ドーピングとプラシーボ

 光輝燦然14






「どうして…どうしてなの…」


 昼下り、【東風】店内。

 朝からずっとアズマが泣き喚いている。


「俺に一言ひとこといってくれても良かったのに…」

「サイン貰ってきたじゃん」

「それは嬉しいんだけどぉ…でもそうじゃなくて…いや嬉しいんだけど、でもぉ…」


 イツキの慰めを肯定したり否定したりするアズマ。面倒な男である。


 結局最後まで今回の依頼人がヨウだということを知らされず、サインは手に入れたものの尊顔を拝むことが出来なかったアズマは涙に暮れた。しかも、なにやらカムラヨウとイイ感じになったというではないか。一体全体どういうことなのか。


「おはよーさん」

カムラぁ!!!!くたばれぇ!!!!」

「なんでなん」


 扉を開けて入ってきたカムラアズマが悪言を吐く。イツキが自分の横の椅子を引くとカムラはすまんなと言って座り、テイクアウェイのおやつをテーブルに広げた。

 茶餐廳チャーチャンテーン西多士フレンチトースト蛋撻エッグタルト、どれもこれもホカホカの出来たて。早速それらをモキュモキュと食べながら、イツキカムラに質問する。


ヨウは上手くいっるの?」

「あー…せやね…今度、飯食いに行く」

「ギィャアァァアア!!!!」

「うっさいなもう!!」


 甲高い悲鳴を上げるアズマを、若干照れたような表情をしたカムラが睨みつけた。

 イツキは良かったねと答えて、テーブルの下でこっそり大地ダイチにメールを送信。


冇問題もんだいない

好嘢やった!〉


 秒で返信がきた。


 カムラは家でこの話をあまりしないらしい。

 イツキは、恋人が出来ればそちらに意識が向けられ自分への過保護さもいくらかマシになるのでは?と考えた大地ダイチに、どうなってるのか聞いてみて!と頼まれていたのである。


 確かに、子──ではないが──離れするいい機会かも知れないな…などと思いつつカムラに気付かれる前に携帯を閉じたイツキは、呪詛じゅそを吐き続けるアズマにそういえばお茶まだある?と訊ねた。アズマが眉を上げる。


「お茶?どの?」

「特製ハーブバッグ」

「あぁ!どうだった?」

「粉末が多くて目眩めくらましに適してた」

「予想の斜め上のレビュー来たな」

「それ俺の感想やんか」


 横から口を挟むカムラアズマは不思議そうな顔をする。カムラに渡した覚えはないのだが…イツキと一緒に飲んだのか?


 カムラが関心した様子で言った。


「アレめちゃくちゃ効くやん、なんや身体も軽なった気ぃするし」

「え?もしかしてイツキ2袋持ってった?」


 アズマの問いに首を縦に振るイツキ。そこで、アズマは思い当たる事があったけれど黙っておいた。


「ちゅうか俺、また試合出よかとおもてん。頑張ってみよかなって」

「試合って地下格闘技の?」


 意外なカムラの宣言にイツキが驚くと、カムラははにかんだ笑顔を見せた。


「いや、ちょっとだけイケるかもせんって。イケんくてもまぁ…やる価値はあるやろ」

「そっか。いいじゃん」


 頷き、頑張れと励ますイツキ


 しかしアズマは知っていた。カムラが成長だと思ったソレは────薬物ドラッグのせいだという事を。

 薬の作用によって身体能力が上がっていたのだ。俗に言うドーピング。

 合法と違法を一袋ずつ制作しており、イツキへと渡したのはもちろん合法。違法の方はどこかにしまい込んだかと思っていたが、イツキカムラにもあげようと戸棚から拝借していたのか。


「やからさ、俺にもまたあのお茶くれへん?元気出んねん。アズマもええもん作るなぁ」

「ん?うん…いいけど…」


 真面目なカムラに非合法のブツを渡すつもりは全くなかったアズマは内心困った。次回は普通・・のお茶を準備する予定だが、それだとなんの効力もありはしない。

 でも盛り上がっているところに水を差すのもよくないしな。効果がなくてもそれはそれ。そう考えたアズマは楽しそうに声を弾ませるカムラを何も言わず眺めた。


 テレビからCMが流れる。画面の中で笑う、見知った少女。


《疲れた時に、ホッと一息!いつもあなたのお側に…鴛鴦茶♡》








 ────後日。


 合法ハーブバッグのほうなのにも関わらず、プラシーボ効果とヨウの応援も相まってめちゃくちゃにイイ試合をしたカムラが、 ‘くれないカムラ’ と二つ名を付けられるのはまた別の話である。

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