碧海と‘友達’

 青松落色12






 あの日以降、九龍の失踪事件は完全に終息した。


【天狼】は犯人グループを全て狩り尽くし、澳門マカオに行く予定だった船も海底へと沈み、最後の大規模な誘拐は起こらなかった。

 死体はいつものごとく闇から闇へと葬られ、朝には港は何事も無かったかのように綺麗になり裏社会の緊張は夜露とともに消えた。

 今までさらわれた子供達が戻ることは無いが、それでも街が落ち着きを取り戻したのは確かだ。


 かといって犯罪都市であることにはなんの変わりもなく、ただ通常運転になったというだけの話だが。




 カムラは九龍灣に来ていた。

 木陰のベンチに腰を下ろしていると、港に移動式の人気のアイス屋が来ると聞いてついてきたイツキが両手いっぱいにアイスを持って歩いてくる。


「え、全種類うたん?溶けるで」

「すぐ食べるから平気。1個はカムラのだよ」


 隣に座りむしゃむしゃと食べ始めるイツキを横目に、カムラは晴れた九龍の海を眺めた。

 あの夜とはうってかわって、青碧の水面は太陽光を反射させキラキラと眩しく輝いている。


 カズラの死体はあがらなかった。だから生きている……などと希望を持つほどカムラも楽観的ではない。


 埠頭をジッと見つめるカムライツキがアイスを差し出し、大丈夫?と問いかけた。


「ちょお…考えててん…」


 発言、行動、その他諸々。


 もっと上手いこと出来たんじゃないか?やりようがあったんじゃないか?燈瑩トウエイなら、マオなら、イツキなら、こんな結果には終わらなかったんじゃないか?

 そんな考えが頭を巡ると言ってカムラは苦笑いした。


 イツキがアイスのついた指を舐めつつ答える。


「俺は上手く出来ないよ。俺がやってても、変わらなかったと思う」


‘俺は’というあたり、燈瑩トウエイマオなら上手くやれたかもというニュアンスだが…それは‘説得’といった面での話だろうとカムラは思った。


 実際、屋上でカズラが足場を蹴り落とした時にカムラは何も出来なかったが、イツキなら追い掛けられたはずだ。

 波止場で海に身を投げたカズラの腕を掴むのだって間に合ったかも知れない。


 結局、自分の力不足なのだ。


 カムライツキに貰ったアイスをひと口食べる。甘い。

 そういや、カズラと行ったあの店の西多士フレンチトースト。滅茶苦茶に甘かったけど美味しかった。また一緒に行こうかなんて思っていたのに。


 カムラはため息をついた。


「俺、どないしたら良かったんかな。どないしたらええんやろ」

「んー…どうしたら良かったかっていうのはわかんないけど…」


 そうそうに1つ食べ終わり、2つ目のアイスを口に運びつつイツキが言う。


カズラは、カムラにいつまでもそんな顔しててほしくないと思うよ。友達なんでしょ?」

「!──…」



 友達だから、助けたかった。

 友達だから、手を離した。



 確かに逆の立場なら、きっと自分も同じことをしただろうとカムラは思った。その後にウジウジしている姿なんて見たら怒るかも知れない。

 カズラが友達だと思ってくれていたというのは都合のいい思い込みかも知れないが、それでも最後の笑顔と言葉は本物だったはずだ。


 海に落ちる寸前、カズラの唇がかすかに動いたのをカムラは見た。その唇が形作ったのは。





‘ありがと’。





「…せやな」


 カムラは目を伏せ小さく息を吐いた。


 だけど、もし次があれば───今度こそは手を取りたい。

 その時の為に力をつけるしかない。自分に足りないものを埋めて、成長して、もう二度と指の間をすり抜けさせないように。


「俺、もっと頑張るわ」

「うん」


 カムラの言葉にイツキが頷く。




 穏やかな風が吹いてさざ波が揺れる。九龍の海は何も語らず、ただ静かに、全てを包み込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る