第4話 黒狼の一日

 さてさて、いつも最愛の姫君とイチャイチャしてる風早くんですが、その仕事は一体どんなものなのでしょうか?追ってみてみましょう。


朝6時起床。

その日、わんこ式は、人肌恋しくて例の裏道をとおり、雪姫の寝所へ侵入すると、ちゃっかり姫君の胸元で丸まってすやすや眠っていた。元々彼は暗殺者であるため、睡眠の眠りは浅く、いつもの時間に目覚ましなしでもちゃんと起きられるのであった。

「ふえ?・・・朝?」

もうちょっと姫君のそばにいたいが、またここでずるずる寝ると後の仕事に差し支えるのはわかっているので、布団から顔を出すとピンク色の舌で愛しい雪姫の頬をぺろぺろした。

「おはようございます!姫様!!朝ですよー!!」

そういって彼女の傍らで、きちんとお座りして待っていた。


「う―――・・・ん。くすぐったいよ・・・わんこ式ぃ・・・」

まだ気だるげな表情で目をぱちぱちさせると、やっと雪姫は大きなあくびをしながら体を寝所から起こした。

「なあに?今日も起こしてくれたの?ありがとうね」

そうやってお座りしているいい子のわんこ式の頭を撫でてやった。

「えへへ。良いのですー。姫様を起こすのは式のお仕事なのです!」

「厳密には莉理なんだけどね・・・。お前、また勝手に私の部屋に入ってきたね?」

「だってぇー!寂しかったんだもん!!わんこで我慢したからいいでしょう?式、ほんとは人間の姿で雪姫に添い寝したかったんだよ?」

「まあ、いいけど・・・。言っとくけど、人間の姿ならちゃんと断って入ってきてね。・・・じゃないと

たたき出すからな!」

「はぁい・・・姫様・・・・」


7時。

その日は式が仕事だったので、朝食は伊勢さんに頼んだ。たまに休みの時は勝手に式が、料理場へいって雪姫との食事を作る。本当は毎日作りたいのだが、仕事もあるし、伊勢の好意には甘えている。

「今日は何時ごろ帰ってくるの?」

「いつもどおり定時です。残業が舞い込んでこない限りは・・・」

「そう。じゃあ夕食は一緒に食べれるね」

雪姫と式には一つ決めていることがあって、それがどんな時でもできる限り夕食は一緒にとるということだった。といっても、なかなか残業があるためそういう場合は雪姫に先に食べてもらうのが常だった。


8時出勤。

「行ってまいります、姫様」

「は――――い。行ってらっしゃい!気を付けてねー!!」

「・・・・・・」

式が何か言いたげにちらちらと雪姫を見た。

「・・・・なに?さっさと行きなよ!」

「行ってらっしゃいの口づけはしないのですか?」

「・・・しないの!さっさと行け!!」

とこんな感じで見送る。



9時仕事開始。

暗殺者といっても、デスクワークもある。式はどっちかというとインドア派なので、書類整理やハンコ押しなどの作業が好きだった。しかし、彼は世界最強の【暗殺者】であるため、世界各地に戦争締結のための派遣やら魔物討伐、時には遠征といって将軍として戦にでたりするのが常であったため、外の仕事は嫌いだった。何より、この仕事、給料はいいのだが、雪姫といる時間が激減するのだ。というわけで、式は外の仕事は辟易しているのであった。


12時昼食時。

式が勤める黒狼院には立派な食堂がある。

しかもどれも格安でボリュームいっぱい食べれるから職員にも好評だ。たまにアンケートなどをとって食べたいものをメニューに取り入れてくれる親切さもあった。


今日はいくつかあるメニューの中で、ボリュームのあるから揚げ定食にした。食堂の窓際のあったかいところの隅っこが式の指定席だった。すると、式の出現に会場がどよめく。

(おい・・・!見ろ、黒狼さまだ・・・・!!)

(すげぇ!!俺、初めてみた!!500年以上かかる修練を、300年でおさめた、天才の風早だろ?)

