第73話

「おい、まだ行けるか?」


 大型のモンスターからの攻撃を避けながら、不意打ちを狙っていたコボルトを串刺しにしたフロストは肩で息をしているシスターに問いかける。


角の生えた大柄のオーガと呼ばれる魔物の頭を叩き潰した事で遂に限界が訪れ折れたメイスを捨てたシスターは、一瞬躊躇った後苦々しげに腰から黒の双剣を抜いた。


「____お、おいっ!?それ使っちまっていいのか!?」


「死ぬよりはマシです」


「お、お前な……マワルもお前にそんなもん使わせるくらいなら____」


「__私は恩があるんです。それを返す為なら何だってしますよ。それに、どうせ……」


その言葉を最後まで言い切ることなく口を噤んだシスターは、何かを誤魔化すように異常な程に加速しながら、敵を蹂躙する。


「……それにもう少しくらい時間稼がないと、さっきの商隊の人達が危ないですからね〜」


「……まっ、確かにな。どうせここまでやったんだ。犠牲は少ない方が気分が良い」


しかし、妹分に似た存在の性で燃えてきた気持ちとは反対に、少し心許なくなって来た魔力残量二焦りを感じつつ、今も尚後ろに控える大型の魔物を見据えると、静かに舌打ちをする。


 まだ静観してくれてはいるが、目の前の自分たちが逃げた瞬間に襲ってくるだろう。現に、その瞳の奥に居る誰かは確実に此方を観察している。


「……ちっ、一体どこの馬鹿だ?こんな量の魔物を使役するなんざ並の魔物使いビーストテイマーじゃねぇだろ」


「魔物使いであってくれるなら全然マシですよ〜。調教したにしては目に生気が無さすぎますけどね〜」


「【闇魔法】じゃないんだろ?」


「多分ですけどもっと悪辣なものだと思います〜」


 精神に作用することの出来る【闇魔法】よりも悪辣なものとは何なのかと考えてみるが、答えは出てこない。


しかし、推測を立てることは辞めない。考えるのを辞めなかったからこそ、自分はここまで強くなれたのだとフロストには確かな自負があったからだ。


 思考をとめずに迫ってくる魔物を迎撃しようとすると、後ろで控えていた大型の魔物の内の一体である、ロックゴーレムから援護の大岩が飛んでくる。


「__おいおい、時間切れってか!?」


「……そうみたいですね〜」


 飛んでくる巨石を躱し終えると、それを皮切りに魔物が一斉に吼える。まるで、遊びは終わりだと言うかのように、不愉快なガラガラとした声が互いに共鳴し合い、精神を蝕む。


 この場にいる魔物全てが唐突に二人をを叩き潰すためだけに全力を尽くさんとしている。そんな現状にフロストはいくつもの策を考えては却下していた。


 ……確かに奥の強敵を倒す術はあるのだ。しかし、それには前の敵が邪魔過ぎる。しかも、如何せんこの奥の手は準備に時間がかかる上に、使った後に自分は身動きが取れなくなるという、最悪すぎるデメリットもついてくる。


