12話 道案内の終わり

「あ、ハルさん……」


 満面の笑みが怖い。何を考えているかわからない。


「ごめんなさい!!」


 俺は土下座した。プライドなんてなかった。この時の土下座はきっと世界でいちばんきれいな土下座だっただろう。


 アースもハルがいた事に気付き体が硬直している。


「え、あ、え」


 言葉にならない言葉を発している。


 そしてアースは土下座している俺の後ろに隠れる。俺を身代わりにするように押し出してくる。


「え、おい、やめろ、死ぬから」


「仲がよろしいようで。私がいないうちに何かあったんですか」


 ハルがじわじわ近づいてくる。あ、マジで死ぬかも。


「ごめんなさい!」


 そんな時、アースが謝罪の言葉を叫ぶ。それを聞き、ハルの足音も止まる。


「……」


 俺は顔をあげ、状況を確認する。ハルは静かにアースを見つめていた。


「……わかりました。今回はアーサリア様に免じて許しましょう」


 良かった。助かった。


「よし、じゃあ引き続き案内してくれるか?」


「え、あ、わ、わかった」


 アースはハルの方を気にしながらも、首肯した。


「今外への道をこの子に案内してもらってたんだ。ハルさんも一緒に行くぞ」


「……ええ、わかったわ」


 ハルはアースの方を見ていたが、やがて歩き出した。


 ずっとお互いを見ていたが、二人は知り合いなのか? あれ?そういえばさっきハルがアーサリア様って……。


「……」


 あんまり聞ける雰囲気じゃなかった。あとで聞くことにしよう。






 またアースによる道案内についていっている時、ハルは俺に向かって言った。


「そういえばイツキさんって私のこと、さん付けで呼ぶわよね。どうして?」


「うん? だってハルさんの方が年上だと思ったからだけど」


「それは私が老けてるように見えるってこと?」


「そういうわけじゃないけど……」


「そうじゃないならハルでいいわ」


「でも」


「ハルは本名じゃないの、あだ名みたいなものよ。あだ名にさん付けはあんまりしないでしょ」


「まあ、そうか。じゃあハルさん、いやハルも俺のことはさん付けしなくてもいいよ」


「そう? じゃあそうさせてもらおうかしら」


「改めてよろしくな、ハル」


「私のことは今度こそ覚えていてね、イツキ」


「なんかそれいろいろな意味で怖いからやめてくれ」


「そういうつもりで言ったのよ」


 そんな会話があった。その前で、アースは訝し気な目でこちらを見ていた。






「ここがエントランスよ。あそこから外に出られるから」


「わかった、ありがとう」


 俺は彼女の頭をなでる。アースは一瞬ビクッとしたものの、拒むことはなかった。


「じゃあここまでありがとう。体調には気を付けて」


「ありがとうございました」


 俺に続いてハルも感謝の言葉を口にする。


「ええ、そちらも気を付けて」


 その言葉を聞き、俺たちは外へとつながる一段と大きな扉を開ける。日の光が差し込んでくる。


 俺はハルとともにその外の世界に足を踏み出した。






 私は今とても緊張していた。


 何とか平静を保とうとしていたがいつ襲われるかわからないので、内心ビクビクしっぱなしだった。


 しかし彼は何もしてこなかった。


 話が違う。


 私が聞いていたのは、もっと傲慢で暴力的だということだ。だから、あんなに乱暴にドアを開けてきたのかと思ったのに、彼は私がいる事に驚いていた。


 なぜだろう。全然辻褄が合わない。


 彼は例の勇者ではないのか?


 あそこにいたのは国の中枢機関を潰すためではなかったのか?


 各国家の最高責任者を狙ったのではないのか?


 なぜ最後に頭をなでられたのか?


 何か仕掛けた様子はなかった。だから、あれはあくまで悪意から出た行動ではなかったということだろう。


 だめだ。


 考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる。


 とりあえず会議室に行こう。


 あそこでは今、国際最重要会議が開かれている。あそこには各国家の最高責任者やその人に近しいものしか参加できなかったはずだ。


 当然内容も極秘。部外者がその内容を聞いたらその人はもう朝日を見ることはできないというレベルだ。


 この会議の正式名称は他にもあったはずだが難しかったので私はこの名前で憶えていた。


 あの空間は非常に空気が重く。気が滅入ってしまうので私は逃げ出した。


 王女だから参加しなさいと言われても、私に何ができるのか。


 しかし、あの空気か彼のことを伝えないか。天秤にかければどちらがまずいのかは火を見るよりも明らかである。


 私は会議室へ向かう。


 確定はできなくとも私の中では確信している。




 彼はきっと、魔の勇者だ。




 そして、あともう一つ気になった事があるのだが……


 それはまた別の機会に考えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る