(今日は珍しいな・・・ってかほとんど遠征行ってて見たことねぇけど)

・・・とこんなヒソヒソ会話が展開されるのである。


同時に食堂の視線を一身に受けるので食堂で食事をとるのは正直好きではなかった。しかし、やはり倹約家の式は安くて美味しい食堂は気に入ってるのでしょうがなかった。そして、また、物好きな連中がやってくるのだ。

「邪魔するぞ」

そういって定食を置いてきたのは、ざんばら髪で顔立ちが整ってる男だった。

――――最悪だ。なぜ息抜きの昼食時の時間まで、この男と一緒におらねばならないのだ。


男は【黒鉄・右京(くろがねうきょう)】といった。黒狼院のトップ13、つまり十三位階で二位【白蛇】の地位を拝命している。要するに黒狼院で式の次に強いとされる男であった。黒狼院では【黒狼】を筆頭に、十三色の色の名前のついた位階が存在する。


この13人は黒狼院でも指折りのエリートで暗殺者にして英雄であり、世界中の人々からの憧れの的だった。しかし、この右京という男、式にはたいへん毒舌であきらかに眼の上のたんこぶである式に敵愾心むき出しなのであった。

「おい!右京!!席ならほかにも空いてるだろ?なんでわざわざ俺のとこ来るんだよ?」

「生憎だな。俺もここが一番日当たりがよくて気に入ってるんだ。お前がよそへ行けよ」

「うるっせえな!!俺が最初にここにきたのに、なーんでお前に譲らなきゃならないんだよ!」

「だったら黙って食えよ」

・・・とこんな言った感じで分かる通り二人は犬猿の仲だった。


次いで

「風早先輩、ご一緒してもよろしいですか?」

「チ―――――ッス、大将―――――!」

ひかえめで大人しい声とあきらかにチャラチャラした声が食事中の式にかけられた。

後輩の【保泉・伊織(ほづみいおり)】とチャラい方は【一・九十九(にのまえつくも)】といった。

伊織はどちらかというと落ち着いた雰囲気の眼鏡の青年で、九十九は逆に黒地の着物に虎の刺繍という派手な青年だった。どちらかというと、式は伊織と組むことが多かったので、伊織も式を慕っておりいい感じの先輩後輩という感じだった。


「あら、珍しい。黒狼さまじゃありませんの」

次に来たのは、燃えるようなウェーブのかかった紅い髪を腰までのばした【篝・茜(かがりあかね)】と青いツインテールで幼い容姿の少女【遊馬・桃(あすまもも)】であった。

「あ―――――っ!?式にゃんはっけん!!見つけたのダ――――!!」

そういうと、桃は嬉しそうにとてとてと食事をもったまま近寄ってきた。

「だ―――――っ!?桃!味噌汁、こぼれてるこぼれてる!!」

「あ――――、すまんのダ―――――!式にゃんに会えて桃はうれしいのよ―――」

すでにお盆の中が、味噌汁まみれになっているにも関わらず、にまっと桃は笑った。どうやら式には理解不能だが、桃にはなぜかなつかれているらしい。すると、食堂の入り口から口ひげをはやしたいぶし銀のような中年の男性【葛城・玄武(かつらぎげんぶ)】が息せき切って走ってきた。

