第3話 盛大にスってんじゃねえよ!
「ったく、盛大にスっちまったわね。何が激甘設定キャンペーンよ、詐欺じゃない! 詐欺!」
ウィーンと開かれた自動ドアの奥から、渋い表情を浮かべたクラッサが出てきた。口惜しそうに、地面をつま先で蹴り、「なんで隣のホクトがあんなに当たって、私が負けるのよ、納得いかないわ」と呟きながら、俺の元まで歩み寄ってくる。
店の外にあるベンチで座って待っていた俺は静かに立ち上がり、舌打ちをするクラッサを睨みつけるようにして見やった。
お互いの視線が交わった瞬間、俺は勢い強く口火を切った。
「おい」
「なによ」
「金は?」
「詐欺にやられたわよ」
『私は悪くない』と言いたげな顔つきでクラッサは手を広げる。人ごとのように『お手上げだ』と言いたいのか。
「本当のことを言え、金はどうしたんだ?」
「遊戯台に吸い込まれてしまったわ。ごめんなさい、期待に答えられなくて……でも──」
「でもじゃねえよ。『女神の力』で増やすんじゃなかったのかよ。二倍三倍に……」
「そのつもりだったわ」
「じゃあ、なんでお前の手持ちが無いんだよ。さっきまであったはずの金が。あれは、この世界で俺たちが生きる上で必要なお金だったんだぞ」
「ほ、本来なら、二倍になるはずだったのよ! 信じてウルギ! あと少し、あと少しだけ資金があればあの台も攻略できたはずだった、それは間違いないわ! ただ、今日は運が悪かったというか…… ごめん、全部なくなっちゃった!」
「はーーーーーあ!?」
おい、マジかよ。コイツ初っ端からやらかしたぞ、聞いてくれ!
まず異世界こと『東町』に着いた時、俺の手元に『転移成功の報酬』として三万ピョコ──『東町』の通貨で日本円にして三万円ほどの価値があるらしい──が入ったのだが、このクソ女神、そんな俺に向かってなんて言ったと思う?
『そのお金、一回私に預けてみない?』って……
何のことかと問い詰めてみれば、なんでも『私の力で二倍三倍にしてあげるわ』と気前の良い話を俺に言ってきやがった。クラッサ曰く『女神の力でお金を増やしてあげる! 勇者様の召喚祝いよ! これで旅立ちの資金不安も解消ね!』と景気の良い発言を重ねて、俺の金をせびり始めやがったんだ。
いや、流石の俺でも最初は不穏に思ったぞ。そんな上手い話がある訳ないってな。
でも、一回考えてみろよ。曲がりなりにもコイツはこの世界の『女神』なんだぞ。だとしたら信じちゃうじゃねえか、『もしかしたら、コイツ、金を増やす特殊能力があるんじゃねえか』ってな。
だから、疑心暗鬼ながらも、俺はクラッサの話に耳を傾けたぞ。
『へぇ、随分と優しいんだな。流石、伊達に女神をやってる訳じゃねえな』
『そうよ! 私は勝利の女神なんだから、それぐらい朝飯前よ!』
『そんなこと出来るんだったら毎日うまいもん食えるな』
『美味しいもの! おっとよだれが…… だからウルギ、その三万ピョコを私に預けてくれるかな?』
女神にそんなこと言われたら預けてしまうもんだろ。だって、やたらと信ぴょう性が高い話だったからな。
そして、俺がクラッサに金を渡してすぐ、クラッサは一目散に『ちょっと待ってて!』と言い残してその場を後にしやがったんだ。
すげえ速さだったぞ。『すぐ戻るから!』と全速力で走りながら、俺に向かってそんなことを言っていたけどさぁ。いや、これには流石の俺も『怪しいな』と思ったぞ。だって、変にウキウキしていたし……
あまりにも不自然だったから、俺もこっそりとクラッサのあとを追いかけて様子を伺ったんだ。なんで女神の能力を発揮するのにその場を去らないといけないのかって思ってな。もしかしたら、人に見せられないものなのかって一瞬思ったけど……
クラッサが町にある大きな施設に飛び込んだ瞬間、そんな疑念は一瞬で消し飛んだぞ。
看板に書かれていた『パーラー東町』という文字を見てな。
パチンコ屋じゃねーかここ!!
