第16話 元上司サイド よからぬことを考えるハービー

 時は少しさかのぼりシルク王国王城の一室で、男が一人怪しげに笑った。


「ふふふ……ようやくあのクソエルフがいなくなったか」


 彼は『ハービー・ジャクソン』。ハデルの元上司である。

 ハデルがいなくなったのが余程嬉しいのか、彼は微笑んだまま席を立つ。

 窓際まどぎわに行くと、満悦まんえつな表情でシルク王国の城下を見下ろした。


「全くもって忌々いまいましい。しかしこれで計画を推し進めることができる」


 彼はそう言い窓から離れた。

 赤い絨毯じゅうたんに豪華な机。その前には客を迎えるためか高価なソファーが二つ対面で並んでいる。その向こう側には扉があり、何かの賞状しょうじょうのようなものが壁にかざってあった。


 その様子を満足げに見ながら本棚へ向かう。分厚い資料を幾つか手にして机に戻った。


「……今、だな。すんなりと出て行ってくれて良かったよ」


 そこに書かれているのはダンジョンの資産価値。

 この男ハービーはダンジョンを売ろうとしているのであった。


 基本的にダンジョンは管理運営することで利益をもたらす。しかしこの管理運営は必ずしも国や世界ダンジョン管理運営委員会、冒険者ギルドがやらないといけないというわけではない。

 管理するだけの価値がないと判断すれば国や冒険者ギルドなどは管理しなくてもよく、また個人が買い取れば個人財産として認められる。極端きょくたんな例になると大商会がダンジョンを運営することもある。無論その場合、国への申請しんせいが必要になるが、それでもダンジョンを保有しているというだけでステータスにも、財産にもなるので需要じゅようは高い。


 しかしこの男が行おうとしているのは国有ダンジョンの売却だ。

 通常このようなことは認められない。


「すでに売却手続きは済ませた。後は、奴らに売るだけだな」


 そう言いながらハービーは椅子に背を預けた。


 現在スタの町にある『シルクのダンジョン』の資産価値は高い。

 売却することで得られる利益は膨大になる。しかしこれは「ハデルがダンジョン管理人をしていたら」ということが前提だ。

 何故ならばダンジョンから出ていた素材はハデルの反則はんそくじみた力によって高品質が維持されており、その品質や流通の安定性が評価されて現在の金額になっているからだ。


 それを知らないハービーは安心したのか「ふぅ」と大きく息を吐き手をすべらせる。

 み重なった書類がパラパラと崩れ、一番下の書類が見えた。

 それを見るとハービーの顔が大きくゆがむ。

 そしてそれを隠すかのように書類を積み重ねていった。


「……早く売らなければ。借金が」


 拳を作り強く握る。そんなハービーの顔に、いつの間にか汗が垂れていた。


 ハービーは「シルクのダンジョンにかかる人件コスト削減」を理由に人事に手を回しハデルをクビにした。その後も裏で手を回しダンジョンを売却する手はずをととのえた。しかもこれらはハービーの上司に許可を取らずの独断行為。知られると必ず反対されるのが目に見えているから彼は実行に移した。


 かなりの危険をはらんでいると知っていてもハービーはやらなければならなかった。

 まだ優しい借金取りならここまで焦らなかっただろう。しかし今回彼が借金を借りているのは裏家業の中でも危険な部類。最初は相手を知らずに借りてしまったが、後で本当の名前を知らされると逃げることすら困難な状態になってしまっていた。


 彼の浪費癖ろうひへきは高価なものであふれるこの執務室があらわしている。どれだけ借りたのかというと大体今までハデルが約三十年この国で働いた分に相当する。


 それを彼はダンジョンを売ることで相殺そうさいしようとしているのだ。その町に住む者のことも考えず。


 書類を直し終わった彼は立ち上がり部屋を出る。

 廊下ろうかを歩いていると一人の狼獣人の女性が見えた。

 突然現れた上司にハービーの鼓動こどうが速くなるが、彼はそれを気にせず「こんにちは」と挨拶し過ぎ去った。


 そんなハービーを見た三十後半の制服姿の女性が目を見開く。


「何でしょう。あのハービーが挨拶? 気持ち悪い」


 彼女は体をぶるっと震わせ足を進める。

 自室に着くと先ほどのやり取りを思い出した。


「……。何か良からぬことでも考えているのでしょうか? 」


 と椅子に座った状態で考える。

 直感が何か訴えている、と感じた彼女はすぐに魔導通信タブレットを取り出し連絡する。

 少し時間が経つとノックの音が部屋に響いた。


「お呼びでしょうか? 『エマ・リッツ』ダンジョン管理局局長殿」

「ええ。実は貴方に調べて欲しい事があるのです」


 そう言いエマは金色の瞳を輝かせた。


 ★


 一方その頃スタの町のダンジョン、コアルームでは。


「わ、わからない……」


 ダリが頭を抱えてうずくまっていた。

 彼は時々この部屋に入りハデルの補佐をしていた。なのである程度ダンジョンコアについて知っている。

 しかし実際に動かすと全くもって訳が分からなかった。


「ダンジョンコアを動かすところまではわかったんだけど」


 そう言いながら彼は周りを見渡した。

 今彼を困らせているのがこの——ハデル以外の人から見ると意味不明な——魔法陣や術式。

 ダリは一通りダンジョンコアを使うところまでは出来たのだが、ダンジョンの力を十全じゅうぜんに使うにはこの魔法陣等を動かさないといけない。むしろダンジョンコアよりもこの模様もようの方が中核ちゅうかくをなしていると言っても過言ではない。それをダンジョンコアを通じて知った彼は、現在四苦八苦しくはっくしているというわけだ。


「全く分からない……。というよりも魔力量が足りなさすぎて動かせない。一体ハデルさんはどれだけ魔力、持ってたんだ」


 ダリは独りちながら肩を落とす。

 彼はダンジョンコア経由で魔法陣に魔力を込めようとしたが、すぐに限界にたっした。そのことからも定期的にダンジョンコアの魔力を満タンにしていたハデルの異常性が良くわかる。

 そしてすぐに顔を上げた。


「これは無理だ。すぐに連絡しよう」


 そう言いコアの隣に置いてある魔導通信タブレットを手に取る。

 上司ことハービーの連作先を押そうとした瞬間手を止めた。


 (ハデルさんをクビにしたのはこいつだよな……。本当にこいつに連絡していいのか? )


 常識的に考えると、現在の上司であるハービーに連絡するのが普通だろう。

 しかし相手は現場を見ずにハデルをクビにしたものである。

 ダリは戸惑い深呼吸すると、上のらんにある名前が目に入った。


 (ならば局長に連絡? いや流石に局長に連絡は……)


 どちらに連絡するか迷うダリ。

 結局の所彼はその日連絡が出来なかった。

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