第36話 食い逃れ

「だから、その店員さんなら知ってるぜ。俺が食い逃げ犯じゃないって」

「本当なんか、ジーラ?」


 お昼過ぎ、店内での14時頃。

 事件は、いつものファミレスにて発生した。


 本来は美味しく料理をいただいて、その対価としてお金を貰う飲食店のシステム。

 だけど、その循環のシステムが壊れつつあるのだ。


「ジーラ、黙っていても、何も分かりませんことよ?」


 リンカがジーラから真相を聞き出そうとしても、素知らぬふりのジーラ。

 しかし、さっきからの無言の反応で、何かを訴えるような目はしているのだ……。


 目の先にいるグラサンをかけた中年の男性客を前にし、ジーラは何かを知っていてだんまりを続けているのかと……。

 古い付き合いのリンカには、何もかもお見通しだった。


「分かったところで、鯉逃げ犯はどうなるのでしょう?」

「ミクルよ、鯉じゃないで」


 こんな緊迫の雰囲気を一瞬でぶち壊す、対話クラッシャーでもあるミクル。

 奇抜すぎて、空気読めない賞のトロフィーの受賞をしたいくらいだ。

 経営が厳しい上に、落としたら割れる陶器式の素材だが……。


「じゃあ、自ら持ち逃げですか。犯人も中々やりますね」

「ミクルちゃん、鯉もそのまま、真空パックごとお持ち帰りできる時代が来たのですわ」

「二人とも、一旦、鯉のNGワードから離れようか?」


 ケセラは暴走するミクルを止めようと、落ち着いて話を進める。


「それよりも誤解なんやから、お客さんに謝らんと。みんな頭下げて」

「何かの記者会見みたいですね」

「ここには機材がないので、フラッシュ撮影はスマホからが主ですわ」


 ケセラは今日も派手な化粧にピアスが映えてるが、お客さんへの対応は大人だった。


(──クックック。実に愉快だ)


 ──眼鏡拭きで丁寧にグラサンを磨く、素顔も神経質そうなおじさんの男性客は、心の中で快楽に酔っていた。


 酒は一滴も口にしていない。

 ジーラと他愛もない会話をして見抜き、大量の料理を注文し、こうしてうまいこと利用できた。

 まさにやってのけた感が強い。


(あのお嬢ちゃんに口止め料をやってて、良かったぜ)


 会話の内容から訊いたオタクな女の子からして、推し代などに、それなりにお金がかかるという部分。

 そのことを計算して、今回の犯行に及んだのだ。


(SNSの噂通り、大人しい女だな)


 男性客は以前から、このファミレスの垢のサイトを調べて、ここまで足を運んだのだ。


(こりゃ、あのジーラとやらに顔を利かせたら、またここで食い逃げができるかもないな)


 心の中で笑いながら『お代は払った』と小細工な演技をして、この場から立ち去ろうとする男性客。

 浮いた金を何に使おうかと、勝利を確信していた。


「……待て、食い逃げ犯」


 そんな男性客が悠々と外に出ようとしたところで、ジーラという最終ゲートが出入り口に立ち塞がる。


「……確かに推しの相手は、何かとお金かかるけど、目の前の犯行を見逃すわけにはいかない」


 ジーラは口数は少ないが、メンバーで一番正義感が強かったりする。


「あーん? はめやがったな! お嬢ちゃん! 金返しやがれ!」

「……貰えるものは貰っておく」

「くっ、ふざけやがって!」


 男性客は周りのお客さんの協力により、腕を固められ、床に押さえつけられる。


「ミクルちゃん、警察を呼んで下さる?」

「ピーポー、ピーポ♪」

「物真似はええから、はよ呼べ」


 ──こうして男性客は警察に身柄を拘束され、後日、ジーラに感謝状が贈られた。

 本人は金のトロフィーか、コンビニ限定の金のハンバーグが良かったらしいが……。

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