1-3
すぐに俺の言いたいことが伝わったのか、にっこり笑顔で右手を差し出してきた。その手を握り、やさしく上下に振る握手。
「ぼくの名前は@;:。・¥ホっていうんだ。よろしくねショーゴ」
「あ、ああよろしく。……スマン、もう一度名前を言ってくれないか? 悪い、聞き取れなかったんだ」
「@;:。・¥ホだよ!」
二度目だっていうのに不思議と男の子の名前が聞き取れない。多分何度聞いてもそれは同じだろう。確かに喋っているのだ。けれどもその音が表現できない。唯一聞き取れたのが最後の「ホ」くらいのものだった。
「なあ、悪い。まったく聞き取れないからさ。ホーって呼んでいいか?」
「うん! うん! ぼくはホーだ」
困った俺はあだ名という手段に出た。男の子は俺の言葉に、嬉しそうにピョンピョンに跳ねる。そんな金髪の男の子改めホーに若干癒された。とはいえ…。
「これが二つ目な。星を探すのはいいんだが、どこへ向かえばいいんだ?」
「ちょっと来て」
そういってホーは俺の腕を引っ張る。そうしてほんの少し、車から離れたところで遠くの空を指さした。
「あそこだ。あそこに星はいる!」
興奮して大声になるホー。それを尻目に、ホーの指の先の、東の空を眺める。
「なんだあれ」
思わず声が漏れる。それは巨大な塔だった。ここから相当距離が離れているのか、全体が白く、薄ぼんやりとしている。かろうじてわかるのが、鉄筋コンクリートで作られた、現代的な建造物であるということと、これだけの距離があるにも関わらずそれでも伝わる威容。
ちらりと自分の愛車の方を見る。大体の距離は分かった。昨日ガソリンを入れたばかり。そこまで燃費が悪い車じゃないし、なんとか辿りつけるだろう。
「わかった。お前をあの塔へ連れてくよ」
「ほんとにありがとね、ショーゴ」
嬉しそうにピョンピョン跳ねるホーに、顎で車の方を示す。
「乗れよ。出発するぞ」
「うん!」
目的地は見えた。そこへ向かう道筋はわからないが、アスファルトの道は続いている。あれだけ大きな塔なんだ。見失うことはないし、適当に向かっても、目的地へは近づけるだろう。
とてとてと助手席の方へ回り込むホー。俺は気合を入れるよう大きく息をつく。そのままがしがしと頭を掻きながら車へ向かう。その時だった。
「ちょっと待ったー! その車アタシも乗せて!」
森の方から少女の叫び声。思わず声のした方へと視線を向ける。けれどもそこには生い茂る木があるだけで、誰もいない。
「アンタたちも星紫の塔を目指すんでしょ? アタシも連れてってよ!」
いや、一匹の黒猫がぽてぽてとこっちに向かって歩いてくる。まさかこの猫が喋ったのか?
「おはようきれいな黒ねこさん。ぼくの名前はホー。よければ名前をおしえてほしいんだ」
ホーの言葉に思わず「ぉおう」と感心してしまう。俺は猫が喋ったという衝撃的すぎる現実に動揺して頭がまっ白。流石に外に出てはないが、内心は目も当てられない。あわわと慌てっぱなしだった。それに比べてホーのなんと冷静なことよ。ちゃっかり自己紹介まですましてやがる。
「はじめましてホー。アタシの名前はルナ・レイナード。ルナって呼んでね、よろしく!」
そう言って車の前で、前足を上げる黒猫。もといルナ・レイナード。若干頭痛が痛い。
「で、そっちのオッサンは?」
「オッサン呼ぶな黒にゃんこ。俺の名前は佐々木将吾っていうんだ」
「ふうん。将吾っていうんだ。よろしく。それよりさ、アタシもあんたの車に乗っけてくれない?」
若干こめかみの血管がピキッとなる。こいつ俺に対して若干当たりきつくないか? とはいえ旅は道連れなんて言葉もある。正直目覚めてからこちとら右も左もわからない状態。一人じゃほんと何をしたらいいのかまったくわからない。二人になってようやっと目指すべき方向性が見えた。三人になればもう少し心強いだろうが…。
もう一度ルナを見る。ピンと三角にたった耳、すらりと伸びる黒い身体。なにより特徴的なのはその目。右目が金で、左が銀。左右で色が違うのだ。汚れ一つなく、さらりとした黒い毛とそのオッドアイが、否が応でも気品さを感じさせる。
「猫なんだよなぁ」
「なによ、悪い?」
「いや悪くない」
正直言ってしまえば、猫の一匹や二匹大した問題ではない。それに喋れて、意思疎通もできるんだから、面倒なことにはならないだろう。あとはホー次第か。まあ聞くまでもないとは思うが。
「なあホー。ルナも一緒でいいか?」
「うん! ぼく犬はきらいだけど、猫なら大かんげいさ!」
「というわけだ。ルナ、お前も一緒に行くぞ」
「やった。ありがと」
車のドアに手を伸ばし握る。ピという電子音と共に、閉じていたサイドミラーが開き、鍵が開く。そのまま滑り込むようにして運転席に座りこんだ。隣を見ると、ホーは助手席にちょこんと座っている。その膝の上におっかなびっくり座り込むルナ。
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