「ふざけるな!! 何が『女神の力』だ!! パチンコで負けただけじゃねえか!! 何、俺の金を握りしめてパチ屋行ってるんだよォ!!」
「パチ屋じゃないわ! あれはカジノよ! カジノ!」
カジノなんておしゃれな施設じゃねえだろ、あの建物。あんな大衆景観を醸し出すカジノなんて聞いたことねえよ。確かにカジノだったらこの世界にマッチするかも知れねえけど、『パーラー東町』なんて看板、あれはどう見ても『パチンコ店』だぞ。っていうか……
「どっちも似たようなもんだろ!! 俺の手持ちをギャンブルに注ぎ込みやがって!」
「だって! だって!! 聞いてよ、ウルギ!! あと少しだったの!! でも、大当たりが繋がらなかったのよ!! 絶対おかしい、あの店絶対遠隔操作しているわ!! あんな遠隔店に勝てるわけないじゃない!」
「言い訳するんじゃねえよ! やたらと急いでどこへ行くかと思いきや、パチ屋だったのかよ! 二倍三倍にするって、お前が勝負してるだけじゃねーか! てっきり女神の特殊能力かと信じてたぞ」
「そ、そんな、私にお金を増やす能力なんてないわよ。そんなこと出来たらここの世界の経済がぶっ壊れちゃうし……」
だめだ、コイツに金を渡した俺がバカだった。女神の力だなんて言葉に惑わされてしまった俺がな……
っていうか、クラッサのやってることの方が詐欺だろ。パチ屋のこと悪く言えねえぞ。
「お前、今からでも遅くねえぞ、本当のことを言え。『この世界の女神』じゃありませんって。お前、絶対女神じゃねえだろっ!」
「な、なんですって!? 私こそがこの世界唯一の女神『クラッサ』よ。発言を撤回しなさい、神への冒涜だわ!」
神じゃねえだろこんな奴。人の金でパチンコ打って盛大に溶かす神なんて、貧乏神よりもタチが悪いぞ。
仮にアイツが女神だったとしても、こんな神が面倒見ている世界なんて、完全終わってるだろ。魔王が来なくたってじきに滅びるとしか思えん。
「おい、マジで所持金0なのか? 残金よこせ! お前にはもう預けねえよ」
「ないわよ! 全部台に吸い込まれたんだから、一文無しよ」
なんということだよ。なんで、最後の金まで使い切るんだよ。台に入れる前に一旦躊躇しろや。『このお金、なくなったら食べ物が買えなくなっちゃう』って感じで、一旦ブレーキかけて台から離れろよ。それが一般的だろうが。
とんだパチンコ中毒者じゃねえかよ。
「じゃあ、どうするんだよ! 金がなきゃ飯も食えねえし宿も取れねえぞ!」
その言葉を受けて、クラッサは「あっ……」と思いついたような声をこぼした。
まさか、今になってそれを気づいたんじゃねえだろうな?
「まぁ、この世界に一応消費者金融あるし…… とりあえず案内するわ」
「そんなとこに案内すんなや! いきなり高利債務者なんてスタートがキツすぎるだろ」
思想が完全にまともじゃねえだろ。パチ屋で失った金を消費者金融で借りるって、蟻地獄突入じゃねえか。
蛇足だけど、この『東町』、やたらと長閑な景観をしている割には『パチンコ店』や『消費者金融』みたいな施設はあるんだな。それがこの世界の常識かも知れねえけど、なんか狂っちまうな。
「なにか、金を得る方法はねえのかよ? 『拾う』とか、『遊戯店へ投資する』以外の方法でさあ」
クラッサは「うーん」と腕組みをして考え出した。
「あるわ。『ギルド』に行けばいいのよ」
「ギルド?」
「そう、ギルド。町役場の付近にギルドがあるんだけど、そこに行けば『クエスト』が依頼されるわ」
よくファンタジーもので登場するギルドがここにも一応あるのか。パチ屋と並列するギルドなんて聞いたことねえけどよ。
だけど、クラッサの言う通り、その『ギルド』に行って依頼をこなせば、なんとか金は調達できそうだ。
「ギルドに行って『冒険者』の手続きを済ませば、色々な『クエスト』を頼まれるわ。そうすれば、きっとパチ資金…… じゃなくて、武器とか買えるお金が手に入るはずよ」
なんだか、もっともらしく俺を案内してくれているけど、全ての原因がコイツにあることを忘れてはいけない。
正直、俺もクラッサの言葉に従いたくなかったけど、俺はまだこの世界にきてまもない。その為、この世界について『文化』とか『仕組み』とか何も知らないから、ここはクラッサについて行くしか方法がなかった。
だから、ここはとりあえず指示に従い俺は「んじゃ、早くそのギルドを案内してくれ」とクラッサを促した。
「こっちにあるから、着いてきて!」
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