佳宵と韜晦
愛月撤灯4
午前零時を回ったあたり。花街の喧騒を抜け
オーナーからどうしても店に顔を出してほしいと懇願され渋々足を向けたが、出来れば
だが恐らく、この呼び出しは
怒っている訳では無い。
「っ、
店に入るとすぐ、受付カウンターの前に並べられた椅子に座っていた
「…ごめんなさい」
消え入りそうな声で言うと、
「この前のこと?謝る必要ないよ」
‘仕事なら誰とでも寝る’───その通りだ。
「でも」
ポツリとこぼした。
「
情けない顔になったかな。言った後で思ったが仕方が無い、そっと指を離す。
「じゃあね」
「待って!!」
踵を返し帰ろうとする
「…駄目ね。なんて言ったらいいのかわからない…普段ならこんな…
その涙が流れ落ちる前に、今度は
───別に嘘でもかまわなかった。
演技でも本当でも、もうどうだっていい。
そのまま階段を登って豪奢な扉を開け、細い身体をベッドへと押し倒すとどちらからともなく口付けをする。
重なる影を、格子の向こうに揺蕩う星々だけが見ていた。
ひとすじの紫煙が夜の九龍へと溶けていく。シーツの上で
「傷、ふえたね」
煙草をふかしながら
「仕事がバタついてるから」
「危ない仕事?」
「んー、揉める取引が多いかな」
あの日の
「けどもともとしてたし、薬扱ったり武器扱ったり。だから平気だよ」
そう言って
「なにか用事?」
「光明街の方に顔出してる賭場があって」
「───…」
「どうしたの?」
「あ、ううん」
微かな違和感。それを打ち消すように、
「行かないで…今日は一緒に居て、お願い」
しがみついて離れない。振り払うことは
床に吸い殻を落とし、手の平を合わせて乱れたシーツにもう一度
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
早朝、自宅に帰り着いた
結局朝まで【酔蝶】で
俺はどうしたい?くだらない疑問に、1人で笑いが漏れた。どうしたいもなにもねぇよ。馬鹿だな、ほんとに。
両腕で顔を覆う。頭を回るのは同じ様な事、グルグルグルグルと───…
ふと、目を覚まして身体を起こす。どうやら考えているうちに眠ってしまったようで、明るかった窓の向こうがまた暗くなっている。
今何時だ?そう思い携帯を手に取る
────おかしい。
すぐに時間表示が見えるはずはないのだ。
普段なら山のような通知が画面を埋めているのに、ディスプレイには何も無い…誰からの連絡も。
嫌な予感がして光明街の賭場へと急ぐ。付き合いのあるマフィアや半グレ達が根城としてたむろっている場所。
辿り着いた穴蔵、入り口の鍵を取り出すが、使うことはなかった。開いている。この時点で
扉を引くと案の定充満している鉄の匂い。建物内へ歩を進める。ピチャ、と足元で水音がした。確かめるまでもない。
血だ。
広がる血の海で、無数の死体が転がっていた。数えるのも嫌になる人数、ここを拠点としていた者ほぼ全員だろう。
対立していたグループの仕業か。突然の奇襲だったようだ、これは昨日の集会の事が
自分だけ難を逃れた。自分だけ……俺だけ?
‘行かないで’
‘今日は一緒に居て、お願い’
「─────…」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「
【酔蝶】への道の途中、薄暗い裏路地。こんな所には似合わない姿に名前を呼ばれた。
「
店から抜け出して来たのか。会うような気がしていたので驚きはしなかった
「さっき貴方のこと探してて───」
「
探していたのはきっと、敵対するマフィア。昨日
答えに詰まり、考えあぐねる様子の
「どうして俺を引き止めたの?引き止めなきゃ、俺は
【酔蝶】の権利はもともと他のグループが握っていたのだが、それを賭場を拠点としていたグループが奪い取ったという経緯がある。
そして【酔蝶】で働いて長い
「だって……アタシは……」
これまで口に出さなかった。そんな生き方はしてこなかったから。けれど────きっとはじめから、互いにわかっていた。あの夜
唇が言葉を形作りかける、刹那。
乾いた銃声が辺りに響いた。
意識するより早くその背中を支えた
対立していたグループの一角だろう。
────助からない。経験則でわかった。
「……どう、して…だろうね…?」
「!──────…」
‘歳知ってるのなんて
‘どうして私には言ったの?’
‘んー……’
‘─────どうしてだろうね?’
あの時はぐらかした言葉。それは────…
いつの間にか降り出した雨があたりを包み、地面に広がる血溜まりを洗い流しはじめる。
色を失っていく
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