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「いけねぇいけねぇ。まずはこれを言わなきゃ始まらねえ。すっかり忘れちまってたぜ」

 そう言うと狼男のマスターは喉の調子を整えるように「んんっ」と鳴らすと、格好つけるように恭しくお辞儀をした。

「ようこそプレイヤーの皆さん、トパーズの酒場へ。ここは旨い酒と、町の住人から様々な依頼が舞い込む店だ。さあまずは一杯注文しな! その後は楽しい楽しいクエストのお時間だ!」

 なるほど。つまりここトパーズの酒場ってのは、RPGなんかでお馴染みの冒険者ギルドってところか。なんとなく話の全容が見えてきた。つまりここでクエストをこなし、MAMについての情報を得ることで次に進めるわけか。それにこの雰囲気だと、MAMについての情報だけでなく、単純な金稼ぎも出来そうだ。

 周囲を見渡す。よく見れば外から見えていた強面たちは、誰もが剣やら槍、弓矢なんかを持っている。他にも壁際に掛けられたクエストボードに何人か集まって喋っている。なるほど。この店にいるやつらがいかついのも納得だ。いわゆる冒険者で、てっきり昼間から飲んだくれてるクズたちと思ってたが違ったようだ。

 ルナと目が合い、軽く頷かれた。アイコンタクト。どうやらルナも俺と同じようなことを思っていたようだ。

「いいわよ。お金なんていらない。代わりにMAMに会うための情報を教えて」

「オーケー。それじゃあ肝心のクエストだが、お前らは運がいい。丁度別のプレイヤーもMAMに繋がる情報を手に入れるため、あるクエストを受けている。お前らもそれを受けてもらおうか」

「どんなクエストよ?」

「なあに。森に行ったエルフの子供二人を無事町まで連れて帰るだけさ」

「つまり迷子探しと」

「まあそういうことだ。とはいえ気をつけろよ。子供たちがいる森に醜悪なゴブリンが出没したという話だ。奴らに言葉は通じない。好戦的で油断すると殺されるぞ。なにより一番厄介なのが、ゴブリンの背後にはオレたちなんか比べ物にならないくらい凶悪なオーク鬼がいる」

「大丈夫よ! その子たちがいる森の場所ってどこ?」

「ああ、地図がある。そこまで難しい道じゃないから、コレだけで充分だろ?」

 狼男のマスターから手渡された紙を反射的に受け取る。そのまま流れるように中身を見たが、確かにこれなら大丈夫そうだ。相変わらずこの世界の文字は読めないが、そこまで複雑な道程ではないし、わかりやすく丁寧に書かれている。もし困っても、最悪ルナに読んでもらえばなんとかなりそうだった。

 それよりも気になることというか、不安なことが二つ。俺たちとは別のプレイヤーの存在。なによりゴブリンやらオーク鬼とかのヤバそうな単語。ファンタジーにそこまで詳しくない俺だって知ってる。わかりやすい敵キャラ。問題はどれくらい強いのかだよな。こちとら普通の一般人だし、旅のお供は小さな子供に黒猫。とても荒事をこなせるメンバーじゃない、がルナの自信ありげな返事。なにかあるんだろうか。

