第16話 サイクロプスが落としたアイテム

 晩ご飯を食べたあと公衆浴場でのんびりする。

 アオイは銭湯にも温泉にも行ったことがないので、これが初めての大浴場だ。

 病院の風呂もそこそこ広かったが、更に何倍もある。

 大勢の前で裸になるのは少し抵抗があったが、すぐに慣れた。

 湯に浸かると、とろけるほど心地よかった。


 汗を流し、それからクラリッサが使っている宿に向かう。

 手に入れたキューブの中身を一緒に確かめるのだ。


「つい勢いでアオイくんを連れて来ちゃったけど……男の人を部屋に誘うなんて、私ったらなんて大胆なことを……ドキドキ!」


「はあ……」


「けど、アオイくんって可愛い顔だから、あんまり男を連れ込んだって感じにならないなぁ。なんか女友達と一緒にいるみたい」


「そうですか」


「……あれ? よく考えると私、ちょっと酷いこと言ってる? アオイくん、女の子みたいって言われても気にしない?」


「別に気にしないですよ」


 病院で看護師たちによく言われた。

 自分でも鏡を見て「華奢だなぁ」と感じたし、声変わりもまだだ。それを特別、不愉快に思ったことはない。

 自由に歩き回れる程度の筋肉は欲しかったが、それはこの世界に来て叶った。

 アオイは自分の外見に、あまり興味がないのだ。


「へえ。じゃあ逆にアオイくんはドキドキしないの? 年上の綺麗なお姉さんと個室で二人っきりなんだよ! おお、私は幼い少年を誘惑しているのではなかろうか!」


「いえ。特になんとも思わないです。ボク、そういうのよく分からなくて……やっぱり、十三歳にもなったら、異性とか恋愛に興味がなきゃ変でしょうか……?」


 なにせ同年代の人間が周りにいなかったので、普通の十三歳というものが分からない。

 テレビやネットを通じて情報を仕入れても、遠い世界のこととしか思えなかった。


「変じゃないと思うよ。でも……そっかぁ……ホッとしたけど、ちょっとガッカリもした……」


 クラリッサは肩を落とし、力なくベッドに座り込んだ。

 女性としての魅力を否定されたと感じたのだろうか。


「えっと。クラリッサさんを綺麗だとは思ってますよ。クラリッサさんは魅力的な人です。ただボクが子供だからドキドキできないだけです」


「アオイくん、慰めてくれるんだ……キミはいい子だなぁ」


「お世辞じゃないですからね。森でカメレオウルフを相手に剣を振るう姿を見て……感動さえしたんですから!」


「唐突な熱弁!? 感動って……なんで?」


「だって格好良かったんですよ! クラリッサさんが剣を使う姿が! 剣術の素人のボクに言われても嬉しくもなんともないかもですけど『これぞ剣士』って感じでした! クラリッサさんは顔やスタイルもいいですけど、それ以上に、太刀筋が綺麗だと思いました。大げさに言うと、人生を感じました。クラリッサさんが今まで真面目に修行をしてきたんだって……根っこのところは凄く真面目な人だって。ボクを命がけで守ろうとしてましたしい……ボク、クラリッサさんを尊敬してます!」


 アオイに恋愛は分からない。

 しかし人間としてクラリッサを好きだ。

 その気持ちを素直に口にしてみた。

 どうやらちゃんと伝わったらしく、クラリッサは顔を真っ赤にし、あわあわと両手を動かす。


「て、ててて、照れくさすぎる……! 持ち上げすぎだよ! お姉さんをからかうんじゃありません!」


「ボクはただ、自分がどう思ってるか伝えたかっただけです。そしてクラリッサさんは、自分が凄い人だって自覚してください。ボクみたいな子供がドキドキしなかったくらいで落ち込む必要ないんです。クラリッサさんは立派な人なんですから――」


「わーっ、わーっ、わーっ! ストップ。そこまで。顔から火が出る。恥ずい。見るな!」


 叫びながら彼女はアオイを両腕で抱きしめ、そしてベッドにゴロンと転がった。

 アオイの顔は胸に押しつけられ、なにも見えない。ただ柔らかい感触があるばかりだ。


「あの。どうしてこんなことを?」


「赤くなった顔を見られなくなくて……アオイくんの視界を塞ぐため、咄嗟に……」


「そうですか。本当に恥ずかしかったんですね。なんか、ごめんなさい」


 布越しにクラリッサの心臓の音が聞こえてくる。とても激しいリズムだ。


「謝ることないよ! 凄く嬉しかったし……でも、褒め殺されるかと思ったよ……」


「次はもっと手加減して褒めることにします」


「よろしくね……あ、ところでアオイくん、息苦しいでしょ? ごめんね、むぎゅってして」


「あ、大丈夫です。ちゃんと息できます。お母さんが優しかった頃を思い出して、懐かしい気持ちになれました」


 アオイの病室には誰も見舞いが来なかった。

 しかし最初からそうだったのではない。

 もっと小さかった頃は、両親や親戚たちもアオイの病気が治るのを期待し、定期的に顔を見せていた。

 特に母親は熱心だった。

 来るたびに抱きしめて、頭を撫でてくれた。

 深い愛情を感じた。


 けれど、アオイの病気は決して治らず、大人になる前に死ぬのが確実と分かると、少しずつ足が遠のいていった。

 次男が生まれると、ますます来なくなり、やがて完全にアオイを忘れてしまったようだ。 アオイも今まで、自分がかつて親に愛されていたというのを忘れていた。


 そんな話をクラリッサにすると、彼女は抱きしめるだけでなく、頭を撫でてくれた。


「ありがとうございます……やっぱりクラリッサさん、優しいです。けど、お母さんって感じじゃないですね」


「そりゃそうでしょ。私、まだ十六だし。お姉さんだから!」


「ですね。圧倒的お姉さんでしたね」


「そのネタ、まだ引っ張るの!?」


 確かに、この調子でクラリッサをからかっていては、深夜になってしまう。

 ここに来た本来の目的は、キューブの中身を確かめることだ。

 クラリッサの胸から解放されたアオイは、鞄からキューブを出して床に置き、アペリレの魔法をかける。


 まずはアオイが一人で倒したクマ型モンスターのキューブ。



――――――

名前:三ツ目クマの爪

説明:アクセサリーとして需要がある。スタミナ回復の薬の材料にもなる。

――――――



 それほど貴重品ではなさそうだ。

 次はサイクロプスのキューブをアイテムにする。



――――――

名前 :力のペンダント

攻撃力:+10

加護枠:残り1

――――――



「おお。さすが強敵なだけあって、いい感じのアイテムが出てきましたね。攻撃力が10増える効果があるみたいです」


「サイクロプスってパワー系だからね。いかにもなアイテムが出てきた。これ、アオイくんが装備しなよ」


「え、いいんですか?」


「私、すでにペンダント装備してるもん。攻撃力が20増えるやつ。アクセサリーって同じところに何個もつけると、効果が打ち消し合うから駄目なんだよ」


「へえ、そうなんですか……じゃあ遠慮なく」


 加護枠にはMP+200をセット。

 これで魔法を連発できる。

 まだ魔法の練習が十分とは言いがたいので実にありがたい。

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