式はげんなりしながらまたうるさいのがきた・・・・とぐったりしていた。


「お―――――い!式ぃ―――――!!きっさまぁぁ―――――!!」

「な、なんなんですか?いきなり。玄武翁」

「お――――ま――――え―――――!!な―――――んで、師匠の儂に『結婚』したこと黙っとったんじゃあ!?」

「げ」


「「え・・・・えええええ――――――――ッ!!!???」」


これにはその場が騒然とした。それもそのはず、黒狼院一最強の暗殺者たる【黒狼】は生涯独身を貫かねばならないのだ。その禁を破ったとあっちゃあ黒狼院の面子がつぶれる。

しかし、式はいたって落ち着いた感じで

「はあ?俺が結婚????なんのことですかねぇ???」

とこの上なく白々しく、すっとぼけてみせた。目は明らかに明後日の方向を見ていたが。


「ごまかすんじゃないわい!!儂の情報網を甘く見るんじゃないわ!面食いのお前のことだから、一体どんな美女と結婚したんじゃ!!」

そう、この玄武翁は見た目はりりしいナイスミドルのおじさんなのだが、いかんせん美女には目がない好色な爺さんだった。

次に余計なことを言い出したのは、隣で黙って味噌汁をすすっていた右京だった。

「こいつの嫁はなぁ、なんと、あの見目麗しい【如月の巫女姫】さまだぞ」


「「「なっなぁにぃ―――――――ッッ!!??」」」


「ぶほッ!?」

いきなり自分のトップシークレットをえぐってくる右京に、式は立ち上がって彼の胸倉をつかんだ。

「右京!!きっさまぁぁぁぁあ!!勝手に余計なこと言うんじゃねえ!なんでお前がそんなにくわしく俺の事情を知ってんだよ!?ストーカーかよ、お前!」

「ふん。貴様に【黒狼】を奪われたのは一時的なものだ。いずれ俺が【黒狼】の座はいただく。敵の情報をさぐるのは常套の手段だろう?」

どうやら、式の秘密を暴露できて少しすっきりしたらしい右京さんは、秋刀魚の塩焼きを知らん顔でぱくついていた。

一方、女性陣の方は茜が箸を取り落としてぶるぶる震えていた。

「なんですって・・・!?か、かかか風早さんが結婚!!??」

「あちゃ―――――、茜の奴、振られたな―――――」

と苦虫をかみつぶしたかのように、隣の桃がつぶやいていた。


しかし、一番ショックを受けていたのは黒狼院のエロジジィこと玄武翁であった。

「な、なんと!?お、おおおおお前、あの美姫と名高い、雪姫ちゃんと結婚したじゃとお!?」

もはや魂が口から飛び出そうな勢いで、ぶるぶる震える人差し指をつきつけ、信じられないといった顔をした。

「だいたい、黒狼は生涯独身が鉄則のはず!!な―――んで、お前、いっちょ前に結婚しとるんじゃ――――!元老院が許しはせんだろうが!?」

「こいつは、元老院から許可もらって、無理やり如月の姫様の婿になったんですよ。っていうか叙勲式、見てないんですか、玄武翁」

呆れたように嘆息しながら、マイペースな調子でごはんをかっこむ右京さんだった。

「・・・・・!!」

もはやべらべら人のプライベートをしゃべる右京を、本気で後でぶち殺そうと心に決める式だった。

「な――――な――――式にゃん、ほんとなの?結婚したって―――。桃、式にゃんの奥さん見たいなぁ」

「奇遇ですね、僕もです」

「あ――――、俺も俺も――――!大将の奥さん、見たいわぁ。すんげぇ美人っぽい」

といきなり眼鏡をきらめかせて、伊織が立ち上がった。ついでに何を思ったか、目を輝かせて九十九も立ち上がる。


まずい、と式は冷汗をかいた。これだから、職場の同僚には秘密にしていたのに。それもこれもあのバカ右京のせいだ、と一人悪態をついた。すると、ここで意外な助け船が出された。

「こぉら――――!!食堂では、騒がないの!さっきからうるさいよ、君たち!!」

両手をパンパンと叩きながら、黒狼院のナンバーツー、【望月・千代女(もちづきちよめ)】先生の登場だった。ちなみに旦那が黒狼院の宗主、【望月・結弦(もちづきゆづる)】氏である。つまり式たち暗殺者を統括する上司の奥さんなのであった。

(今のうちにさっさと逃げなさい!式くん!!)

(すみません、千代女さん、恩に着ます!)

まだ食事の途中だったが、先生のおかげで瞬動で逃げることに成功した。こうして風早式の散々なお昼休憩が終わる。執務室に逃げれば一人きりでいられるので、しばらくほとぼりが冷めるまで、事務仕事に励むことになりそうだ。




17時仕事終了。

作業日報を提出して、式はそそくさと麗月城へと戻った。今日はどっと疲れる日だった。しばらく、あの食堂を使うのを避けようと決意する式なのであった。

「ただいま戻りました。姫様」

「わ――――い!し―――――き!!」

式の愛しい愛しい雪姫は浴衣姿で廊下を走ってくると、ぴょいっと勢いよく帰ってきた夫に抱き着いた。

「今日は、どこもケガしてない?」

帰ってきた式の体中をぺたぺた触りながら、雪姫がしっかり確認するのはいつものことであった。

「今日は書類仕事だったから大丈夫ですよ。ご心配、ありがとうございます」

「そう?でも式、疲れてるね――――」

さすが、長年の付き合いというか、たった一目で式の状態を見抜く雪姫だった。

「わかりますか?さすが姫様」

「うん。じゃあごはんにする?お風呂にする?」

もはや新婚の名台詞といっても過言ではない言葉をさらっという雪姫であった。

「じゃ、じゃあお風呂から先、いただきます。あ、ああ、あと、それと・・・・」

「・・・それと何?」

「ひ、姫様が欲しいな――――」

と、新婚の夫が可愛らしくおねだりしてみても、

「ふ―――――ん、あっそう」

と冷たく新妻に冷笑してあしらわれるだけなのであった。陰で莉理と沙羅双樹に小ばかにされたように、くすくす笑われながら。


19時風呂と夕食。

とりあえず、雪姫と一緒にごはんを食べる。


20時から自由時間。

剣の鍛錬をしたり、好きな読書をする。

式は視力がいいのだが、雪姫が眼鏡をかけた男が好みらしいので、わざわざ伊達メガネをする。一方、雪姫は使い魔の雪風と遊んでいる。それがちらちら気になって読書に集中できない式。

