過去とSSR

 枯樹生華 6






 唐突な告白に、一同は驚き目を丸くした。


【黑龍】は香港で活動するマフィアの中でもかなりの大組織、黒社会でその名を知らない人間は居ない。

 現在の龍頭ボスは60歳前後の人物のはずだが…イツキがその息子だって?


「子供たくさんいるから、立場としては大したものじゃないんだけど」

「いや大したものやろ」


 イツキの言葉にカムラが首を振る。さすがのマオも少し口をあけていた。

 そんな中で、妙におとなしいアズマカムラは不思議そうに見詰める。


アズマ、あんま驚かんやん。知っとったん?」

「……知ラナイ」


 嘘っぽかった。


アズマ知ってたの?俺話したっけ?」

「……話シテナイ」


 イツキの問い掛けにも胡散臭い返答をする。

 マオがしかめっ面で言った。


「つうかおまえいいのかよ、バラしちまって」


 ペラペラと人に喋れるような内容ではなく、バレてしまえば余計なトラブルに巻き込まれる───今もまさにそうだ───のは想像に難くない。命だって狙われるかも。


 そんなマオの心配をよそに、イツキはあっけらかんと生い立ちから九龍へ住むに至るまでの過程を語った。

 イツキに特に迷いはなかった。紅花ホンファとの会話でわかったのだ、自分の気持ちが。


 みんなを信頼している。隠すような事なんて何も無い。


 ひと通り話すとイツキは満足そうな表情で息を吐き、全員を見回した。


「もう俺【黑龍むこう】の家族じゃないし。みんなになら話してもいいかなって。今はみんなが家族だから」


 駄目だったかな?と何だか申し訳なさそうな顔をするイツキに、カムラが立ち上がり声を張った。


「駄目な訳あるかい!!!!」

「うわっ!うるせぇな」


 真横に居たマオが耳を塞ぐ。


「俺らはイツキ何者なんやっても、昔がどうやっても、今までと変わらへんし!!イツキイツキやし…他は関係あらへん!!九龍ここでは俺らが家族やんな!!」


 両親を亡くして九龍でさまよった末、皆と出会い‘家族’を得た経験が今のイツキとダブったのか、泣きそうな顔で力説するカムラ


 大組織の息子ということで私利私欲の為に擦り寄る者もいるだろう。権力に期待し利益を享受しようとする者や、虎の威を借りようとする者も。

 だがここに居るメンバーは【黑龍】の事などは関係なく、イツキという個人を見ているんだと伝えたかったのだ。


「んなこたイチイチ言わなくても伝わってんだよ。座れよ饅頭まんじゅう

饅頭まんじゅうはヒドない?」


 マオは手の平をヒラヒラ上下させてカムラを席に戻し、けど良い演説だったぜと笑った。


「それを踏まえると、イツキと仲良くして【黑龍】の後ろ盾を得たいって事かな」


 短くなったタバコを灰皿で揉み消しながら、燈瑩トウエイマオに視線を送る。


「まぁ後ろ盾までイケなくても、イツキを仲間にしておきゃ【黑龍】が手ぇ出してこねぇって思ってんだろ」


 パイプの灰を床に落としつつ答えるマオ


 現在の関係性はどうであれイツキ龍頭ボスの息子であることは事実だ。何にしろ、手駒にしておいて損はないと伯父おじ目論もくろんだのだろう。


「でもこれ、知ってる人少ないんだけどな」


 帽子のつばいじりながらイツキが言う。

 そこで、これまでだんまりを決め込んでいたアズマがやっと小さな声を出した。


「…【黑龍】の薬師から、漏れたんだと思いマス」


 アズマの話では【黑龍】には何人か薬師がおり、その中に1人どうしようもない人間性の男が居たらしい。

 金の為なら何でもする奴で、腕は良かったので多少の問題には目をつぶられ雇われていたが、あまりにも続く不祥事にある時首を切られた。

 その後【黑龍】の情報をあちこちへ見境なく売って稼いでいたが、ここ最近、ついに痺れを切らした【黑龍】の人間に殺された…ということだった。


 なるほど、それはわかった。しかしこいつ─────やけに内情に詳しい。やはりおかしい。カムラは眉根を寄せた。


「何で知ってるん?さっきも驚いてへんかったし」

「…俺も【黑龍】の薬師だったからデス」


 観念し白状するアズマに、今度はイツキが一番目を丸くして問いかけた。


「え、アズマいつ【黑龍】に居たの?」

イツキが小さい時から、家出したちょっと後まで」

「俺のこと知ってたの?」

「知ってた。ていうかね、俺、イツキ追っ掛けて九龍きたんだよね」


 ちっちゃい時から見てて、ほっとけなくて。と肩をすくめるアズマ

 他の理由としては、過去に同胞を助けられなかったことから今度こそは助けたいと思った…というのも少なからずあった。別に自分に何が出来るという訳ではなかったが、せめて近くで見守っていたかったのだ。


 全員が得心する。これでアズマイツキに過剰に構う理由がわかった。

 生い立ちからここまでの経緯を傍で見ているうちに、アズマにとってイツキは護るべき存在になっていたのだ。


「…そうなんだ。ありがとう、アズマ


 なんとなしに気恥かしそうにしているアズマへ向けて、イツキがお礼の言葉と共に微笑む。


「え!?レア!!SSR!!!!」


 滅多に笑顔を見せないイツキの不意打ちにアズマは叫び、飛び上がりかけてバランスを崩しそのまま椅子ごとひっくり返った。

 起き上がった時にはもうイツキはいつもの無表情。アズマはレアイベントを堪能出来なかった悔しさを噛み締めながら、泡沫うたかたの笑顔を何度も反芻はんすうした。


「とにかく…その紅花ホンファの伯父っての、放っとくと面倒なことになりそうだな」


 舌打ちをするマオ


 燈瑩トウエイの件しかり、イツキの件しかり。かたや殺して販路を乗っ取ろうとされており、かたや囲い込んで後ろ盾にされようとしている。


 伯父おじの‘仕事が終わるまで九龍灣のオフィスにいる’というのは、‘アンバーと【黑龍】の件が片付くまで’と解釈出来る。

 そもそも、薬師の情報をもとに最初からイツキ目当てで九龍灣周辺にやってきたのであろう。

 偶然を装って紅花ホンファイツキを見付けさせ、親交を深めるよう誘導する。かたわらで、アンバーの情報収集といったところか。


「まぁ、先ずは裏取ってみよっか。今はまだ憶測でしかないから」


 そう言いながらも燈瑩トウエイは、九割九分九厘合ってるとは思うけど、と付け足した。





 その日は暗くなるまで皆で【東風】で過ごし、いつも通りイツキ紅花ホンファを九龍灣まで送っていった。

【東風】の面々を気に入ったらしく、また遊びに来てもいいかしきりに聞いてくる紅花ホンファイツキは二つ返事で頷く。


 去っていく紅花ホンファの背中を見届け、思案する。



 ここからだ。



 さっき皆でたてた仮説が正しいとして、自分達と紅花ホンファ、双方の納得がいく形におさめるにはどうしたらいいか。

 紅花ホンファ伯父おじの間柄はどうなのだろう。大切な肉親なのであれば…それを奪うような真似は出来ればしたくない。困ったものだ。


 頭をひねっても、まだ何も確定してはいない現状、あまり良いアイデアは出てこなかった。

 今まで通り紅花ホンファと接しつつ情報を待つしかないか。そう思いながら夜のネオン街を歩く。




 だが数日後。意図せず露見したある事柄・・・・によって、状況は一変することとなる。

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