七話【共感覚】

大きな溜め息と共に甦る、苛立つ記憶。


惣一郎の脳裏に焼き付く、鳥人に対して抱く嫌悪感は、簡単に払拭出来るものではなかった。


「ブラギノールさん、折角なのだが迷惑をかける訳にはいかない。狙われているかも知れないしね」


「では、大陸へ行くのを諦めるのですか?」


賑わう歓迎の宴の中、惣一郎のまさかの返事に、動揺が隠せないブラギノールさん。


ブラギノールさんの中に、断られると言う選択肢は無かったのだろう。


「いえまぁ、時間はかかるかも知れませんが、飛んで行こうかと思いまして」


「そう言えば勇者様は空を飛べるのでしたね」


安易な考えの惣一郎に、ホッとする表情のブラギノールさんが、会話を続ける。


「過酷な環境と言いましたが、コレはご存知ですかな?」


バッグから取り出した薄い毛布サイズの布。


惣一郎の前で広げ、魔力を込めると布の模様が変わっていき背景と同化する。


「それは……」


忍者が姿を隠す時に使う、アニメで見た光景だった。


「魔導具で姿を隠す為、背景を写す事の出来る布です。船で海を渡る際に使われた物と同じ物です。大きさは違いますが」


「なるほど、船の上にかければ上空からは視認しずらいですね。で、それが?」


「島に近付くと、大きな顔に屈強な顎を持つ長細い羽の生えた蟲が、何百と上空を飛んでいるのです。その蟲から身を隠す為に使われていました。飛んで大陸に近付く事は出来ないのです」


「えっ? だって鳥人が渡って来ると……」


「ええ、彼らも昔は空を飛んで渡っていたそうですが、蟲の数が増えたせいで、今では大陸付近で自由に空を飛ぶ事はありません」


「では、どうやって大陸に?」


「海の地下深くに洞窟が続いているのです」


「地下? 洞窟!」


「ええ、ですが太古の水脈跡の洞窟は、入り組んだ巨大な迷路でして、知らぬ者が一度入り込めば二度と出る事は出来ません。魔物も多く住んでおりますし」


「海の底の地下迷路を行くのか……」


「はい、その迷路では、彼らの帰巣本能無くしては、無事大陸に着く事は出来ないでしょう」


てっきり飛んで行くものと思い込んでいたが、まさか地下を通っていくとは……


大陸への侵入を防ぐ蟲。


トンボだろうか?


空中戦となると、戦えるのは俺とベンゾウだけか……


陸の上なら問題無さそうだが、海の上だと確かに分が悪い。


鳥人に頼るのは避けたかったのだが……


惣一郎は考えながら、ふと賑やかな宴会の中で両手に肉を持つ、ベンゾウに目が止まる。


ん?


ベンゾウの様子が……


惣一郎達に救われた村人が、感謝を笑顔と料理に変え、次々と運んで来る。


ドラミやゴゴ達も楽しそうに酒を飲んでいる中、ベンゾウが冒険者の顔付きに食べる手が止まっていたのだ。


そんな事も知らずに、話を続けるブラギノールさん。


すでに惣一郎の耳には届いていない、次の瞬間!


両手に持っていた肉を置き去りに、ベンゾウが閃光となり伸びる!


惣一郎の目には松明に照らされ夜の広場が、色鮮やかな景色に映り、全てがスローモーションに見えた!


ゆっくりと流れる時間の中、肉が落ち皿を割ると、近くのミネア達がゆっくりと驚き、背中で料理を運ぶ村の女性を押す!


その女性が両手に持つ大皿の料理が、ゆっくりとタイガの頭にかかると、熱かったのか巨体で暴れる!


スローモーションの世界の中、海外のアニメの様に連鎖的に、ベンゾウの落とした肉から始める悲劇が、ピタゴラスイッチの様に次々と連鎖していく!


ベンゾウとの繋がりが、このスローな世界を惣一郎に見せているのか、ゆっくりと流れる時間の中、ベンゾウを目で探す惣一郎。


隣ではブラギノールさんが、ゆっくりと口を動かしている。


その背後に閃光を見つけると、一瞬通常のスピードに戻り、またスローモーションになる!


閃光はさっきとは全く違う場所で、黒い小刀をふり抜き、空を斬っていた。


ベンゾウの分厚い眼鏡は、切った場所と違う方向に向いていた!


何があった……


何と戦っている!


また時間が普通に流れ、悲鳴と皿が割れる音で、やっと気付くブラギノールさんの驚く声がする。


ベンゾウは!


サーチを広げる惣一郎!


またゆっくりと時間が流れる……






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