第8話 未来へかけて欲しいから

クリシアの目に入ったのは、恐ろしい光景だった。魔猫は、先へと急ぐように声をかけたが、聖女として使えてきたクリシアには、見過ごす事は出来なかった。

「先へ、急ぎましょう。もう時間はないし、あの魔女は、助からない」

「えぇ・・・そうでしょうけど、あの子を東海の向こうに届けなければいけない気がするの」

クリシアは、どうしても暴徒の中に戻るという。

「私達も、危険です。皆、狂っている」

「紅魔・・・」

クリシアは、魔猫の額にそっと唇を寄せた。

「祝福された魔猫。お願いよ。ここで、私が助けなかったら、あの子の魂が消えてしまう。消えては、いけない子よ」

「行くのですか?ただの魔女を助けに?」

「彼女は、最初から、魔女だったのかしら」

クリシアは、首を傾げた。

「そう、将軍達が、話していましたよ」

魔猫は、クリシアが、戻る事に同意したくなかった。暴徒と化した民や兵士が、もう、シャルの体とは、わからなくなった肉の塊を槍先に刺して、口々に罵り、騒いでいる。逃げている地這いの王子の兄弟や、新たに現れる魔女にへの恐怖に、皆、冷静さを失っている。そんな中に、聖女と言っても、彼らが危害を加えないとは、言えない。もうすぐ、クリシアは、役目を終え、寺院で眠りにつくのに。

「あなたは、ここにいて」

「だめです。私も行きます」

ついて行こうとした、魔猫の体を目掛けて、掌から金の輪が飛び出してきた。

「だめです」

避けようとしたが、聖女の金の綱から逃れる事はできなかった。

「最後になるかもしれません。紅魔・・・私が、力尽きても、彼女を恨んではいけない。」

魔猫を見つめる瞳の奥には、溢れるほどの愛情があった。

「後、少ししたら、自然に金の綱は、切れるてじゆうになれるから」

「待って!」

魔猫は、もがいたが、綱は切れる事はなく、クリシアは、暴徒の中へと消えていった。

「嘘つき。一緒に故郷の砂漠に帰ると言ったのに・・・もう、残り少ない時間なのに」

最後の仕事を終えたら、2人で、のんびり暮らす約束だったのに。クリシアの力は、そんなに残っていない。暴徒達と戦い、シャルの体を奪い取っていく。魔猫が、ようやく助けに向かった時には、瀕死の力を振り絞り、最後の兵士を倒した後だった。

「もう、行きましょう」

魔猫は、この後、クリシアが、何をするのか、知っていた。

「今すぐなら、まだ、間に合います」

「いいえ・・」

クリシアは、かき集めた、元は、シャルだった物を並べ始めた。

「禁術ですよ」

「知っている」

「どうして、通りすがりの私達が、こんな害のある魔女を助けるのです?」

「それは・・・私が聖女だからです」

クリシアは、自分の首にかかっているネックレスを外すと、両手の人差し指とn中指を交差し、表に返した。指の間から、ほとばしる光は、弱いものだった。

「ダメだわ・・・何かが、足りない」

シャルの体が、全て、揃っている訳ではなかった。クリシアは、首を振る。

「未完成かもしれない。何かが、足りない・・・でも、時間がない」

ほとばしる光を再度、クリシアは、自分の額に向ける。

「そんな!自分を身代わりにしては!」

指の間のネックレスは弾け飛ぶ、光は、クリシアの額を抜けて、まっすぐに、シャルの体へと向かっていった。

「だめだー!」

叫んだ瞬間、クリシアの体も、シャルの体も、地上からは、すっかり消え去っていた。髪の毛一筋、落ちてはいなかった。

「まだ、一緒にやりたいことがたくさんあったのに!」

魔猫だけが、一人、そこに残されていた。

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酒涙雨で終わりにしようか?。EP1 天を呪う編 蘇 陶華 @sotouka

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