第3話 着々と足場を固めてゆく
清洲城に着いた家康は、城下を少し見物した。
「懐かしいのう。場所は違うのに那古野城と変わっとらんわ」
「おお、家康!」
「信長殿!」
「久しいの」
「お久しゅうございます」
「同盟のこと、考えてくれたか?」
「了承したから来たのです」
「そりゃあそうじゃな。はっはっはっ」
「はっはっはっ」
二人は腹が捩れるほど笑い合い、笑いが収まったところで城に入っていった。
「して、盟約のことじゃが」
「同盟である以上、対等な関係でなければなりませぬな」
「それは大前提じゃ。その他のことよ」
「では、互いの足固めには援軍を出すなど協力体制を取る」
「そうしようか。そういえば、話は変わるがな、竹千代」
「あ、名乗りを忘れておりました。松平蔵人佐家康にございます」
「家康、お主、ころっころころっころ名前が変わるな」
「そうですかね」
「ああ、猿以上だ」
「猿とは?」
「ああ、来い!猿!」
「はっ!」
「この者が儂が猿と呼んでおる木下藤吉郎秀吉じゃ」
「木下藤吉郎秀吉・・・・・・あ、飯尾乗連殿の御家来衆ではなかったのか?」
「ん。お、お主は、岡崎城主松平の坊っちゃん!」
「なんだ、猿。家康を知っておるのか?」
「へえへえ。そうなんでございます。某が飯尾乗連様の命令により駿河国に御奉公に行っていた時の話でごぜえます」
秀吉は懐かしむように話した。
「儂が駿河の女子に手を出そうとしたときに止められたという恥ずかしいだけのお話でございます」
「何の因果でお主は信長殿に仕えるようになったのじゃ?」
家康は秀吉に問うた。
「私、飯尾乗連様の直臣ではなく、その家臣の松下嘉兵衛之綱様の家臣でしてな、その松下家の御家中で陰湿ないじめを受けましてな、出奔したからでございます」
「それで、儂に仕えたと。そういうわけだな」
信長が話に食いついてきた。
「して、信長殿は何故秀吉殿のことを猿、猿と」
不思議に思った家康が問うた。
「容姿が似ておるので儂はあくまで愛を込めて猿と呼んでおる」
「貴方様がいつ某に愛を込めて名など呼んでくれたでしょうか」
家康は信長と秀吉の会話に笑ってしまった。
「家康、何が可笑しいか申してみよ」
信長は笑い混じりで家康をつついた。
「いえ、今川ではこのようなものは有り得ぬ光景で。今川は身分重視でしたから」
「なるほど。主君と家臣の砕けた会話に何か、温かいものを感じたということだな」
「左様でございます」
「あ、あと、家康よ。お主は今川は好きか」
信長は何かを思い出すようにして家康に問うた。
「織田と比べたら断然嫌いでございます」
「では、今川を滅ぼしてくれ」
「ですが」
「何じゃ?」
家康は空気を壊すかもしれないと思いながらも、話を止めた。
「私一人で今川を滅ぼせるでしょうか?」
今川家は栄華を誇っていた義元の代が終わったとはいえ、まだまだ強大な大名家であった。今川のお陰で、松平家は一介の大名のような顔をしてこれた。松平家が未だに弱いところがあるのを自覚している家康は、信長に対して不安を口にした。
「ああ、それに関しては安心せい。儂が武田信玄との同盟に立ち会ってやる。恐らく、武田信玄は三河武士を弱小だと思っとる。武田信玄は弱小者は嫌いじゃ。だが、儂が立ち会えば話は違う」
「では、お願い申し上げます」
「ああ、その代わり、今川を滅ぼさなかったらお主の命はないからな。せめて三河国を統一、やれることなら遠江国も統一して駿河と遠江の境で武田と睨み合うのが俺の理想だな」
信長が脅しまがいなことを口にした。
「はっ!必ずや、成し遂げてみせます」
「出来るか」
「はい!」
「なら、任せようか」
「同盟締結ということで宜しいでしょうか」
「ああ、清洲同盟じゃ!」
こうして、信長と家康の同盟は成った。清洲城下と岡崎城下ではこの同盟は清洲同盟と呼ばれるようになった。
また、信長の立ち会いのもと、武田信玄とも同盟を結び、家康と武田信玄は共に今川を滅ぼすとの盟約を交わした。
