第38話

「もう、戦いのあとだっていうのにみんな元気ねぇ……あたしはもうヘトヘトよ」

「朱鞠さんも手伝ってくれてありがとう」

「やぁだ、雪丸くんがあたしにお礼を言ってくれてる! ああ、疲れなんて一瞬で吹っ飛んだわ!」

「しょうけらー」

「って、すぐにべつの妖怪のところに行ってしまったわ⁉︎」


 ふらふらとふらついていた朱鞠に礼を言うと、雪丸はしょうけらに近づいた。


「しょうけらもありがとな」

「いえ、雪丸くんが礼を言うようなことではないでしょう。私は信幸殿に恩を売りたかっただけですし、それに今回の件は元々は妖怪同士の争いだったのです。人間である雪丸くんが関わる必要などなかった」


 信幸の家の庭で腰を下ろして休憩していたしょうけらはいつものいやな笑みを浮かべることなく雪丸を見てそう言った。


「そうかも知んないけど……あの状況で俺だけなにもしないなんて夢見が悪いだろ?」

「そうでしょうか? やはり私には人間、とくにいい子に部類される子の気持ちはよくわかりませんね。ですが……雪丸くんとともに戦うのは悪くなかったです。とくにあの天狗に襲われて九死に一生だったあのときの雪丸くんの顔! ああ、今思い出してもゾクゾクする!」

「せっかくいい話みたいになってたのに台無しだよ! てかあのとき見てたのかよ⁉︎」


 早い人は一日を始めるなか、雪丸のつっこみが響いた。やはりしょうけらの性格はろくでもない。


「お疲れー」

「異常なし」

「被害なし」


 雪丸の声が届いたのか、人避けをしていてくれたケサランパサランたちがふわふわと戻ってくる。


「ゆきまるー」

「撫でて」

「僕もー」

「はいはい、お前らもありがとな」


 手元に飛んできたケサランパサランを一匹ずつ撫でる。雪丸に撫でられ、ケサランパサランたちは気持ちよさそうに目を細めた。


「雪丸くん、あたしにも頑張ったご褒美にほっぺにちゅーして!」

「しゅまりでけまり」

「ごめんなさい、さっきの言葉を今すぐ撤回します。ちょっと、いやだいぶ調子に乗ったわ」


 雪丸に抱きつこうとした朱鞠だったが、晴暁に止められおとなしく下がる。ケサランパサランたちも朱鞠をジトっと見つめていた。


「じゃあ、あたしは帰るわ」

「私も。もう二度と信幸殿と関わりたくないものです。雪丸くんには会いたいですが」

「あたしの方が雪丸くんに会いたいと思う気持ちは大きいわ」

「俺を取り合うな。お前らに取り合いにされても全然嬉しくないわ」


 雪丸について言い争いをしながら、朱鞠としょうけらは町の方へと歩いて行った。雪丸がその後ろ姿に手を振ると二人は振り返り、笑顔で手をふり返した。


「雪丸くーん、約束、忘れないでね!」

「約束? 朱鞠となにか約束したのか?」


 遠くから手を振りながら雪丸にそう叫んだ朱鞠の言葉に信幸が反応する。


「えっ? あ、ああ。今回の件に協力してもらう代わりに一日だけデートをするって、朱鞠さんと約束したんだ」

「へぇ」


 信幸は納得したと頷いた。


「ぼくもついていく?」

「いやよ⁉︎」


 晴暁の提案を、朱鞠はすぐに拒絶した。


「その日は」

「僕たちがー」

「ついていきまーす」

「ならいいや」


 雪丸と朱鞠のデートにケサランパサランが同行することを知って、晴暁は簡単に引き下がった。

 朱鞠は晴暁がついてこないとわかって安心したのか、胸を撫で下ろしている。


「ああ、でも雪丸くんはしばらくしたら期末テストがあるんだ。デートはそれが終わってからにしてやってくれ」

「わかったわ。じゃあ、雪丸くんの期末テストが終わったらデートしましょう。絶対よ、絶対!」

「わかってる、わかってるから」


 そこまで念押ししなくとも、雪丸は一度した約束を破るつもりはない。いくら朱鞠を苦手としていても約束は約束。ちゃんとデートをするつもりだ。

 それにデート当日にはケサランパサランたちも同行する。なので朱鞠が必要以上にベタベタしてくることはないだろう。


「ぜーったいだからね!」

「わかってるって、ちゃんと聞こえてるから!」


 ぶんぶんと手を振る朱鞠に雪丸は手を振りかえしながら答える。


「はぁ、いいですね、あなたは。雪丸くんからご褒美をもらえるんですから。私も雪丸くんの恐怖に引き攣る顔を――いや、背後から寒気がしたのでやっぱりいいです。ほら、早く帰りますよ」

「わかってるわよ。バイバイ、雪丸くん!」


 元気に手を振る朱鞠に苦笑いを浮かべながら、雪丸は二人が町に消えていくのを見届けた。

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