第51話 横断歩行

「手を上げて横断歩道を渡りましょう」


 ミクルが横断旗を横断歩道へ平行に構えて、まだ小さな通学中の小学生を渡らせる。


「ミクル、お疲れ。精が出るなあ」

「まあ、お金を貰うからにはきちんと働かないと」

「その言葉、向こうのヤツに聞かせてやりたいわ」


 向こう側の交差点でボケーと突っ立ったまま、ろくに交通整備をしないジーラ。

 同じ給料を貰ってるのにやることをしないジーラにケセラは苛立っていた。


「まあ、ジーラさんにも色々とあるのですよ」

「逆にありすぎて困ってるんやけど……」


 元から自分の興味がないことには関心を示さない問題児ジーラ。

 この仕事も仲間がやるからの流れで入ってきた者でもあり、仕事に対しての誠意も見られない。

 しかし、基本的に契約者から解雇させるということはできず、このような勤務態度でも見送る姿勢しかないのだ。


「それよりも子供相手の警備って大変やろ。 おまけに命を預かってるわけやし」

「いえ、こうやって子供と触れ合うのも悪くないですよ」

「まあ、ミクルがそう言うんならいいけど……」


 ミクルの勤勉な姿に濁っていた心が洗われる。

 ケセラはミクルのピュアな想いに癒されていた。


「──ミクルちゃん、次の交差点で子供が渡るわよ‼」

「はい。任せて下さい‼」


 少し離れたリンカからの無線をキャッチし、気合いを注入するミクル。


「──あーあー、健闘を祈る!」

「……フライドチキン‼」

「いや、ジーラ。この距離なら無線入らんやろ」


 リンカとは違い、ジーラはいつの間にかミクルの間近にいて、水筒のお茶を飲んでいた。


「それにチキンって? 何の暗号かいな?」

「……ミクルは骨付きの方が好みだと」

「ラジャー‼」


 ジーラがミクルの酒肴を理解し、骨付きの良さというものを伝えてくる。

 ミクルにもその暗号に共感できたようだ。 

 でも、未成年だからお酒はまだ飲めない。


「勝手に納得して決めるなや」

「ふむ。ケセラさんはハバネロ入りが好きだと」

「さりげなくメモ取るなや」


 ミクルが手帳に事柄を記入する。

 その手帳が家計簿に見せるのは気のせいだろうか。


「──あーあー、ミクルちゃん。前方に幼稚園児が接近中。準備オケかしら?」

「オケオケでーす!」


 リンカの無線で了承したミクルはお茶を飲みに来たリンカと無線でやり取りする。


「だからこの距離なら無線入らんやろ?」

「ケセラさん、雰囲気作りは大切ですよ」

「さりげなく遠距離恋愛せんでくれん?」


 ああ、源氏物語とは言えないが、警備員通しの恋愛って、こんなにも切ないものなのか。

 ああ、距離が近いようで心は離れてる。


「……やだな、ケセラ。今は仕事中だぞ」

「だったらそのスマホをしまわんか!」


 ジーラがスマホで遊んでいるのを注意して、現場に戻らせるケセラ。

 いっそのこと、ジーラは小学生からやり直して、社会の経済情勢を学んでもらいたい心境だった。

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