内緒と掛け違え
愛月撤灯3
「
思いがけない来訪者に、気怠げに扉を開いた
「お疲れ様、これお土産」
「今日働きたくないの?」
少しの
「ん…昨日ちょっと…ね」
‘ちょっと’というのが何のことだか説明はなかったが、
それに心当たりもある。この周辺を縄張りにしていたマフィアの、よくない噂話。
そうなんだと返すだけに留めて、
「でもそんなこと言ってる場合じゃないね。ちゃんと仕事始め…」
「もう始まってるよ」
「丸一日、俺が買った」
「嘘…全部の時間帯…?」
「うん」
「貴方…アタシ、
その台詞に
「それだけ
言い終わらないうちにその背中へと走った
「買ったなら…ちゃんと傍にいて?」
振り向いた
「…そういうつもりじゃなかったんだけど」
「わかってる。アタシがこうしたいだけ」
下心があった訳では無いとバツが悪そうに眉を下げる
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日はいいお休み貰っちゃった」
真夜中過ぎ、ベッドの上でブランケットを体に纏わせた
「
オーナーの様子から、金銭的な問題ではなく
「妹が居るのよ、香港の孤児院にね。オーナーしか知らないけど」
どうやら家族と死に別れた後、遺品の整理中に腹違いの妹の存在に気が付いたとのこと。まだ年端も行かない妹。保護施設での暮らしを知った姉の
珍しい話ではない。九龍のスラムで両親がいる子供なんて数えるほどで、片方でも残っていればかなりの御の字。まぁ両親が健在ならば
「
この話にはオーナーも協力しているようだ。
自分も孤児院出身で微力ながら子供達の支援活動に精を出すオーナーは、
「だからやらなくちゃいけないのよ、色々…昨日もそれで──…」
「なんか恥ずかしいね。こんなこと話すの」
内緒にしておいてよ、とはにかむ。
「俺に何か出来ることある?」
「子供は気にしなくていいの。でも、今日は助けられちゃったし…甘えちゃおっかな…」
フフッと悪戯に笑う
「抱き締めて」
「こんなのでいいの」
「いいよ」
目を瞑り頷く
───────この時間がずっと続けばいいなんて、そんな、ガラにも無い事を想った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「合同営業?」
「そう。明日と明後日だって」
ある集金日。
「オーナーが仲良くしてる店舗だけど、最近キャストの人数が減っちゃったみたいでね…貴方も知ってるお店なんじゃないかしら?」
「貴方人気なんでしょう、女の子達に」
「いや…そんなことは…」
「嘘ばっかり。恋人居ないの?」
「居ないよ」
「モテるのに?」
「そうでもないって。でもありがとね」
「ほんと、子供らしくないんだから」
ませた返答に呆れた様子を見せる
「歳知ってるのなんて
そして、内緒にしておいてよといつかの
「え、どうしてアタシには言ったの?」
「んー……どうしてだろうね?」
どうしてなんて、答えは決まっているだろうと
はぐらかす
「痛っ」
「生意気ね。まぁいいわ…でも、少しは子供っぽく振る舞いなさいよ」
歳バレてるんだからと笑みを浮かべる
「何か子供らしいこと言ってみて?」
急な無茶振りに
「じゃあ」
「ん?」
「
「…よろしい」
この関係が崩れ去ってしまうことなど、まだ知る由もなく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
週末。いつも通り【酔蝶】へと集金に訪れた
「お疲れ様。どうだった?合同営業」
「別に…この後も集金?」
「ん?うん、何軒か」
「そう」
「なにかあったの」
あきらかにトゲのある雰囲気の
「あのお店の…亜麻色の髪した娘、可愛いね。売れてるんでしょ?貴方とまた寝たいって言ってたよ」
吐き捨てる様に口にする
「他の娘とも忙しいみたいじゃない」
あのお店、とは合同営業先のことか。他店の娘達からなにかを聞いたらしい。
「人のことは2回も断ったくせして…よっぽど魅力がなかったってこと?」
違う、むしろ
「仕事なら誰とでも寝るの?」
「
余計なセリフが反射的に口をついた。
視線が交わりしばらくの沈黙。そのまま互いに言葉をかわすことはなく、
それ以降……
そしていくらかの月日が流れたある日曜。
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