darker than darkness VI
『解っていますよ。えーと……ん? これは……』
「どうした? ハッキングに失敗してウイルスでも喰らったか?」
『まさか、そんな失敗はしませんよ。ほう、これは実に興味深い。彼の名前に関するデータがありました。彼の名前、知っていますか?』
「あん? 生体なんちゃらなラッセル・ピーマンの最高傑作だろ?」
何だよ、ピーマンって。思わず心の中で突っ込むアンラーキーだった。だが呆れたのは彼ばかりではない。
「なんだよ、其処まで深い溜息吐かなくてもいいだろ。別にテストに出るワケじゃねぇんだからよ」
『生体機械工学者ですよ。彼の名前はテストに出ます。それで……』
「……おい、今なんつった?」
『テストに出る、と言いました』
「ちゃうわ! その前!!」
『生体機械工学者ですか?』
それを聞いた瞬間、バグナスはぐるりと回ってモニターを睨んだ。その先に映る人物、アンラーキーは素知らぬ顔をして、
『あ、旦那、俺、その、用事があるから……』
「………………お前ぇ、さっき『生体物理学者』って言わなかったか?」
『え? きききききききききき気のせいですゼ。あ、俺もう行かなくちゃ……』
「後で覚えてろ」
そう言い、バグナスはモニターを叩き潰した。そしてアンラーキーは……
「…………逃げよう」
即決し、彼は〝結界都市〟の暗闇に消えて行った。
そしてその後、彼の姿を見た者は誰もいない。
『一体どうしたのですか?』
「なんでもねぇよ」
心の底から不思議そうに訊くマーヴェリーにそう言うと、続きを促した。彼は溜息をつきつつ、検索した結果をバグナスに告げた。
『彼の名前は「D・リケット」。本名は不明。一説によると〝魔導士ギルド〟の最高導師にしてサブマスターのハズラット・ムーンの弟ではないかと言われています。だがこれは確認のしようがありませんね。〝魔導士〟には家族・親族に関するデータは一切ないのですから。そして彼のファーストネーム。誰が呼んだのか「
「ほう……根拠は?」
バグナスの声が、どんどん低くなってくる。それは彼の怒りが限界に達しつつあるということでもある。人は真に怒ったとき、頭の中は妙に静かなものだから。
『あくまでも仮定ですよ。それにこれは「市街」での戦闘であり、且つ周囲の被害を最小限に留めた場合です』
ただでも鋭い双眸を更に細め、唇を尖らせている。マーヴェリーにはその声を聞いただけでどういう表情をしているかが解ったが、敢えて気付かないふりをした。言ったとしても、逆効果にしかならないのを知っているから。
「なら、被害なんぞを考えなかったらどうなる?」
静かにバグナスは訊く。それに対してマーヴェリーも静かに答えた。
『愚問ですね。貴方はご自分の戦闘能力をご存じないのですか?』
「……成程、アリガトよ。じゃあ俺はちょっくらツラァ拝んでくらぁ」
『え? ちょっと待って下さい。まだ私の説明が……』
聞かず、バグナスは端末の電源を切った。そして冷蔵庫の中から缶ビールを取り出し、一気に飲む。
「さて、
呟き、皺だらけのジャケットとスラックスを取り出して羽織る。
そして何故かネクタイをだらしなく締め、砕けた窓ガラスから身を躍らせた。
空中からはあらゆる物が落下するのだが、バグナスにとってそれは常識ではなかった。
彼は、空中を歩いていた。
そう、まるで其処に、見えない道が在るかのように。
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