1-4
右足でブレーキを踏み込み、スイッチをいれエンジンを回す。
「うわ! これホントにエンジンかかったの? 滅茶苦茶静か! っていうかキー回さないの? この車」
「というか最近の車はほとんどこうだぞ」
「え、そうなの?」
「そう」
ルナの言葉に少しの違和感を覚えるも、大したことじゃないと一瞬で頭の中を通り過ぎた疑問。
シフトをパーキングからドライブに入れる。ハイブリット車独特の、静かな駆動音。ゆっくりと動き出し、出口へ向かう。道は左右に分かれていた。
さあどっちへ行こう。確かさっきみた塔は、ここから見て左側だったはず。とりあえず左へ行こう。ウィンカーを左に切って、進もうとした時だった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
ルナの静止の声に、ブレーキを踏みなおす。
「どうした? あの塔が左に見えたから、取り敢えずそっちにいくつもりだったんだが、何か間違っているのか?」
「そもそも先に向かう場所があるでしょ? 右に向かって。最初にアクアマリンの町にいって、MAMに会わなきゃ」
「MAM?」
ウィンカーを左から右に変更。そのままアクセルを踏み、言われた通り右へ向かって進んでいく。
「そうそうそっちそっち。そのまま道なりに進んでいけばアクアマリンの町に着くはずよ」
「とりあえずこのまま進んで行けばいいんだな?」
「おっけー」
二車線の道を。60キロくらいの速さで進んでいく。俺たちの他に誰もいない。対向車の気配なんてまるで感じないし、歩道を歩く人もいない。ただ緑の森が見えるだけの、のどかな道をひたすら進む。
「ねえ。さっき聞きそびれちゃったけど、アンタたちMAM知らないの? エムエーエムだからアタシが勝手に
「まったく。ホーお前は?」
「ぼくも知らないよ」
俺たちの言葉にルナは大きな溜息をつく。前に意識を残しながら、ちらりとルナの方を見る。明らかに「呆れた」と言わんがばかりの表情。すっげ、猫飼ったことないから知らなかったけど、こんなに表情変えられるんだ…。
「おかしくない? だって一番最初に説明あったでしょ?」
「そもそも俺は、コンビニで寝てたらいつのまにかここにって感じだし」
「ぼくは星がここにいるからきたって感じだし」
俺に若干被せてくるホーに、思わず吹く。そしてそんな俺とホーを見て、「ダメだこりゃ」と言わんがばかりに、おでこを前足で抑えるルナ。
「とりあえず二人がなんにもわかっていないってことだけはわかったわ…」
「というわけで、ここはどこなんだとか、そもそもMAMって何者なんだとか、色々教えてくれると助かるんだが」
「いいわ。アタシが知っていること全部教えてあげる」
「助かる」
「いいわ。そもそも一番最初に説明されることだし…」
ルナはどこか納得がいってないのか、不思議そうに首を傾げる。
「そもそもここはどこなんだ? まさか異世界とか?」
「ある意味異世界であってるわね。ここは
「ゲームだって⁉」
思わず声を荒げる。これだけリアルな世界がゲーム? さっき吸った煙草の味、顔に当たるエアコンの風。五感に確かに訴えかけれてくる情報。これを仮想のものとはどうしても思えなかった。いや…。
森を抜ける。近くには水のない田んぼ、少し離れた所にはなんてことのない普通の民家が並ぶ。よくあるのどかな田舎の田園風景。けれどもどこか現実感がない。
水のない田んぼは勿論、稲が立っているわけでなくむき出しの土のまま。雑草一つ、枯れ果てた落ち葉一つない。少し離れたところにある民家は、なんの特徴もなくどこにでもありそう。二階建てで、小さな庭には車が停まっていたり、いなかったりする。どれも似たような形。それこそコピペを誤魔化すかのように、雑に変化をつけましたとでも言わんがばかりだ。そしてなにより全てが綺麗すぎるのだ。周りの草は綺麗に刈り揃えられているのに、人が足を踏み入れた形跡がないほど、田んぼの中の土は均されている。民家は民家で新築かと思うほどに汚れがない。人が住んでいなきゃおかしいはずなのに、生活感がない。それこそ本当にゲームの背景とでも言われた方が納得してしまうような光景。
「このゲームのクリア条件はたった一つ。星紫の塔にいる魔女に辿り着けばクリア。辿り着けなければゲームオーバー」
「そっか。その星紫の塔に行くために、MAMにあわないといけないってことだね、ルナ」
「ホーの言う通りよ。で、MAMがどこにいるのか知ってる奴が、アクアマリンの町にいるってわけ」
「なるほどね。とはいえその星紫の塔ってのは見えてたじゃねーか。直接そっちへ向かうってのはダメなのか?」
「ダメじゃないけど…」
「ううん。ショーゴ、それじゃダメだ。ぼくたちは今正しい道をすすんでいる」
確信をもったホーの言葉。まあ俺としては、言ってみただけで本気じゃない。それに正しい手順を無視して最終ステージへ行くなんて、初見プレイでコンテニュー不可のゲームでやろうだなんて、無謀がすぎる。とはいえ俺たちが置かれている現状は理解できた。
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