第72話 まな板の鯉な告白シリーズ

「ジーラ、ちょっとええか?」

「……何、禁断の告白シリーズ?」


 事務所の休憩所にて、いつになく真面目な面持ちのケセラにジーラが頬を緩ます。


「ちゃうわ、こっちに来て」

「……しかも百合シリーズときたものだ」

「だから告白ちゃうわ。この恋愛脳は!」


 ジーラの頭の中にはお花畑が咲いている。

 禁断の花に包まれた二人の愛アイランド的な。


「……時々メモリアール~♪」

「記憶にも留めんわ‼」


 恋愛ゲームドキメモの主題歌を口ずさみながら服の襟のボタンを外そうとするジーラ。

 この娘、恋愛に興味がないゲーマーと見せかけ、意外とませてるわ。


「あのさあ、この段ボールやメモ紙に書かれたミミズのような文章は何なん?」

「……よくぞ気付いてくれた」

「いや、部屋中にばら蒔かれてたら、誰でも気付くで?」


 爆破予告のような状態になった室内で、普段は強気なケセラ自身も正直ビビっていた。


「……これは売れた時のサインの練習をしてる」

「なるほど。これはサインな訳ね」

「……と見せかけてダイイングメッセージ」

「いや、どう見てもピンピンしてるやん」

「……内臓系に栄養過多疾患があり」


 人間の体はある程度の栄養を吸収すると、肝臓に貯蓄されると聞くが、場合によっては老廃物として排出するという機能を持つ。

 内臓ってもんは気まぐれである。


「はあ……。自分はスイカで出来てますみたいなノリか」

「……人間の90%はスイカで出来てる」

「水分やろ!」


 スイカだとしたら維管束はどう再現されるのか。

 高みの見物けんぶつならぬ、これは見物みものである。


「……ちなみにハヤシライスでも出来ている。血液ドロドロ」

「それは逆にリアルやな」


 ケチャップのソースで吐血を想像させる予感に恐怖すらも感じさせる。

 お化け屋敷には欠かせない演出だ。


「しかしなジーラ。普通サインの練習するならノートとかに書くのが主流やで?」

「……海老で鯛を釣る」

「狩猟でもないで」


 デジタル化が進む中、不器用なせいか、紙のノート使用を推してくるケセラ。


「ええか、ジーラ。これからサインする時はな……」

「おはようございます」

「おはよー、ミクル……ぷっ‼」


 ケセラが吹き出すのも無理はない。

 元気良く挨拶をしてきたミクルのおでこに『珍』と黒いマジックで書かれていたからだ。


「ケセラさん?」

「いんや、何でもない」


 思わぬ珍道中にケセラは必死に笑いを堪えている。


「ケセラちゃん、人の顔見て笑って、何でもないことはないでしょう?」

「ああ、すまん。おはようリンカ……ぷっ‼」

「どうしたんですの?」

「いや、分かったからウチに近寄らんで」

「もう何なのかしら?」


 リンカの額には『太陽犬』と書かれていて、この分だとミクルと同様、油性マジックで書いているようだ。


「おい、ジーラ‼ ウチを笑い死にさせるつもりか!」


 ケセラは起こしてしまった元凶に、腹をよじって笑い、込み上げるものを抑え込む。


「サインの練習は紙に書けや!」


 犠牲者二名を追悼しながら、ジーラを叱るケセラ。

 この娘、中々侮れない。

 消極的なゲーマーの癖して、考え方は姑息だな。

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