第4話 33分の代償

「コルネリアっ!!」

「レオンハルト様っ!!」


 レオンハルトの呪いをコルネリアが撥ねつけたあの日から丸二日が経ち、ようやくレオンハルトが目を覚ました。

 昔の記憶にうなされた彼はコルネリアの姿を必死で探して屋敷を裸足で彷徨い、そして彼女を見つけて抱きしめたのだ。

 一時期は聖女の力を使ったコルネリアもそのまま倒れてベッドで眠っていたが、翌日に目を覚まして夫の回復を待ち続けた。


(よかった……よかった…………)


 夫婦は長い長い期間離れていた後の再会のように、お互いを強く抱きしめて心を通わせる。

 安堵の表情を浮かべたコルネリアは、そっと彼の背中を撫でて何度も名を呼ぶ。

 そんな様子を少し離れた場所に立っているテレーゼは、大粒の涙を拭いながら見守った──




◇◆◇




「レオンハルト様っ!! お約束したではありませんか!!!」

「守った、守ったっ! きちんと守ったよ!!」

「い・い・え!!!」


 テレーゼは廊下のほうから聞こえてくる声にふと手を止めて顔をあげる。

 夕食の準備のためにダイニングにいた彼女の耳に、次第に主人たちの声が大きく入って来る。


「33分も遅いです」

「どうしても終わらなかったんだって!」


 ダイニングに入室してそれぞれの席につきながら、まだ口論を続ける二人を見つめるテレーゼは、ようやく内容を理解してきた。


(ああ、なるほど……。コルネリア様が言っていた約束の件ですね)


 何者かの呪いで身体を蝕まれたレオンハルトは、まだ身体が完全に回復しているとは言い難かった。

 しかし、眠っていた間の仕事が溜まっているからと、目を覚ました翌日から自宅で仕事を始めてしまったのだ。

 それを知ったコルネリアが、夫の執務室に突撃してある約束をした。


『絶対に19時には仕事を終えること』

『食事は必ず一緒に食べること』


 レオンハルトはこの約束を受け入れて午後から仕事をしたのだが、仕事が終わったのは19時33分。

 夫婦で交わした初めての約束は、脆くも初日に破られてしまったのだ。


「…………」

「お願いだから機嫌直してよ、コルネリア」

「…………」


 レオンハルトが妻の様子を伺うように顔を覗くと、わざと目を逸らして顔を左前にある水の入ったグラスに向ける。

 どうしようか、といった様子で小さなため息を吐くと、妻の手を握った。


「──っ!」


 身体をびくりとさせて目が泳ぐコルネリア。


「心配かけてごめん。コルネリアは僕の身体を心配してくれたんだよね?」

「……ええ」

「ありがとう」


 その言葉を聞いてレオンハルトのほうへと目を向けると、ふっと柔らかな微笑みが向けられていた。

 優しい微笑みを見て、余計に胸が苦しくなったコルネリアは、唇とぎゅっと噛みしめた後でゆっくりと口を開く。


「怖かったんです」

「うん」

「またレオンハルト様が倒れてしまうのではないかと」

「うん」


 レオンハルトの手がぎゅっとコルネリアの手を包み込む。


「少しでもレオンハルト様の姿が見えないと、胸がざわざわして落ち着かないんです」

「うん……」

「自分の目で見ないと、レオンハルト様の声を聞かないと」

「うん……」


 約束をした後もコルネリアは数十分や1時間に一回ほど、夫の執務室を覗いては彼が倒れていないかを確認していた。

 あまりにも頻繁に覗きに向かうため、気を利かせたテレーゼが「大丈夫ですよ」と代わりに見に行って声をかけたのだが、自分の目でないと安心できないと何度も自分で部屋に向かう。

 そんな妻の視線に気づきながらもレオンハルトは仕事をこなしていった。


「コルネリア」

「はい」

「大丈夫……と言ってもたぶん安心できないよね」

「レオンハルト様を疑っているわけではないんです!」

「ああ、わかっているよ。だから、僕をずっと見てて」

「え?」

「仕事中の僕も、君の夫である僕も、全て見ててほしい。だって……」


 レオンハルトはコルネリアのもう片方の手を包み込むと、彼女の目を見て囁くような声で言う。


「だって、そうしたら、僕を見に来るコルネリアを僕が見れる。君を独占できる」

「──っ!!」



 約束から始まった甘いひとときは、二人の間に幸せな時間をもたらした──

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