第77話 さっきのって何?

 時間は遡り、詩帆が祐樹宅に到着する一時間前。


 俺は詩帆への告白内容を詰めるため、昼前から告白場所候補の下見するため出かけ先ほど帰宅した。

 リビングのソファーへと座りそのまま横に倒れる。


「定番のスポットもいいが、その分人も多いんだよな。誰かに見られたりしながらは辛いし、気になって告白なんてできねえ。てなると、やっぱり桜の木があるあの公園とか、神社方面で絞るか」


 横たわりながらしばらく携帯のメモ機能に俺は口にしたことを入力する。

 そのメモには他にも告白文章などを入力している。

 実際に書き出したノートもあるが、持ち運びなどの面も考えて携帯のメモにも入力したのだ。

 最近は写真を撮るだけで書いた文字を読み取ってくれる機能もあり、便利な機能があったのだと後々知りちょっと後悔した。


「よし、場所の候補絞りは今日中に決めてと。残り詰めてないのは呼び出し方か……ちょっとこの後話せないか? いや、大切な話があるんだけど、時間いいか?」


 俺はソファーから起き上がり一人で呼び出しの時の練習をする。だが、ピンと来るものがなく途中でやめた。

 ふと周囲を見回し田中がいないことに安堵する。

 田中がいれば絶対に今の場面で変に茶化してくるに決まっていると思ったからである。


「今思えばさっきの姿、他人が見たらかなり滑稽だな。姉がいて見られでもしたら、絶対に茶化される……気を付けよう。田中にも絶対に見られないようにしないと」


 自身の行動を反省しつつ、夕飯の準備でも始めようとソファーを立った時だった。

 突然自宅のインターホンが鳴る。

 宅配便でも来たのかと思い、家内にあるモニターで玄関先を確認する。

 すると、そこに居たのが思いもしない人物で俺は目を疑った。


「っ豊橋!?」


 俺はモニターを見ながら固まってしまう。

 どうして豊橋がうちに来ているんだ? 用件はなんだ? いつから家を知っていた?

 どう対処すべきかすぐに決まらずにいると、モニター越しに制服姿の豊橋が声をかけてきた。


『祐樹? 急に家に来たことはごめん。先生に頼まれた配下物持ってきただけなの。それで住所聞いてたどり着いたの』

「学校からの配下物? わざわざそれを持ってきた?」


 モニターを見つつ俺は通話はせず疑問を口にだす。

 確かに急ぎで届ける物があれば、こうやって誰かが持ってくる事はあるだろう。だが、どうしてそれが豊橋なんだ? それをするなら同じクラスでもある詩帆がするだろ普通。

 奪った? いや、それはないだろ。詩帆が断って、代わりがおらず豊橋が引き受けた。考えられなくもないか。

 俺はモニター前で腕を組みながら推測をする。


『聞こえてるのかな? 分からないけど、本当はこれ海原さんが頼まれていたんんだけど彼女部活で行けなくなったと聞きまして。それで他の生徒も帰ってしまって困っていた先生に私が声を掛けて頼まれたんです』

