第十九話「旧魔王軍四天王ギュウカイ」
カルマイは奈路から貰った剣に夢中になっていた。この剣に斬れないものはない。一太刀で戦闘が終了するから、どんなモンスターが来ても関係がなかった。
途中から何体モンスターを倒したか数えることすら止めていた。気づくと、自分が今までこのダンジョンで最も深く進んだところよりも深い階層に到達していた。
その時は行けるところまでいこうと食料なんかも準備して、無駄な戦闘は極力避けながら3日程かけて到達したのだが、今日はモンスターの足音が少しでも聞こえれば必ず駆けつけて、無駄な戦闘をしながら、半日もかからずに到達してしまった。
しかも体力は有り余っている。なんせ今日のカルマイの運動は、各戦闘で木の枝のように軽い剣を一振りしただけなのだ。
体力に余裕があるうちに帰途につくことも重要だが、体力があまりに多い内に帰っても修行にならない。
気づけば、カルマイの目的は、剣の試し切りから、このダンジョンの最奥に居るらしいボスの討伐に切り替わっていた。
噂では牛のような見た目をしているらしいがそれらしいモンスターはまだ見ていない。
「ボーーーーーーーーッ」
突然、低い地鳴りのような響きが近くから聞こえた。カルマイにはその音が、超自然的な洞窟自体の啼き声のようにも感じられて、それが自然の中の音ではなく、なにか生き物が発したものだと気づくのに数瞬遅れた。
啼き声は奥の暗闇から聞こえた。そこにはカルマイの三人分の背の、巨大な扉があった。
間違いない。ボスが居るとしたらこの先だろう。
迷わずに扉を開けて、その先に進んだ。
このときカルマイは、奈路から貰った剣の軽さのために、その剣が鞘ごとなくなってしまっていることには、全く気づいていなかった。
大きな扉を開いた先には、広い空間があった。
空間の中央。入り口の巨大な扉と同じサイズ感の、モニュメントのようにすら感じられる巨大な石の玉座に、一体のモンスターがまるで王のように腰をおろしていた。
そのモンスターは人のような形をしていたが、上半身は人では考えられないほどの量の筋肉が荒々しく隆起していて、グロテスクに感じられるほどだった。
首から上は牛のような見た目で、ちょうどこめかみの辺りからモンスター自身の顔の半分ほどの太さの径の角が真横に生えていた。その異様な漆黒の角は先端に行くほど経が細くなっていて、ちょうど全体の半分ほどのところで直角に曲がって先端は真上を向いていた。
全身の見た目は余すことなく、このモンスターの危険性を伝えている。
「朝から暴れ回っているのはお前か」
語りかけるような調子だったが、ビリビリと空気が震えて、それはカルマイの頬にも伝わった。
「吾輩は魔王イビル様に仕える、魔王軍四天王が一人、ギュウカイだ」
カルマイは笑った。モンスターを睨みつけながら答えた。
「つまり死にぞこないか」
「ぬかせ」
巨大な椅子に立てかけられたそれを、カルマイは柱だと思っていた。しかし、実際にはそれは武器だったようだ。
ギュウカイはその
「ハハハ、言うだけあって、中々やるようだな」
ギュウカイは言った。
カルマイが元いた辺りには巨大な穴が空いた。それを見て、この部屋に入ったことを少しだけ後悔した。
柱は先端に刃がついていて、どうやら巨大な斧らしかった。一度でも当たれば、ひとたまりもないだろう。
しかし、自分にはあの剣がある。
「次は私の番だな」
カルマイは言った。
そして腰に手を当てたが、そこにあるはずのものがない。
「ん?」
直接目で見て確認したが、何度見ても、腰に穿かれているはずの剣はなかった。鞘ごとなくなってしまっている。
どこかに落とした? いやそんなことがあれば音で気づく。ベルトも緩んでいる様子はない。どういうことだ。
しかし、事実として剣はない。
「どうした?」
ギュウカイがカルマイの異変に気づいて尋ねた。