そして、家康は兵を集め、三河国で勢力を張っていた吉良義昭を攻め滅ぼすことを決定した。
「よし、吉良義昭の所領を攻め落とし、我らの所領とし、三河国を統一する!」
その頃、家康に朗報が入った。
「何と、久松俊勝殿が上ノ郷城を攻め落とし、鵜殿氏長と鵜殿氏次を捕らえた!?でかした!よし、その者たちを瀬名たちと人質交換をし、上ノ郷城は久松俊勝殿に城主を務めて貰う!」
しかし、久松俊勝はその誘いを拒んだ。
「大将は私なれど、主に戦ってくださったのは家康殿の家臣たちでございます。しかも、私には尾張国に城がありまする」
「そちらは、貴殿の子、信俊殿にお譲りし、母上と共に夫婦水入らずで過ごされよ」
「かたじけなし。あ、一つ進言いたすが」
「何でござろうか?」
「瀬名姫のことでござる」
「瀬名がどうかしたか?」
「瀬名姫は今川義元の姪じゃ。お主の父、広忠殿は今川家臣たちによる攻撃で命を断った。お主の家臣の本多忠勝の父、本多忠高も同様。少なくとも、本多家は今川のことをよく思っておらぬ。本多家は有力な家臣であるからな、他の家臣たちもなびく可能性がある。万が一の為、離れて住まわせなされよ」
「承知いたしました」
鵜殿家、吉良家を三河国から退散させた家康は、先祖としている得川義季の得川から人道の教えを説く道徳の徳に字を変え、徳川家康と名乗った。
そして、家康は遠江国を攻めようとしたが、資金不足になり、信長に助けを請おうとしたが、やはり信長の手を煩わせる訳には行かず、父である松平広忠が一向宗の寺に定めた不入の権を破り、一向宗の寺である本證寺、上宮寺、勝鬘寺に年貢を納めることを命令した。勿論、これが仇となった。
夏目吉信が本證寺、上宮寺、勝鬘寺などといった一向宗の寺を回り、演説した。
「良いか、本證寺、上宮寺、勝鬘寺はこの三河国における本願寺の拠点。松平広忠様の代から守護でも入れない特権、不入の権を与えられておる!だが今、三河国を治めておる家康の家臣がそれを破り、ずけずけと上がり込み、兵糧を奪って行きよった!これは御仏に対する冒涜じゃ!」
そして、そこには本多正信の姿もあった。
「そうだ!たとえ領主とはいえ仏に逆らうとは何事!そのようなものが領主であって良いのか!皆の者!立ち上がるのじゃ!」
「一向宗の底力、恐ろしさを見せつけてやるのじゃ!」
夏目吉信がそう言うと、雄叫びが上がり、武器を持って進軍した。
それを聞いた家康は、耳を疑った。
「三河の民衆たちが!?」
そして、一揆勢を見ると、家康は目を丸くし、呆気に取られていた。
「我が家臣までおるのか?夏目吉信に本多正信」
そして、本多忠勝が一揆勢の前に出ると、大声を張り上げて説得を始めた。
「皆の者!某は元一向宗徒の本多平八郎忠勝じゃ!儂は殿への忠誠のために一向宗から浄土宗に改宗した!まだ遅くはない!皆も改宗し、家康様に馳せ参じよ!」
「煩い!皆の者!かかれぇーっ!」
夏目吉信が命令すると、一揆勢が徳川軍に押し寄せてきた。
「何故、家臣同士が争わねばならぬのじゃ!」
榊原康政が焦り、迎撃しながら一揆勢を説得していた。
「わからず屋には罰を与えねばならぬな!」
家康は槍を手に取ると、一揆勢の前に出て走り出した。
だが、家康の頭の中に母である於大、久松俊勝、信長が現れ、家康を叱りだした。
「家康殿、なりませぬ!」
「母上!?久松殿に信長殿!?」
「領民に手をかけてはならぬ!」
「しかし!」
「家臣、領民、ともにお主にとっては家の者なのであろう?儂と同盟を組むとき、家康と改名した理由について、そのように申したではないか!家のものであれば、必ず分かり合えるはずじゃぞ」
頭の中から於大、久松俊勝、信長がぼんやりと消えていくと、寸前には一揆勢が迫っていた。
家康は一歩下がると、攻撃態勢を取っていたが、じきに槍をおろし、床几に座った。
「殿、殿が手を出さずとも、この本多忠勝、榊原康政がこの一揆勢を始末いたします」