「マスター。ミルクありがとう! ゴブリンがいるんだったら早く行った方がいいでしょ?」

「オウ。気を付けて行けや」

「ありがと! 行ってくるわ!」

 そう言うとルナはピョンと丸椅子から飛び降りると、たったと出口に向かって走り出してしまう。慌てたのは俺とホーだ。

「ま、まってよルナ!」

 同じように椅子から飛び降りるホー。そのまま出口の方へ走り出し、途中で止まって狼男のマスターの方へ振り返り頭を下げる。

「ありがとう!」

 きちんとお礼を忘れないとは感心感心。とはいえ俺ものんびりしてられない。

「ありがとう、マスター。御馳走さま」

「おう。兄ちゃんも気をつけろよ。なによりあのままじゃアイツら迷子だぞ」

 ほんとそれな。地図は俺が持っているっていうのに、あいつらどこへ向かって進む気だろうか。


 俺は急ぎ席を立つと軽く小走りで出口まで向かい、そのままスイングドアをくぐり外へと飛び出した。

 地図に従って道を歩く。俺の一歩後ろにホーとルナ。ここまでは順調で、時々ルナに読めない文字を読んでもらうくらい。少しずつ町の中心部から離れていく。それに従って通りから人の姿が少なくなり、賑やかな出店の代わりに閑静な住宅街を歩く。色とりどりでやけに綺麗すぎる民家。うねうねと螺旋を描く現代的な街灯。見る人を飽きさせない町の作りで、歩いていてそれほど退屈しない。

「ねえ」

「どうした?」

「アタシたちの先にクエスト受けているプレイヤーってどんな人なんだろうね」

 ルナの言葉に内心突っ込みを入れたくなる。おまえが飛び出たから、そのこと聞けなかったんだろと。とはいえ言ったところでただ空気を悪くするだけだし、いいことなんて一つもない。

「さあ? 正直会ってみないとなんとも言えないな」

「……。ゴメン。ちょっとはしゃぎすぎてたみたい。トパーズの酒場できちんと話聞いとけばよかった」

 落ち込んだように、ルナのピンと立っていた耳がペタンと垂れる。おおう。謝られるとは思わなかったから返答に困る。なんとも言えない雰囲気。けれどもそれを吹き飛ばしたのはホーの明るい声だった。

「だいじょうぶさ! いい人にきまってるよ」

「なんでそんなことわかるのよ」

「なんとなく。だけどきっとぜったいだいじょうぶだから!」

 根拠のないホーの、自信たっぷりの言葉。けれどもそれに少し救われる。そう、わからないことをうだうだ考えたってしょうがない。変に気を揉むより、ここはホーの言葉を信じた方が気持ち的に楽だ。

 少し気が落ち着いたせいか、一つ疑問が浮かんだ。もしかしたらルナは知ってるかもしれないと聞いてみることにした。

「なあ。他にも何人か、俺たちとは別のプレイヤーっているのか?」

「さあ? でももしかしたらまだ何人かいるかも。最初に『ようこそ魔女の箱庭Wich Craftへ。ここの遊戯ゲームはありとあらゆる人種、あらゆる時代の人が一度に参加可能です』なんて説明があったくらいだし」

 おおう。そんなアナウンス聞いた覚えないぞ俺。それこそなにかに引きずり込まれるような感覚と、「星を探して」という言葉だけ。もしかしたら俺はイレギュラーな存在なのかもしれない。

 そんなことを思っていると、町の端に着いていた。結構な距離を歩いたはずだが、不思議なことにあまり疲れていない。森の入口はすぐそこに見えている。木々に囲まれた小道、それがずっと続いている。この先を行けば迷子の二人に会えるようだ。狼男のマスターから貰った地図はここで終わっており、そのことが書いてあった。勿論ルナに前もって読んでもらっていた。

「どうしたの?」

 不意に立ち止まった俺に、ルナはきょとんとした顔で聞いてくる。

「いや、この先にゴブリンがいるって思うと不安でな」

「あははは。大丈夫よ、そう心配しなくても。なにを隠そうこのルナ・レイナード、実は魔法マジカルキャットなんだから!」

「……」

「あーその顔は信じてないな!」

 いや、だっていきなり魔法キャットなんて言われても…。口ぶりから察するに、魔法少女の猫バージョンといったところか。目覚めてからこれまでヘンテコな街にエルフやドワーフ、狼男なんてものに遭遇してきたが、いきなり決め顔でそんなこと言われても急には信じられない。いや、喋る黒猫なんてファンタジーな存在なんだ。魔法の一つや二つくらい使えてもおかしくは、ない? ……イカン。なんか頭が混乱してきた。

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