 隣に居る同郷なら自分を抱えて逃げるくらいなら何とか出来そうではあるのだが……問題なのは後ろの奴らを倒しきれなかった場合だ。


 あの魔物たちに理性があるのかは知らないが、数体が盾になって自分の攻撃を防いでしまえば、残った残党に攻められて詰みになる。


 では、どうするべきなのか。


「________来ます」


 _______最善案を模索する暇もなく魔物が一斉に此方に駆け出してくる。


「ちっ、しゃあねぇ!突破す_____」


「__お困りかな、御二方?」


「「__っ!?」」


 死ぬ気で活路を見出そうとしていたところ、突如として_______声がした。鈴の様に凛とした声には人を惹きつけるがあった。


 二人揃って思わず、魔物から目を逸らし声の方へと振り返る。すると、そこには絹のように美しい黒髪をたなびかせ、腕を組んで威風堂々と佇む少女がいた。


「おっと、すまない。驚かせるつもりはちょっとしかなかったんだ。……ほら、強キャラムーブってちょっと憧れない?」


「嬢ちゃんが何言ってるのかは分からねぇが、さっさと逃げろ。こっちはやっとこさ足手まといを逃がした所なんだよ」


「__待って下さい、フロストさん〜。魔物が……」


何故か動きを止めた魔物の顔を見てみると、皆一様に、いや_____操っている存在が彼女を、恐れていた。この華の様な少女を見て。


「……怯えてやがる、のか?」


「私は最強だからね!__『ライトニング』」


 いつの間にか隣に来ていた少女は疑う様な視線を向けられ、ムッとした表情をしながら、魔物に近づくと指を鳴らす。すると、迫り来る魔物の軍勢に雷が落ちた。魔法の規模としてはかなり小さいが、軍団の勢いを削ぐには十分な威力をソレは持っていた。


「_____ほら、結構強いだろう?実は私これでも______」


「馬鹿野郎!油断するんじゃっ__」


 しかし、今相手にしているのは理性なき人形。例え、先頭の魔物が焼き焦げようと怖気付くことなく襲ってくる。そんな事を知らない少女は煙を目隠しに使い一気に距離を詰めてきた魔物に気付いていない_______かに見えた。


「__ふっ!」


「__は?」


 圧巻だった。自らの前を走る魔物を踏み潰しながら飛びかかってきたキマイラを回し蹴りで蹴り飛ばしたのだ。


それも、フロストでようやく目で追える速度で、だ。


「全く、人が名乗りを上げている時は攻撃禁止って飼い主に教わらなかったのかい?……いや、野生なんだし教わってるわけないか……」


 訳の分からないことを言い出した少女に絶句しつつ、尚もフロストは警戒を緩めない。現状味方なの分かるが、フロストからすれば常識外ギルドマスターの猛獣が乱入してきた気分なのだ。


『____グルル……ガウガウっ!!!』


『_______ウルォォォォォォォォ!!!』


 流石に蹴り一発でキマイラが倒されたのは予想外だったのか、大型の魔物たちが撤退の合図の様に吼え、逃走を開始する。


「おや、これで終わりかな?……ちょっと物足りない感じがするけど、まぁいっか!」


 逃げる魔物を眺めながらあっけからんと言い放った少女はくるりと二人の方を振り返る。


「改めまして、私の名前は最上 天音。_____自分のために『勇者』をやっている者だ」


「……」


「助けてくれてありがとうございます〜、勇者様〜」


 絶句するフロストとは対照的にいつもと変わらないふわふわとした雰囲気を纏ったシスターが何時もの声音で天音に感謝を述べる。


「うはっ、見るからにシスターなお姉さんに『勇者様』って感謝されたぁ!!ちょっと照れるけど、死ぬ程嬉しい!もっと褒めて!」


「凄く格好良かったですよ〜!」


「こんな美人にちやほやされるとか、つくづく異世界はサイコ_______あっ」


 ハイテンションではしゃいでいた天音だが、段々と此方に迫ってくる馬の蹄の音を聞き、腕を上に掲げたまま固まった。


「__会長、何やってるんですか……?」


「……いや、助けを求めるものの声が聞こえて、ね?」


 悪びれる様子もなくウインクしながらそう言った少女に、先頭を走っていた白銀の鎧の爽やかイケメンの青年が呆れた様に頭を抱える。


「ほら、勇者の責務的なあれで体が勝手に、あれして、ね?」


「ウインクやめて下さい。イラッとしますので」


「酷い!?」


 吐き捨てる様に言ったメイド服の女性に涙目になった少女は地面に崩れ落ちる。何ともテンションの落差の激しい少女である。


「……何はともあれ助かったのか?」


「えぇ、そうみたいですね〜」


 メイド服の女性や後から来た騎士の大男から大目玉をくらっている少女を見ながら、二人はほっと一心地付いたのだった。

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