「剣がない」
カルマイは慌てていたため、素直に答えてしまった。
「グハハハハハハハ」
ギュウカイは笑った。
「貴様、魔王軍とはいえ四天王まで登りつめた戦士だろう。強者とはフェアな条件で戦いたいタイプではないか?」
カルマイは言った。
「いいや、吾輩は相手が強者だろうが弱者だろうが、有利な条件で戦えたら素直に嬉しいタイプだ」
カルマイは舌打ちしたあと、腰につけたポーチの中にナイフを見つけた。今ある武器はこれしかない。取り出して、逆手に構える。
「あったではないか。決闘の場に剣を忘れる未熟な貴様にふさわしい武器が」
「そうだな。全くの偶然だが、このナイフはお前との決闘に相応しいハンデだ」
「貴様が本当にそう思ってるなら何よりだな。そのまま納得してくたばれ愚か者が」
ギュウカイが再び巨大な斧を叩きつけた。しかし手応えはまたなかった。カルマイは避けると同時に、叩きつけられた斧に飛び乗った。
ギュウカイの視界からは突然カルマイが消えたように映った。
カルマイはそのままギュウカイの斧を伝って走り、ギュウカイの肩に飛び乗ると、自身の顔と同じくらい大きなギュウカイの右目にナイフを突き刺した。
ギュウカイは顔を抑えた。焼けるように痛い。右目が無理やり引き抜かれて、その代わりに熱湯が詰まった布袋をねじ込まれたように感じた。
カルマイはそのままナイフを引き抜いて、左目も同じように突き刺そうとしたが、間に合わなかった。
ギュウカイが痛みを抑えるために本能的に動かした手が、そのままカルマイの体を掴んだ。ギュウカイは掴んだカルマイを、自分の体にまとわりついた虫でも払うように、壁に思い切り投げつけた。
壁にはヒビが入り、カルマイは衝撃で意識が飛びそうになったが、ナイフで自分の太ももを刺し、その痛みで耐えた。戦闘中に意識を失うことはそのまま死を意味する。
頭が熱く、重い。視界も赤い。それは自分の血の温かさと色だろう。全身のあらゆる場所が内出血を起こしているのがわかる。
しかし、まだ体は冷たくなっていない。
壁から身を剥がしふらふらと立ち上がる。
「さっき、相手が強者だろうが弱者だろうが、有利な条件で戦えたら素直に嬉しいといったな」
カルマイが言った。
「それがどうした」
「私も同じだ。左目。これで死角が出来たな。有利な条件で戦えて私は嬉しいよ」
「グハハハハハハハ」
ギュウカイは笑った。
「貴様、名は何という」
「カルマイだ」
カルマイは答えたあとに地面にツバを吐いた。赤かった。
「そうか。覚えておこう。短剣を見て油断した。この傷は私の落ち度だ。最初から本気の姿になっていれば、剣などこの身には通らないからな」
そう言うと、ギュウカイは唸リ始めた。筋肉に更に力を入れているようで、ただでさえ巨大な体が更に膨張し始めた。体が赤く変色する。膨れ上がった筋肉は限界を超えて、裂け始め、そこから血が吹き出す。
赤い血は、やがてグツグツと沸騰を始め、黒く変色して体を包んだ。
「これで完成だ」
全身を覆う|罅(ひび)割れた筋肉は岩石のようで、罅から溢れるグツグツと沸騰した血はマグマのようだった。
「この姿の我輩に、剣は効かない。触れた瞬間に熱で溶かしてしまうからな」
先程カルマイが突き刺した右目からもマグマのような血が流れていた。ギュウカイは舌をだしてそれを舐め取る。ジュウと音がなったが、熱はギュウカイには平気なようだった。
しかし、カルマイには|堪(こた)える。遠くはなれていても汗が出て、近づくと火傷してしまいそうだった。この距離でも厳しいのに、リーチの短い短剣が届く距離まで近づいて斬るなんて絶対に不可能だ。
(万事休すか)
カルマイは思った。今度は口には出さなかった。
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