第4話 危機
そして、家康は信長からの援軍要請で越前国、金ヶ崎まで出向いた。
織田・徳川連合軍は朝倉方の金ヶ崎城を落とし、朝倉家当主朝倉義景の本拠地である一乗谷城を追い詰めるにまで至った。
だが、信長の義弟である浅井長政の裏切りによって信長の撤退が急遽決定。そのため、家康の軍と秀吉の軍、明智光秀の軍が殿を遂行することに織田家家臣団と家康との間で決定した。
一番最後に取り残されたのは家康であった。秀吉の軍、明智光秀の軍を追いながら、朝倉義景、浅井長政の連合軍から織田家の軍を守りきらなければならない。家康は、仲間を逃がしつつ、焦りながらも家康は浜松城の方面に向かって撤退して行った。
しかも、その二年後、家康にとって絶体絶命の危機が訪れた。
「殿ーっ!」
榊原康政と本多忠勝が浜松城の天守閣に向かって全力疾走で駆け込んできた。
「如何した!康政に忠勝!」
「はっ。武田信玄が動き出しました!」
「武田が!?」
「なんとその数、三万!」
「三万!?」
「そのうち、五千の馬場信春隊が只来、甘方、一宮、さらには飯田、各和の城々を落とし、この浜松城に向かっております!」
「また、五千の山県昌景隊が鳳来寺の方から南へと進軍しております!」
「北と東を囲まれたか!」
「しかも、犬居城主である天野景貫が武田軍に寝返り、遠江国の案内をしているそうでございます!」
「天野景貫め!」
本多忠勝が浜松城全体に響くような大声で叫んだ。
「殿、遠江平定の折に我らに従い、今まで我らに恭順していた天野景貫の突如とした寝返り、只事とは思えませぬ。これは武田信玄が既にこの遠江国に来ている可能性がある、いや、高いということになりまする。直ぐに城の防御を固めなければなりませぬ」
「いや、急ぎ岡崎城に退くしか手はないかもしれませぬぞ!」
「退くことはならん!三千の兵を見附城に向かわせるぞ!」
「はっ!」
こうして、三千の兵を率いた家康は、見附城に向かって行った。
そこでは、武田軍に遭遇した。
「徳川軍、よくぞ参った。我が名は武田信玄入道晴信。武田の騎馬隊の力、存分に味わうが良い!」
「信玄様、我らの狙いは信長にございます!ここで時間を食っているわけには行きませぬ。ここは某にお任せくだされ。信玄様は西にお行きくだされ。のう、穴山殿」
「そうですぞ、伯父上、ここは馬場殿とこの穴山梅雪にお任せくだされ」
「そうか、では儂は少し先の浜松城近くで待っておる。皆、遅れんようにな」
「はっ!」
この会話は、家康らには聞こえていなかった。
信玄の配下の馬場信春に向かっていった家康、榊原康政、本多忠勝の三人は、馬場信春に敵わなかった。
「殿!このままでは危のうございまする。一時浜松城まで撤退いたしましょう!」
「無念じゃ!」
「なあに、殿はこの本多平八郎忠勝にお任せくだされ」
「しかし、時間を稼がねばならぬな、見附の集落に火をかけよ!」
家康と榊原康政は見附の集落に火をかけつつ、住民を安全な方へ誘導した。
だが、普通なら非難される家康の行為を、住民は助けるどころか自ら火を点けに回った。
「この御方は・・・・・・」
榊原康政は家康に対しての領民たちからの慕われよう、信頼のされ方に絶句した。
そして、榊原康政は本多忠勝に一礼していくと、家康の手を引っ張り撤退した。
「そのような小細工、この馬場信春には通用せんわ!」
「一言坂まで追いかけてきおった。よほど儂に興味があるのだろうな。ははは、さすがは武田軍、狙った獲物は逃さない。腕が鳴るぜ」
「若造、何者か知らんが、先祖の元へ送ってくれるわ!後悔するでないぞ!」
本多忠勝は、少数の兵ながら、馬場信春の兵を翻弄し、歳を重ねている馬場信春に消耗戦を挑んだ。勿論、本多忠勝による馬場信春への消耗戦は老体に堪えた。
「なかなかやるのう」
「へっ」
そして、本多忠勝は止めとばかりに馬場信春の陣に突撃を仕掛け、ただでさえ今までの消耗戦だけで疲れ切っていた馬場信春には老体に鞭を打つようであった。馬場信春の陣は、立て直さなければ壊滅寸前にまで追い込まれた。
「恐ろしい奴じゃ。本多平八郎忠勝か、この名前、忘れはせぬ」
穴山信君は震えながら呟いた。
「ここまで粘るとは。お主、名は?」
「本多平八郎忠勝、只、勝つのみ!」
「家康に、過ぎたるものが、二つあり。唐の頭と、本多平八」
「不死身の馬場信春殿にお褒めに預かり、光栄なり!では、御免!」
こうした本多忠勝の活躍により、家康は難を逃れた。