「そのパターンか……まあ、そうだよな。今の状態で詩帆が来ることはないか」


 勝手に俺は詩帆からの好感度は低いよなと決めつけ納得する。

 玄関先でプリントを手にし待ち続ける豊橋を見て、俺は通話ボタンを押す。


「分かった、今行く」

『うん、分かった』


 声を掛けたとたんに急に笑顔になる豊橋。

 俺は通話ボタンをもう一度押し、通話を終了させ軽く頭をかいた。

 玄関へと向かい、靴を履いて解錠し扉を開け俺は外に出た。


「……悪いな、わざわざ持ってきてもらって」

「うんん。はい、これ」


 そこで豊橋から渡されたプリントは進路調査についてのものであった。


「進路調査か。このいうのって、もう少し先なんじゃないのか?」

「具体的じゃなくていいみたいだよ。選択方式だし、現状どういう方針なのか知りたいんだと思う。中間考査後には面談もあるらしい」

「進路ね。急に言われても全然だな」

「具体的に決まっている方が少ないでしょ」


 俺は学校ではないからか、気づけば豊橋とその場で雑談をしていた。

 豊橋からも、いつもの様な変に迫ってくる雰囲気が感じられなかったという要因もあったかもしれない。

 いや、土曜日から一人でほぼ悩み続けてしまい、こうしてまともに話せたのが嬉しかったのだと思う。

 この時俺はその嬉しさですっかり事故の件を忘れてしまっており、豊橋と進路に関する雑談に夢中になっていた。


「あ、悪い豊橋変に立ち話させて」

「気にしないで。こうやって久しぶりに話せて楽しかったし。それに、私も変に祐樹に固執してたなって気づいたしさ。なんか、ごめんね」

「あ、ああ」


 急にしおらしくなった豊橋に俺は少し動揺してしまう。

 そんな俺を見て豊橋は苦笑いをした。


「じゃ、私はこれで」


 そう口にし一歩下がった時だった。

 玄関先の段差を忘れていたのか態勢を完全に崩してしまい、そのまま真後ろに倒れていく。

 俺は咄嗟に倒れていく豊橋に手を差し出すと、すぐに掴んで来た。

 すぐさま俺は引っ張り上げる。少し力強く引っ張り上げたせいか、豊橋が俺の方へと迫り顔がぶつかりそうになる。だが、寸前で顔を横にずらし、ぶつかることはなかった。 


「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう」


 引っ張り上げた勢いで今俺は豊橋に抱き着かれてる状態である。

 すぐに豊橋は俺から手を放し離れようとしたその瞬間だった。

 少し態勢を崩し、また後ろに倒れそうになる。


「あっ」

「豊橋!」


 俺は咄嗟に倒れそうになった豊橋に抱き着いてしまったのだ。

 もちろん人助けとしてである。

 倒れて怪我でもされたら大変だと思い、俺は少し強く抱きしめていた。

 だが、すぐに身体を引き戻し俺は豊橋から離れた。


「ごめん、何度もありがとう」

「いいけどさ。お前、そんなおっちょこちょいだったか?」


 俺が豊橋が無事だったことに少し安堵し、ふと視線を奥へと向ける。

 そこは固まって突っ立っている詩帆の姿があった。

 まさかの詩帆に俺は声を失う。


「祐樹?」


 豊橋は俺の異様に動揺してる姿を見て、視線の先が自分の後ろだと気付き振り返る。そして、そこに詩帆がおり先ほどの一部始終を見ていたのだと理解する。

 すると詩帆も認識されたと分かったのか、その場から立ち去ろうとする。

 だが、それを豊橋が道路まで出て呼び止めた。


「海原さん」


 詩帆は豊橋の呼びかけに足を止めた。


「何を見たのか分かりませんが、誤解しないでくださいね。変なことは何もないですから」

「……何でそんな事をわざわざ私に言うの?」

「だって、こちらを見ていたのに声も掛けずに立ち去ろうとするから」

「詩帆!」


 俺は何か言わなければと勢いのまま豊橋同様道路まで出て詩帆へと声をかけた。

 詩帆は何も言わずに俺へと視線を向けてきた。


「もしかして、さっきの見てたのか?」

「さっきのって何?」

「え……いや、だから、その……」


 互いに無言の時間が発生してしまう。

 俺も今更になり変に恥ずかしがってしまい、先ほど豊橋を抱きしめたのは人助けだと本当の理由を言えずにいた。

 すると詩帆が急にこちらに向かって早歩きで近づいて来る。

 そして俺の胸目掛けて向かって勢いよく透明のファイルを押し付けてきた。

 俺はそのまま受け取ると、詩帆は俺の方は見ず何故か豊橋の方を睨んだ。

 その後、そのまま何も言わず立ち去っていく。


「詩帆!」


 名を呼んでも詩帆は立ち止まることはなかった。

 俺は押し付けられたファイルを見ると、そこには先ほど豊橋から渡された進路調査のプリントが入っていた。


「何で同じ物を詩帆が?」


 それに対し豊橋は少し首を傾げた。

 その後、詩帆に変な誤解をさせてしまったと豊橋は俺に謝罪しその場から立ち去って行った。

 俺は豊橋を見送り、自宅へと入り深いため息を漏らした。


「……なんで、こうなるかな」

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