「来い!」
「お前等、覚悟いたせ!うおおおおお!」
「待て!」
「殿!今始末しなければいつかまた争いの火種になりまするぞ!」
「手を出してはならぬ。家臣も、領民も、我が子なり!」
「殿」
「領民たちよ!我が父、松平広忠よりの約束、不入の権を違えてしまったこと、相すまぬ。もう、このような諍いは終わりじゃ。家に帰るのだ!」
「そのようなことを申しておいて、終いには我らを打ち首になどするのであろう?」
「左様な真似はせぬ。お主たちがこのまま一揆を続けておったら誰が田畑を耕すのだ?誰が稲を刈るのだ?このままでは領民全員があの世に行くこととなるであろう。左様なことを御仏は望んでおるのか?」
「いえ」
「もう良い!この三河国の領主、徳川家康様は我らの思いを受け取った。某の首で一揆も終わりにございます!さあ!」
「相わかり申した」
「この不忠者、夏目次郎左衛門吉信を罰してくださいませ!」
「お主は、この三河統一戦の際、今川軍への殿を見事務め、儂の脇差を与えたのだが、まさか、このようなことになるとは」
「某は領主である家康様に刃を向けました。さあ、この首、取ってくだされ!」
「吉信よ」
「さあ!」
「夏目次郎左衛門吉信、さらばじゃ!」
家康は刀を振り下ろしたが、そこは空であった。
「ありゃ!?」
本多忠勝、榊原康政ともに目を丸くしていた。
「殿?」
「吉信よ。昔のお主は今、斬り捨てた。本日より、明日に生きるのだ!」
夏目吉信、本多正信は共に目頭を押さえ、家康に頭を下げると、岡崎城に向かって走っていった。
「あの偽本多が。お主など、遠縁とはいえども、縁者と聞いて恥ずかしいわ」
本多忠勝は、本多正信にこのような捨て台詞を吐き、家康、榊原康政と共に岡崎城に向かって帰って行った。
こうして、三河国は完全に平定された。
改めて、家康は遠江国を攻める準備に取り掛かった。
前哨戦として、遠江国にある今川義元の姪で家康の幼馴染、お田鶴の城、曳馬城を攻撃、見事落城させた。
「曳馬城の女城主、お田鶴殿。女子の身でありながら見事な最期でござった。良いか!この城の塚に椿を植え、大事に供養するのじゃ。これより、この城の名は浜松城とする!」
こうして、家康は本拠地を岡崎城から浜松城に移した。そして、岡崎城主を嫡男である松平信康に譲り、城主として松平から徳川に改姓させた。
その頃、駿河国の駿府城では今川氏真が駿府城から逃亡し、駿河国は武田信玄の軍の手に落ちた。
「た、武田が攻めてきおったあ!妻の乗り物なぞ用意している暇なぞあるか!掛川じゃ、掛川城まで退くのじゃあ!」
そして、今川氏真が掛川城まで退き、天守閣に籠もったのと同じくらいに、家康自らが率いる徳川軍が到着した。
「今川氏真殿よ!もう既に掛川城は我が徳川軍が包囲した!お主の正室の父、北条氏康殿と武田を駿河から追い払った後、お主を駿河国の主とすることを約束した!さあ、掛川城を開けられよ!」
「真じゃな?真に童をまた、駿河国の主とさせるな?」
「武田の勢力に勝つには一刻を争いますぞ!さあ!」
「掛川城の門を開けよ!これでまた、駿河国は童のものじゃ!ほっほっほっほっ」
今川氏真は喜々として掛川城の門を開けた。だが、これは家康の策略であった。
「今川氏真は信長殿以上のうつけよの。儂ごときの弱小大名が武田と相対して太刀打ちできるはずがなかろう。武田を駿河から追い払うなど、夢のまた夢に過ぎんわ」
本当に家康の条件は果たされず、今川氏真は妻の実家である相模国の北条家に身を寄せる。
そして、三河、遠江国を統一した家康は、武田信玄と領土の取り合いとなり、対立。対立の具合は日に日に悪い方向への一途を辿った。
武田といつ相対しても対処できるように信長に加えて今川氏真と和睦し、庇護。今川氏真の仲介で北条氏康とも同盟を結んだ。
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