第38話 ふわふわ想いライス

「はあ……」


 今日のミクルはいつにも増して変だった。 

 重いため息をつきながら、テーブル席を拭いて、おもむろに食器を片付ける。


「はあ……きゃっ!?」


 空の食器を持ったミクルが、席を外したお客さんにぶつかり、手にした食器を床にばらまく。


「大丈夫かい、お嬢ちゃん!?」

「す、すみません‼ お客さん、お怪我は!?」

「アタシなら何ともないわよ。それにしても派手にやったねえ。食器が樹脂製だったからいいものを」

「あわわ。ありがとうございます」


 ぶつかった女性のお客さんは意外にも大人な対応で、ミクルと一緒に食器を拾う。


「いえ、お客様、その気持ちはありがたいのですが、お気遣いは結構です。私たちのことなら気にせず、大人しく行って下さい」


 ケセラがお客さんの手を止めさせ、深々とお礼をし、化粧室に行こうとした方向へ道を譲る。


「ケセラさん?」

「ミクル、話がある。ちょっと休憩室までつらかしな」

「あっ、はい……」


 ミクルは何も反抗せずにケセラの言うことに従う。

 やっぱり、いつもと気迫が違う。


「……面をかすって、昭和世代の不良じゃあるまいし」

「不良物件は住宅だけで結構ですわ」

「お二人さん、その声、ちゃんと聞こえてるで?」


 ケセラが鋭い眼光で厨房にいたジーラとリンカを捉えると、二人はヘビに睨まれた紙粘土細工のカエルのように固まっていた。


「……あー、不良っていいな。生きてるっていいなー♪」

「物件選びも慎重にですわね」

「何なんや、その反応は? それよりもちょっと抜けるんで店番を頼むで」


 ケセラが指をビシッと差して、ビビり二人にお願いをする。


「了解ですわ」


 ちょうど先ほど昼ピークを過ぎた辺りだ。

 今の暇な時間なら二人でもやっていける。

 リンカはそう確信して拳を握った。


****


「──それでミクル、今日はらしくないミスばかりやけど、何をそんなに悩んどる?」

「天誅には何もかもバレバレですね」

「いや、ウチは店長の代理やから」

「天誅、対立?」

「二度も言わすな。店長代理や」


 お客さんから離れた休憩所にてケセラが、ミクルの耳元で大声で答える。

 この距離なら鼓膜が破けるかも。

 ケセラはトラウマ的な攻撃をミクルに刻もうとしていた。


「実は私、気になる相手ができて……」

「なるほど。それで相手は?」

 

 このファミレスはお客さんが店員に恋するのはタブーだが、店員の恋愛に関しての規制項目はない。

 ただ、ケセラとしては、恋愛にうつつを抜かして、職務に支障ができるのは、できるだけ防ぎたかった。

 職場は遊びではなく、あくまでも仕事をする場所だからである。


「客席の向かい側にいるあの相手と目が合うたびに胸がときめくんです」

「現在進行形ということは、この店の従業員か。それで相手は?」

「はい。今週から目が離せない可愛い方でして……」


 再びフロアに出たミクルが顔を手で覆いながら恥ずかしげに相手に指をさすと、その先は壁に貼られた一枚の紙切れ。


「ねっ、小学生にしては色合いが素敵でしょ?」

「防火訓練のポスターやないかー‼」


 ケセラはポスターに描かれた子供の無垢な笑顔に心が奪われることはなく、どさくさに紛れて食事休憩をしようとするミクルの首根っこを掴んで、休憩室まで引きずって運ぶ。


「まだ話は終わってないで」

「えー、私、飢え死にですかあー?」


 ケセラの長いお線香のようなお説教は、夕方のピーク時まで続いた……。

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