第十八話「転生の女神の悪巧み」

「もう帰ろう。無理だこれ以上は」

 奈路は肩で息をしながらつぶやいた。


 足元には、ボロ雑巾のようになったサボドッグの死体が転がっている。狂ったように突撃してくるこいつをなんとか避けながら、武器屋のアデクからもらった剣で何度も叩くように斬り続けて、ようやく一体倒せたのだ。


 怖じけずに戦えたのは、昨日の経験が大きかった。凶暴化して血走った目で突進してくる犬もかなり怖かったが、人間を丸呑みにする二足歩行のモルモットよりは遥かにマシだと思えた。


 とはいえ、これ以上戦うのは無理だろう。何度か食らってしまった体当たりのせいで腰と足には太い針がささっていた、走ることはできなさそうだし、乱暴に使った剣も刃が欠けて、切れ味がなくなってしまっている。


 依頼内容は二体だったが構わない。一度街に引き返し、残りの一体は明日狩ればいい。

 奈路が剣を鞘に収め、片足を引きづりながら歩いていると地中からサボテンが三つ突き出した。


 奈路はため息を吐いた。当然それはサボドッグだった。サボテンを頭にはやした三体の犬は、地中から体を出すと、すぐ奈路に突進した。


 一匹目の犬の突進は避けることが出来たが、二匹目の突進は避けられない。奈路は右手で無理やり押しのけるようにして突進を反らした。何本か腕にサボテンの針が刺さったが、体にぶつかることは避けることが出来た。


 剣を振り回した。威嚇のためだった。剣に切れ味はないが、サボドッグたちは飛びかかってこなくなった。

(うまくすれば、このまま逃げられるか)


 剣を振り回しながら後ずさる。

 三体のサボドッグたちは、先程奈路が倒したサボドッグの死体に群がった。奈路は、共食いでもするのかと思って首を傾げた。


 違った。サボドッグたちはサボドッグの死体に変わらず生えている潰れたサボテンから垂れている、緑色の粘液を舐め始めた。


「お前らちょっと賢すぎないか」

 奈路は力なく笑った。


 三体の賢いサボドッグたちは次々に凶暴化した。めいめいに雄叫びを上げると、奈路に向かって突進した。


 あの剣は二度と使いたくないと思っていた。だからあの女剣士に上げたのだ。しかしそれでも。

(あの剣がないと死ぬ)

 奈路は心からそう思った。


 奈路が女神から貰った剣のことを本気で思ったその次の瞬間には、奈路の右手にはあの忌まわしい剣が握られていた。


 そこでようやく奈路は、女神から貰った剣のもう一つの特質を理解した。どうやら女神から貰ったこの剣は、奈路が手放したとしても、そのあとに奈路が少しでも必要だと思えば、奈路の手の中に戻るらしい。


 先程まで命の危険を感じていた奈路は、もう目の前の戦闘のことなど考えていなかった。

 凶暴化した三匹の獣が吠えて、ようやく意識が戦闘に戻った奈路は、面倒くさいと思いながら、サボドッグを簡単に処した。


 あの巨大なマーモロットのときほど怯えたり慌てたりはしていなかった。剣の性能はわかっている。負けるわけがないのだ。いたずらに切り刻んだりすることはなかった。


 犬たちの突進に合わせて、空気のように軽い剣を振ったり突き刺したりして首を落とした。どれだけ乱暴に刃を入れても、剣はなんの突っかかりもなく、するすると肉と骨を断った。


 戦闘がすぐに終わり、自己嫌悪と安堵に包まれたあと、奈路は武器屋のことを思った。結局、この剣を売ることはできなかったのだから、金貨は武器屋のアデクに返す必要がある。

 その後に、直近でこの剣を渡したカルマイのことを思った。カルマイの剣を折ってしまった代わりに奈路はこの剣をカルマイに渡したのだ。


 そして、ギルドの受付嬢は、カルマイは朝早くからダンジョンに潜りにいったと言っていた。

 もし今が戦闘中だったとしたら、カルマイは素手で戦うことになる。


 一つの現実逃避的な仮説のもとに、奈路は検証をすることにした。もしかしたら、剣は自分の手元に移動したのではなく、増えているのではないか。武器屋のアデクに売った剣も、カルマイに譲った剣も、今ここに握られている剣も同時に存在しているのではないか。つまり剣を一度手放して、呼び出すたびに剣が新しく一本増えているのだ。


 奈路は鞘に収めた剣を地面に投げ捨て、数歩離れて、その後に同じように剣が必要だと、手元に来るように念じた。


 地面の剣は奈路の現実逃避的な仮説に反して消えて、そして右手にはその剣が握られている。

 奈路は焦った。カルマイのもとに向かう必要がある。それも今すぐに。


 『やーっと気づいた。残念でーした。売ることもあげちゃうことも出来ませーん』

 突然声が聞こえて、奈路は空を仰ぎ見た。その声が上空から聞こえたからだ。しかし、当然そんなところに人が浮かんでいるなんてことはなかった。


 しかし、その声の主が誰なのかは分かっている。

「女神か。どこだ」

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