武田軍全体で三万人程いたのが、この一言坂の戦いにより二万八千にまで削ることができた。
だが、まだ武田軍の猛攻は続いた。
「ご注進ーっ!」
夏目吉信が家康の元に駆けてきた。
「夏目殿、如何が致した!?」
酒井忠次が尋ねた。
「武田軍が、遠江の我が領分に乱入、田畑のものを奪取し、民家に放火、女人を担ぐという横行をしております!」
「馬鹿にしおって!」
今まで瓢箪に入った酒を飲んでいた本多忠真も、ただ事ではないと思ったのか、瓢箪を叩き割り、武田軍へ怒りの目を向けた。
「今すぐ兵を出すのじゃ!」
家康も怒り、すぐに出兵を命じた。
「殿、お待ち下さい。その領民たちが、この浜松城を、殿を頼り、城の外に飛び出るまで逃げ込んできております!」
「何と!?殿、籠城にございます!誰一人、この浜松城の中に入れてはなりませぬ!」
「そうじゃ、罠かもしれぬ!」
「その通り。領民に化けた武田の間者が紛れ込むやもしれませぬ!」
そこに、一人の男が現れた。
「家康、邪魔するぞ」
「ああ、伯父上、いや、水野信元殿」
「水野信元!?」
「叔父上、無いとは思いますが、まさか・・・・・・」
「おお、本多忠真殿。お主とは、尾張国にて一度戦を交えたのう」
水野信元は本多忠真を馬鹿にするように言った。
「儂に押されておった割には!」
「まあまあ」
水野信元と本多忠真の喧嘩はおそらく家康しか止められない。それを悟った家康は、直ぐに止めに入った。
「家康様の言う通りじゃ。我らの今の使命は武田をこの遠江国から追い払うことぞ」
重臣の酒井忠次も家康に同調して二人を宥めた。
「いやあ、我が叔父が大変無礼なことをいたしました」
「これ忠勝!黙っておれ」
本多忠勝も叔父を宥めに行ったが、逆にその叔父に叱られる結果になってしまった。
「水野殿が来られたということは、織田の援軍が到着しましたか」
「それは心強うござる」
「信長様より書状じゃ」
「かたじけない」
家康は書状を受け取ると、直ぐに封を開け、読み出した。
ものすごく読み込んでいるようで、しかもその手が震えているように見えた榊原康政は、家康に内容を尋ねた。
「殿、織田殿は何と?」
そして家康は、書状を足元に投げ捨てると、地団駄を踏み、不機嫌そうになった。
「直ちに浜松城を捨て、三河の岡崎城まで退けとある!」
「何と!」
「武田軍は徳川殿の手にはおえぬ。手出し無用。浜松城に籠城するか、さもなくば、岡崎城まで退けとあった!」
「殿、籠城にございます!誰一人、城の中に入れてはなりませぬぞ!」
「俺らは浜松城に籠城しているふりをして、岡崎城まで退けば良いだろ!?」
「なあに、殿はこの本多平八郎忠勝にお任せくだされ」
「多少の犠牲は仕方がありませぬな」
「多少ではない!我らが逃げれば、遠江の民は大勢死ぬのだぞ!」
「家康、岡崎城に戻れ!」
「殿!」
「何を申される!」
「殿!?」
「水野殿、織田信長殿にしかと伝えよ!我、もし濱松を去らば、刀を踏み折りて、武士をやむべし!」
「殿!?」
「儂は遠江国の浜松城主じゃ!先祖代々の三河の地同様、命を賭けてこの地を守る!領民たちを守るのじゃ!直ちに仕度せい!」
「しかし、背に腹は変えられませぬ!」
「徳川を失えば、何の意味もないってことはお前にもわかるだろ?」
「何を言う!岡崎城には、我が嫡男、信康が居って立派に守っておる!」
「し、しかし、殿。信康様はまだ十五歳にございます。ここで殿を失えば岡崎城も同じにござる」
本多忠勝が事実を突きつけた。
「戦は数ではありませぬが、無謀な戦いは仕掛けぬが得策かと」
「ならぬ、ならぬ、ならぬーっ!」
「殿!」
「儂の領地は儂自身が守る。良いか!それが武士の道じゃ!家の垣根を踏み破られ、裏庭を他人に押し通られて、咎めぬ主人は腰抜けぞ!お前ら、それでも武士か!」
「はっ!」
「皆の者!心して儂について参れ!」
「はっ!」
「夏目吉信は、この城に残れ」
「私めも、共に参ります!」
「お前は城を守れ!」
「何をおっしゃいます!」
「良いか、儂らがいなくなったらこの城は空城も同然。その際に、皆を指揮するものがいないと浜松城は落城する!お主の知恵を使い、この浜松城を守れ。水野殿、吉信の補佐を頼まれてもらっても良いか」
「承知した」
こうして家康一行は、武田の大軍に向かって出陣した。
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