1-15
言われるまま俺たちは、テーブルに座る。すぐに髭を生やした小人、ドワーフのウエイターが紅茶を持ってきた。
「まずこれを言っておかないといけないんだけどね。アタシがMAMに会ったのは十年近く前の話だよ。それでもいいんだね?」
「いいですよ。わたしたちは現状MAMについて殆ど情報がありません。教えてください」
「そうだねぇ。あの頃のアタシは奇妙な違和感をずっと感じていたんだ。この世界はどこかおかしいんじゃないんじゃないかって。どこがどうってのは具体的に言えないんだけどね。…もしかしたらプレイヤーであるアンタらならこの答えを知ってるんじゃないかい?」
「もしかしてそれって、この世界がゲ…」
「ルナ!」
思わず俺はルナの言葉を遮る。ビクンと身体を震わし、こっちを見たルナを片手で制しながら俺は続けた。
「すいません。俺たちにもその答えはわかりません」
きっとこの狼耳の女性が感じていたものは、この世界がゲームであるってことに対する違和感だろう。デザインばかりが先行して住む人のことをまるで考えられていない建物に始まり、これだけの町の人たちが暮らしていけるだけの食糧はどうやって生産されているかなど、細かい粗探しをすればいくらでも出てくる。けれどもこの町の住人はそのことを疑問に思えない。いや思うことが出来ない。この町の住人はゲームでいうところのNPCに近い存在なんじゃないだろうか。そしてそのことに、この狼耳の女性は気が付きそうになってしまった。
世の中知らなければならないこと、知らなくていいこと、どっちでもいいこと。その三種類だ。ここはゲームの世界で、あなたたちは
不思議そうに、どこか奇妙なものを見るかのような狼耳の女性の目。俺はその視線から逃げずに見つめ返す。
「アンタ、優しいね」
その言葉にルナははっとした表情を浮かべ、すぐに顔を俯かせた。ルナも彼女の疑問の答えが、残酷な真実だということに気が付いたのだろう。
「まああの頃のアタシは、その答えを求めて必死になっていたのさ。この町の入口、あの白い線が沢山描かれた妙に黒い地面の所だよ。あそこにもう一つゲートがあっただろう? この町の住人が何故かその先へ行こうとしないゲートの先へ、あたしは行くことにしたのさ」
きっと俺が車を停めた駐車場のことを言っているのだろう。確かにこの町の反対側に、もう一つゲートがあったのを思い出した。
「その先を行くとね。大きな湖があったのさ。不思議な匂いと果てが無いんじゃないかって思っちまうくらい大きな湖さ」
「もしかしてそれって海のことなんじゃない?」
「へえ。あの湖のことを海って言うんだね。ありがとうチビちゃん。アタシはその海の果てをみたくなって高台に上ったのさ。けれども果てなんか見えなくて、代わりにMAMに出会うことが出来た」
成程。次の目的地はもう一つのゲートの先、海の高台か。カップの残り少なくなった紅茶を飲み干す。ホーじゃないが、少しずつ星紫の塔に近づいて行ってる感覚。
「MAMに会って、少しだけ話すことが出来たおかげで、自分なりに答えってやつを見つけることが出来た。その時MAMに言われたのが「いつかこの出会いを必要とする者たちが現れる。そうしたら話してやってくれ」だった。きっとアンタたちのことだったんだね」
そこまで話すと、彼女は俺たちに向けて優しく微笑んだ。それはまるで長年の重荷を下ろしたような爽やかさだった。
「さあアタシが伝えれることはこれだけだよ! 行ってきな!」
「非常に有益な情報ありがとうございました」
俺たちを代表してアスカさんがお礼を告げる。そしてそのまま席を立ち、町の入口の駐車場目指し歩き出した。
「はぁ。次は海、か。また長い距離歩くのは、少し辛いですね」
「だいじょうぶだよアスカ! ショーゴがいるからだいじょうぶさ!」
「えっと、ホー君。なんで将吾さんがいると大丈夫なの?」
もしかしてアスカさんてここまで来るのに歩いてきたとか? この世界が単純に歩いてるだけだと妙に疲れないっていったって、いくらなんでもそれは辛すぎるだろ…。
「車があるんだよ。みんな俺の愛車に乗ってここまで来たんだ」
その言葉に大きく目を見開いて驚くアスカさん。俺はルナに視線を向ける。
「なあルナ。いいだろ?」
「そうね。なによりアスカとは一緒にオークと戦った仲だしね!」
俺の言いたいことを察したルナはうんうんと頷いている。どこかきょとんとしたアスカさんに俺は言った。
「なあアスカさんも俺たちと一緒に来ないか? みんなで一緒に行った方が絶対楽しいぜ」
「わたしも、皆さんと一緒に行けたら楽しいだろうと思っていたところです。よろしくお願いしますね!」
「やった! なんだかぼく、楽しくなってきちゃった。ねえルナ! どっちが先にいけるかかけっこしようよ!」
「その挑戦受けて立つわ!」
そういって駆け出したホーとルナ。思わずアスカさんと顔を見合わせ、互いに笑う。
「このままじゃ置いてかれてしまいますね」
「そうだな。俺たちも走るか!」
「はい!」
先を行くルナとホーを追いかけ、俺たちも走り出した。
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