「ひまだなー?雪風ー?」

「きゃうきゃう!!(ごしゅじんさまぁ、お外いこ!雪風が連れてってあげる!)」

「もう夜遅いからダメだよ。また今度ね」

「きゃうう―――(ぶ―――。わかったぁ、また今度ね!)」


すると式がいる方からぽんと軽く爆発するような音がして、わんこ式が泣きながら、雪姫に抱き着いてきた。

「ひ、姫様姫様!雪風ばっかりかまわないで、式もかまってくださいませ!」

「なあに?犬になるの嫌がるくせに・・・・。こういうときだけ、甘えん坊さんだね」

涙目のわんこ式のふわふわでまんまるな頭を、雪姫はよしよしと撫でてあげた。

とたんにうっとりと気持ちよさそうに目をとじるわんこ式。

「きゃうきゃう!(おいシキ!ずるいぞずるいぞ―――――!雪風とご主人様のまったりタイムをうばうなんてずるいぞずるいぞ!)」

「も――――、雪風も喧嘩ふっかけないの!二人とも仲良くしてね」

そういうと雪姫は小さな二匹を抱っこすると、大事そうになでなでしてくれた。

(くすん。式は姫様の夫なのに・・・・。もっと新妻の姫様とイチャイチャしたい・・・・)

と、ちょっぴりしょんぼりするわんこ式なのであった。


23時就寝。

「さ――――って、明日も早いし寝ようかな!」

「ひ、姫様、雪風は?」

「雪風なら私の影の中で寝てるよ。もう疲れちゃったって」

「そ、そうですか・・・・」

子チワワ式はぷるぷる震えながら意を決して元の人間に戻ると、

「ひ、姫様!きょ、今日は式、姫様の寝所で・・・・」

「ええ――――」

あからさまに嫌そうな気配の姫君に、式は心底泣きそうになった。すると

「ふふっ。う・そ。今日はそんな気分じゃないんだけど、人間のままで大丈夫なの?」

「だ、大丈夫です。今日は式は姫様と添い寝がしとうございます・・・・!」

「そっか――――。じゃあ一緒に寝よ!」

相変わらず可愛らしく、いじましい笑顔の新妻に、式はなんとか鋼の理性でどす黒い欲望を抑えた。そして雪姫を横抱きにして、姫君の寝所へ向かうとうやうやしく姫君をおろし、

「お休みなさいませ。雪姫さま」

と、厳かに伏礼した。


雪姫とはお互い向き合うように正座して座っている。

「もう、いちいち伏礼しなくていいのに。式は真面目なんだから」

くすくす笑いながら、雪姫は苦笑した。

「今日もお仕事、頑張ったの?」

そういって雪姫の繊手は、節くれだった大きい彼の手をにぎった。

「は、はい・・・・」

式は暗闇でもわかるくらい、顔を真っ赤にした。本当は、欲望の赴くままに妻をむさぼりたかったが、また拒絶されても悲しいので、なんとか我慢していた。

「そう・・・・・ちゅ」

とたん、何をされたのかわからなかったが、彼のほほの柔らかい唇の感触で、雪姫が口づけしてくれたのだと知った。

「姫様・・・・!!」

たまらず、式は愛しい妻を抱きしめた。彼女の体から、甘い乳香の香りがして彼はくらくらしてしまった。

「ふふっ。今日は、式、つかれてたみたいだから。ご褒美ね」

「姫様ぁ、やっぱり今日・・・・」

「だぁ――――め。いうこと聞かないとわんこ式にしちゃうぞ」

「そんなぁ・・・」

「さ、もう寝よ。明日も早いんでしょ?」

「はい・・・姫様姫様、せめて貴方さまを抱きしめて、眠らせてくださいませ」

「もう・・・しょうがないなぁ。ふふ、し―――――き!」

そういって、雪姫は白い額を夫のたくましい胸板に、愛し気に摺り寄せてきた。

「・・・・・・」

式ももう、胸がいっぱいで何も言えなくなって、サラサラの姫君の腰まで届く銀の髪を、やさしく手ですいていた。それを雪姫は気持ちよさそうにうっとりとしていた。

「おやすみ、式」

「おやすみなさいませ、姫様」


こうして、黒狼と、その愛する姫君の夜はふけていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

如月の巫女姫 えくすとら 月影琥珀 @kohaku5111

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