darker than darkness III

「夏草や、つわものどもが夢の跡……ふむ」


 水晶の森美術公園の中央部にある噴水広場の簡素なベンチに腰掛け、バケットハットを被り薄茶色で無地の服を纏っている、自称〝詩人〟のリィクは呟いた。


 そして足元にある芝を撫でながら満足げに微笑む。良く言えば何処にでもいる好々爺で、当たり前に言えば変人にしか見えないその彼は、実は〝結界都市〟随一の情報屋である。

 そして仲介屋でもあり、多くの賞金稼ぎや賞金首狩りが彼の情報を買っている。


「国敗れて山河あり……城、春にして……む、何じゃったかな?」


 彼方に見える、眩い光に照らされて色とりどりに乱反射する水晶の像を眺めながら、彼は小首を傾げて考え込む。そしてその隣に、漆黒のロングコートを羽織った優男が坐った。


「のぉ、国敗れて山河あり。城、春にして……の続きは何じゃったかのぉ?」

「何の用だ」


 聞いちゃいねぇ。そして疑問符ですらねぇ。


 リィクはそう思いつつ半眼で男を見る。だがすぐに目を丸くして「ほう」と感嘆の声を上げた。


「今日は色眼鏡をしておらんのぉ。ほっほっ、噂に違わず色男じゃ。のう、リケットや」


 そう言われたが全く反応せずに、彼――リケットは傍にある屑篭に缶コーヒーの空き缶を放り投げる。自動的に蓋が開き、その中に空き缶は消えた。


「むう、珍しいのぉ。お前が缶コーヒーなんぞを飲むとは。コーヒーは好かんのではなかったかの?」

「飲んではいない」


 もごもごと高笑いをしているリィクに素っ気なく言う。まさかその缶の中身が、衝撃波ばかりかフォノン・メーザーの高周波音までも防いだという事実を信じる者はいないだろう。


「用がないのなら消えるが」

「まぁ、待て。そう急くな。慌てる〝サイバー〟は貰いが少ないのじゃぞ」


 余談だが、〝サイバー・ドール〟は俗称〝サイバー〟と呼ばれている。

 同様に〝ハイパー・ビースト〟も〝ハイパー〟、そして〝サイ・デッカー〟は〝デッカー〟と呼ばれていた。


 それに対してまたしてもなにも言わず、リケットは立ち上がった。


 この男には一切の冗談や軽口が通用しないということは判っているのだが、それでも言ってしまうのが人情というもの。そしてリィクは、殊の外駄洒落が好きだったりする。


「まぁ、待て。まったくもって気の早いやっちゃのぉ」


 溜息をつき、懐から紙切れを取り出す。メモ帳を破った物のようで、皺だらけだった。


 受け取り、開いてみると流暢な筆跡で住所が書かれていた。リィクは妙に達筆でもある。


「お主を捜して――いや、探して、かの? とにかく、そんな女がいるらしい。名前はジェシカ・V。一度会ってみたらどうじゃ?」


 寂しげな表情になり、リィクは独白のように呟いた。その表情から、リケットは何も察っしない。何故なら機械仕掛けの〝サイバー〟には、感情というものがないから。


「なんのために」

「お主を捜しているのじゃ。一度くらいは会っておいても損はないと思うぞい」

「それで命を狙われた奴は枚挙に暇がない」

「なんじゃ、儂の情報を疑うのか?」

「いや」


 リィクの情報は、常に100%正しい。だが情報は生き物だ。よっていつまでも同じであるとも言い切れないのもまた、事実。


「あくまでも一般論だ。それにそういうこともあったという実際の体験から話している」

「ま、そういうこともあるのぉ……じゃがのぉ、これは儂からの忠告じゃ。一度会っておいた方が良い。お前さんの無くしたものに逢えるかも知れんぞい」

「参考までに聞いておこう」


 そう言ってメモをポケットに突っ込み、代わりに紙幣を渡した。リィクはそれを受け取り、愛しげに撫でて数え始める。そして……。


「なんじゃい、これっぽっちかの?」

「紙切れ一枚とその情報ではそれが妥当だ」

「なにを言うか! 相場の三分の二とはどういうことじゃ!?」

「ありがたい忠告の分は差し引いた。以後、俺に指図するな」


 判っている。この男には忠告などは無意味だということを。


〝天才〟が創り出した最高傑作。無敵の名を欲しいままにしている最強の〝サイバー・ドール〟。


 そして、最強の〝ヘッド・ハンター〟。


「……ま、良いかの。なにかあったらいつでも呼んどくれ。儂はいつでも此処いる。儂にとって、時間は意味を成さないからのぉ」

「気が向いたらそうしよう」


 冗談とも取れることを言い、リケットは水晶の森美術公園を後にした。


「……あれが本当に冗談じゃったら、彼奴もまだ見所があるのじゃがのう……」


 彼は常に本音しか言わない。


 それしか、言えないから。

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