darker than darkness V

「……んの野郎、余計な力ぁ使っちまったじゃねぇかよ! ん、喉が渇いたな」


 そう言い傍にある冷蔵庫に手を掛けるが、開かなかった。どうやら歪んでしまったらしい。


 まだ逆上しているバグナスは冷蔵庫を素手で殴って破壊し、中から缶ビールを出す。

 ちょっと歪んでいるが、中身は変わっていない筈だから、それは気にしないバグナスだった。


「ったくよぉ、最近のホテルは安普請で困る。もちっと頑丈に作れねぇのか? こんなんじゃあ俺様の〝能力〟が発揮出来ねぇじゃねぇかよ」


 缶ビールを開けながら、無茶な事を言う。そもそもそんな場所で〝能力〟を使う方がどうかしている。そう思う男だった。

 だがそう言うと、今度こそ絶対になにかされる。だからその言葉はぐっと飲み込んだ。


「うわっと、畜生! ビールの分際で俺様に喧嘩ぁ売ってんのか!?」


 噴出したビールに向かって叫んでいる。滅茶苦茶だ。一刻も早く回線を切断したい。そう男は思った。


「何でもかんでもヤワっちくて困るぜ、ったく。もちっと頑丈に作れってんだよ畜生!」

『それはちと無理な注文ですぜ、旦那』

「……んだとぉ?」


 再びホテルが軋み始める。バグナスの双眸が薄く発光した。


『い、いや、そういう意味じゃなくって、旦那の力が強すぎるって言いたいんだ』

「ん、そうか? へっへ、そーかそーか。なんでぇ、判っているじゃねぇかよ」


 言われて、上機嫌になったのか缶ビールを一気に飲み干し、口元を拭う。


 こういうのを、鋏となんとかと言うのだろう。男はそう考えていたが、当然口はおろか表情にすら出していない。


「お、いい考えが浮かんだぞ。ちっと待ってろ」


 唐突にそう言い、バグナスは男を無視して潰れたテーブルの傍にある端末を操作する。


『はい』


 僅かワンコールで繋がる。その声は落ち着いた野太い声だった。


「おぉ、マーヴェリー。久し振りだな!」


 大声で上機嫌に言う。だが相手の反応は、


『なんだ、バグナスですか。一体私に何用ですか?』


 やや――いや、相当迷惑そうである。しかしそんなことは一切気にしないバグナスだった。


「おいおいおいおい、『なんだ』はねぇだろう。久し振りだってぇーのに御挨拶だな」

『……用がないのなら切りますよ。これでも多忙な身ですから』

「だ・か・ら、待てっつってんだろう」

『そんなこと、一言も言っていませんが?』

「揚げ足とってんじゃねぇよ。ったく。解った解った、真面目に話すから」


 手をひらひらさせて、うんざりしたかのように言う。だがマーヴェリーはそれを全く気にした様子はない。実際見えていないから当然だろうが、モニター越しに見ている男はその行動に冷汗をかいていた。


 端末の向こうの人物がなにを言っているのか解らないが、あのバグナスがあんなことをするのは初めて見る。

 だから次の行動の予想がつかない。またいきなり〝能力〟を暴走させるかも知れないのだ。


『解れば宜しい。で、何用ですか?』


 男が聞いたらひっくり返るようなことを平然と言った。だがバグナスは気にしていない様で、至極あっさりと、それでいてそれが当然の様に、


斯々然々カクカクシカジカで知恵ぇ貸して欲しいんだよ」

『………………解りませんよ』

「相変わらず冗談の通用しねぇ野郎だな。まぁいい、実はな……」


 バグナスはことの顛末を説明したが、それは甚だ支離滅裂だった。

 少なくともモニターの男は理解不能だったが、どうやらマーヴェリーは理解したようだ。これは稀有な才能かも知れない。


『なるほど、解りました。しかし貴方も物好きですね、〝ハンター〟ごときにそんなことをするなんで……』

「っせぇ! 俺の勝手だ!!」


 その瞬間、バグナスの双眸が赤く発光する。モニターの男はそれを見て小さく悲鳴を上げたが、なにも起きなかった。どうやら今度は理性が働いたらしい。


『……いいでしょう。人それぞれ思う所があるように、貴方にも貴方なりの考えがあるのでしょうから』

「おお、解りゃいいんだよ」


 この気持ちをマーヴェリーに理解しろというと、それは絶対に無理だということは知っている。

 何故なら彼は徹底した合理主義者で、人を信じることが出来ないから。


 それに、自分と『あいつ』が関わりを持っているばかりか親友で、おまけに取引相手だったと知れたら面倒だ。


 別に犯罪云々で面倒なのではない。バグナスが属する会社はその程度は細工出来る。

 ただ、社長に説明するのが面倒だということだ。もっとも言ったところで、「それがどうした?」で終りそうな気もするが。


 そしてマーヴェリーも、バグナスの気質を熟知している。それでも尚協力しているのは、同僚という事もあるが、偏に彼と対立したくないだけだ。


 一度キレると「市街」を文字通り潰しかねない彼と戦っても、負ける気はしないが勝てる気もしない。出来れば敵にしたくない相手、それだけだ。


『取り合えずその彼の情報を集めないといけませんね。今から「本社」とハンターバルドのデータバンクをハッキングしますので少々お待ち下さい。……おっと、出ました』


 相変わらず早いこって。独白しつつ、バグナスは次の言葉を待った。彼のハッキング能力は、レベルの低い〝サイ・デッカー〟など足元にも及ばない。

 勿論それは、彼の使用する回線の情報伝達力がかなりのものだという前提条件付だが。


『成程。このデータによると、確かに貴方の私兵では荷が重いでしょう。というより、下手な軍隊など足元にも及びませんよ。ほう、只今あの犯罪組織〝ヘカトンケイル〟を壊滅中ですか。中々大胆なことをしますね、死ぬのが恐くないのでしょうか――既にボスを葬ったと。成程成程、一体どういう手段を使ったのでしょうね? あそこのセキュリティを崩すのは私でさえ難しいというのに……』

「おい……」


 モニターに寄り掛かり、それを指でコツコツと叩きながらバグナスは静かに言った。

 モニターに寄り掛かられているためになにも見えないが、声だけは聞こえて来る。

 静かな声だが、それが余計に不気味だ。いい加減、スイッチを切りたくなって来るモニターの男だった。


 因みに、彼の名前はアンラーキーという。

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