学祭の会場に着いてから一度もトイレに行っていなかったからか先輩は僕に伝言を頼むとふらつきながら椅子を立ち上がり、不安定な足取りでお手洗いへと歩いていった。
恋人が病院に救急搬送されて心配になるのは当たり前のことだが、マレー先輩の美波さんへの愛情がいかに深いかがその様子からひしひしと伝わってきた。
それから体感で3分ほど経った時、病棟の側から中年女性の看護師さんが速足で歩いてきた。
ちょうど外来が空いている時刻で待合室には他に年配の人しかいなかったからか、看護師さんは迷わず僕に声をかけた。
「すみません、宇都宮美波さんの付き添いの方ですか?」
「ええそうです。今は……」
物部先輩はお手洗いに行っていますと伝えようとすると看護師さんは満面の笑みを浮かべて僕の言葉を遮った。
「すぐにお伝えしたいことがありますので来てください。いいですよね?」
「あ、はい……」
この状況で僕が先輩を置いて病棟に行くのは本来おかしいのだが看護師さんはやたらテンションが高い上に既に足が病棟の方に向いており、僕は状況に流されて付いて行ってしまった。
看護師さんに追従してしばらく歩くとそこは産婦人科の外来であり、僕はこれから聞かされることを100%に近い感度で察した。
「先生、ご本人の婚約者さんが来られました」
僕を連れて診察室に入った看護師さんが元気よくそう言うと、
「この度はおめでとうございます。宇都宮さんはおめでたですよ! 妊娠2か月です!!」
「ええ、本当におめでたいです……」
この状況で何を言えばいいのか分からず、僕は苦笑いして呟いた。
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