第十七話「凄い剣」

 カルマイは昨日の夜から一睡もしていなかった。奈路から受け取った剣の性能に一晩中興奮して、気を鎮めることが出来なかったのだ。


 その剣の凄まじさは、奈路と決闘したときからわかっていた。

 マモ太郎の敵(かたき)とはいえ、相手はブロンズクラスの冒険者だ。カルマイは、最初から相手の命を奪うつもりはなかった。


 剣を上段に構え、振り下ろしたが、奈路の頭に当てる直前で止めるつもりだった。

 奈路が剣を横に構え、生意気にも上段斬りを受けようとしていたが、それでもカルマイの予定は変わることはない。その剣を叩き斬った上で寸止めにすればいいだけの話だ。カルマイ程の達人にもなると、それくらいの芸当は朝飯前に出来た。


 カルマイは、剣をしっかりと握ることすら出来ていない奈路の手元にも気づいていた。あんな握りでは、剣が折れるより先に、剣を落としてしまうだろうな。

 しかし、実際にカルマイと奈路の剣が触れた次の瞬間に起こったことは、全くもってその予想に反するものだった。


 カルマイの豪剣の勢いは、剣を握る奈路の手に伝わることはなかった。体感としてはティッシュペーパーが一枚、剣先に引っかかったか位のもので、奈路は甘い握りのまま剣を落とすことはなく、カルマイの剣が一方的に斬れた。


 あまりにも予想外の出来事に、カルマイは言葉を失った。しかし、決闘は決闘だった。二言はない。


 全くもって納得がいかないものではある。それでもカルマイはせめてもの意地で言った。

「私の負けだ。殺せ。悔いはない」


 しかし、奈路はカルマイの命を奪うことはなく、自身が使っていた剣をカルマイに寄越した。

「これ、やるよ」

「いいのか?」

「俺はもう使わないから要らない。折れた剣の代わりになるかは分からないけどな」

 剣は軽かった。比喩ではなく、羽毛のような軽さだった。軽く素振りをすると、空気を切り裂くような音が鳴る。


 今までに何度も剣を振ったことがあるが、軽く振っただけでそんな音が聞こえてきたのは初めてだった。

「本当にいいのか?」

「いいよ」

 カルマイは飛び跳ねて喜んだ。

「まあ、嬉しそうで何よりだよ」

 奈路は言った。


 カルマイはその夜、奈路から受け取った剣を抱えて眠った。元々そういう癖があったわけではなかったが、その剣がとびきり気に入ってしまったのだ。


 興奮して寝付くことが出来なかったカルマイは、時折目を覚まして、鞘に収めたまま剣を振って改めてその軽さを確かめたり、少しだけ剣を抜いて、ほんのりと青白く光る刀身をうっとりと見つめたりした。


 そのせいで結局一睡もすることが出来ないまま、翌日の朝を迎えることになった。

 眠かった。マスタークラスの冒険者ともなると、長期間十分な睡眠を取らずとも活動できるが、昨夜はずっと興奮していたわけで、一晩中戦闘したあとと同じくらい脳が覚醒していて、その分疲れも溜まっていた。


 あくびが出る。多分今日は依頼を受けないほうがいいだろう。平時だったらそうする。ただ、カルマイはどうしても、すぐに、剣の性能を試したかった。

 眠いまぶたをこすりながら、朝一番にギルドに向かうと、近場の高難度ダンジョンの|探索(マッピング)と生態調査を行うクエストを受注した。


 ダンジョンは中に済むモンスターの活動により日々形が変わるため、定期的に探索を行う必要がある。また、人を見たらすぐ襲うような凶暴な気性を持つモンスターが大人しく生態調査など行わせてくれるわけもなく、その実態は、出会った危険モンスターの討伐だった。


 カルマイは他の冒険者が嫌う、危険度が高い割に報酬の少ないこの形式のクエストを好んで受けた。彼女の目的は報酬ではなく、自らの武芸の研鑽にあり、強力なモンスターとエンカウントし易いこの依頼はその目的にうってつけだった。


 噂では近頃このダンジョンに強力なボスモンスターが出るようになったらしい。すでに何組かのパーティが殲滅されており、そのうちの逃げ延びたメンバーの証言によるものだ。

 ダンジョンの入り口は洞窟のようになっている。入り口は狭いが、中は広大な迷路のようになっていて、何組ものパーティがここで未帰還者になっていた。


 中に入る。入り口付近は松明が置かれているが少し進むとすぐに暗闇になる。カルマイは夜目が効く。明かりを持たずに迷わず奥へ進んでいく。


「もしかしたら、今日中にボスも討伐出来るかも」

「いや、流石に希望を持ち過ぎか。まあ調子も悪いし、今日は試し切り程度で帰るか」

 彼女は独り言が多かった。モンスターには気づかれないよう。自分にしか聞こえないほどの小さな声でブツブツとつぶやくのが癖だった。


 カルマイはふと、腰に佩く剣に手を伸ばした。足音が背後から聞こえたのだ。三体いる。

 カランカランと乾いた硬いもの同士がぶつかるような足音だった。たったそれだけの情報で、カルマイはその足音の持ち主がなにか特定できる。スカルナイトという名前の骸骨のモンスターだ。ダンジョンで命を失った冒険者の|躯(むくろ)から成るモンスターで、個体にもよるが、おおよそゴールドランクの冒険者が一人で討伐するには苦戦するくらいの強さだった。


 とうぜんカルマイの敵ではない。普段なら無視をすることも多いが、今日のカルマイは、今すぐにでも剣の試し切りがしたく、ダンジョンの壁すら斬り刻みたい気分だった。


 スカルナイトの足音が聞こえた方向に、自分は音を全く立てずに駆けた。三体の意志を持って歩く骸骨達は最後までカルマイに気づくことなく、|一薙(ひとなぎ)に斬られた。


 音だけが聞こえた。それも剣が骸骨の体に触れる音ではなく、カルマイが剣を振った風切り音だけだった。

 その後に骸骨たちの体が、真横に斬られた切断面から崩れていった。

 その結果に驚きながら、無言で剣を見つめる。

「一体なんなんだこの剣は」

 カルマイが今までの人生で見たあらゆるモノの中で、この剣で斬れないモノが一つも思い浮かばなかった。

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