酒言酒語

九龍砦と城塞事情

 酒言酒語1






 日暮れの九龍城砦、【東風】内。マオが同業者に貰った酒を皆であけようという話で、テイクアウェイの食べ物を持ち寄ったいつもの面々。


 焼味飯ポークライス車仔麵ラーメン滑蛋飯たまごごはん鮮油奶多バタートーストなど、様々な料理がテーブルに並ぶ。

 アズマが食器や箸を準備していると入り口の扉が開き、山ほど酒瓶を抱えたマオが到着。


「多過ぎじゃない?」


 しゃがみ込んで床に袋を広げるマオの横に座ったイツキが疑問を呈す。ガラガラと瓶を転がしつつマオがボヤいた。


「康楽街ん所の店が立ち退きで閉店してよ。店長、香港でカミさんとちっせぇ冰室カフェやるんだと。持ってけねぇからくれたんだわ」

マオの店で提供したら良かったのに」

「出せるヤツぁ出すけど、このへんは飯屋向きなんだよ。レンにわけてもまだ余っちまった」


 ふぅんと頷きマオの手元を覗き込むイツキ


「どれがオススメ?」

「んー、おまえには…そうだな…」


 マオは袋をゴソゴソやって、黄金色のボトルを取り出す。


「桂花陳酒。甘いの好きだろ」


 マオからボトルを受け取ると、イツキはおもむろに蓋を開けてそのまま一口飲んだ。ほんとだ、甘い、と小さく呟く。


「ストレートは駄目よイツキ


 言いながらアズマが氷の入ったグラスと水を持ってくる。それに桂花陳酒を注ぎチビッと啜ったイツキは不満そうな顔、氷と水で甘さが薄くなったからか。

 大地ダイチが羨ましそうに声を上げた。


「ねー俺のは!?」

「んだよ、お子ちゃま。カムラが騒ぐぞ」

「ええよ…ちょっとなら…」


 カムラが答えるとマオはあっそぉと相槌を打ち、ディサローノの白を持ち上げる。ホワイトの可愛らしい瓶に大地ダイチが目を輝かせた。


「これバーに置こうか迷ってんだけど、その前に感想きかせろよ」

「わーい!!」


 瓶を抱きかかえクルクル回る大地ダイチ、またしてもアズマがキッチンへ割り物を取りに行く。帰ってきたその手には氷と牛乳、胃に優しげなチョイスである。


「俺はどれ開けていい?」

「知るか、何でも飲めんだろ。適当にやれ」

「急にざつだね」


 手を伸ばす燈瑩トウエイに、目についたボトルを選びもせず渡すマオ燈瑩トウエイがまぁいっかという顔をして栓を抜けばアズマがギャアと叫んだ。


「それ高いじゃん!もうちょっと大切に開けない!?」

「え、だって渡されたから」

「うるせぇ眼鏡だな、貧乏性か。お前もとっとと飲め」


 アズマの反応にマオは眉間にシワを寄せ、自身も酒瓶を手にするとドカッと椅子に座り大皿の鶏排ジーパイをつまんだ。そのまま各々干杯かんぱいもせず自由に呑み始める。


 アズマが香港の冰室カフェに話を戻した。


「香港で店やるってなると許可いるでしょ?よくID取れたね?」

「上手くやったんだろ。カードだけなら燈瑩こいつも持ってるし」

「持っ…てるけど…」


 指をさすマオ燈瑩トウエイどもる。ピンときたイツキが口を挟んだ。


「偽造?」

「たりめーだろ、九龍ここで本物持ってたら逆に厄介だぜ。福徳古廟のジイさんそれで死んだじゃねーか」


 言いながらマオは親指で首を切る仕草。

 香港のIDカードは高値で売れる、それを取り扱うのを生業なりわいとする裏社会の人間に殺されて奪われたというわけだ。


「連合道の店のオッサンも叉焼チャーシュー売りに香港行っとらん?営業許可いるんとちゃうか」

「行ってる、黃大仙の市場で売ってる。許可ねぇから5回パクられたけど」


 パクられる度に罰金上がるんだよなと笑うマオ燈瑩トウエイがその手から鶏排ジーパイさらって自分の口に放り込んだ。


「連合道、停電してたでしょ。直ったの?」

「あそこはインフラくそだからな。つうか皿から取れよ燈瑩おまえ

「やたら建物ボロいやんな、何でなん?」

「火災。城外そとから電気盗用しギってきてるから、配線こんがらがって火事になったんだよ」

「火事?なっとったっけ?」

「あの辺1回全部燃えちまっただろ、そっからちゃんと補修してねんだわ。あん時ゃまだおまえちっこかったか」


 そのとき、空のボトルがテーブルにドンッとのせられ皆の視線のまとに。置いたのはマオ───じゃあない。イツキだ。


「…おまえもう全部飲んだわけ?」

「うん、美味しかった。甘、くっ、て」


 マオの問いに答えている最中、フラッと体勢を崩し後ろへ引っくり返るイツキ

 慌ててイツキと床の間に身体を滑り込ませたアズマが下敷きになり頭を強打、痛っ!!と悲鳴。1HIT。


「なんで一気いっきに飲んだのよ!?」

「えー?美味しかっ…たらら…」


 回らない呂律ろれつで喋ったかと思えば、すぐにスピィと寝息が聞こえた。秒速。アズマイツキをソファまでズリズリと運ぶ。

 嫌な展開だな、とアズマは思った。イツキが潰れるのが早過ぎる…これはカオスな予感…。

 もう飲んだのかなどと言いはしたがマオも既に2本目を開栓している。皆ハイペースだ。


「連合道って今どこが管理してる?」

「城塞福利やないですか、水道管のメンテとかやっとるし」

「もともと違ったけどな。城塞福利が覗きに来たんだよ、真面目だから。衛生環境よろしくねぇつって」

「ガサ入れやな」

「しょうがないね、あそこは西頭村となりから水勝手に引き込んでるから」


 九龍城内での水問題は深刻だ。飲用に耐えうる井戸が無い地域もあり、そういった汚染の激しい場所ではもはや地下水は生活用水としても怪しい。住民達は外部から運ばれてきた水を買ったり近隣の町から排水管をツギハギして水源確保している。


「あれ、でもこの前水止まってなかった?」

「元栓閉めてんだわ。で、ポンプ壊れたつって金集めんの。管理人がギャンブル中毒だからな、澳門マカオで負けたら水止めんのよ」


 燈瑩トウエイの言葉に返事をしつつシシッと笑うマオ。それで美東団地の方の供給業者に客とられたみたいだぜと愉しそうな顔をする。

 水道のビジネスはマフィアの重要な資金源の一部。上水料金の値上げ騒動で住人とマフィアが衝突した折、リーダーはこう宣言した────‘値上げに反対するヤツがいたら、公衆の面前で首を斬り落としてやる’。


 飲んで喋って1時間、2時間。酔いが回るにつれ会話は更に物騒に。


「九龍灣から中流階級まで入り込んできてたブローカーどうなったんだよ」

「殺し…死んだ」

燈瑩おまえ今殺したつったろ」

マオ、ツッコまんといて」

「まぁ助かったわ。密入国の奴らダルかったからな」

「ほんと?良かった、るのに手ぇかかったんだよね」

「お巡りさぁんコイツですぅ」

「光明街のチンピラは?」

「それはイツキが全部片付けた」

「え?あんな目立つ所で?死体どうしたの」

「殺したの前提やないすか」

「全部売った」

「殺したんか」


 雑談・・の間に酒と料理はどんどん減っていき、足りなさそうだな…何か作るか…?と考えていたアズマの視界の端でイツキが起き上がる。


「あ、イツキ起きた───のっ!?」



 言い終わる前に視界は反転し、アズマは空中を舞っていた。

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