二十一話【無いものねだり】

白い煙が充満する穴に、容赦無く瓶を投げ入れる惣一郎。


「スワロ! 雷撃の準備だ!」


光剣を出していたスワロが慌てて杖を持ち直す!


「来るぞ!」


惣一郎が叫んだ瞬間!


穴から白い煙が吹き出し、横の半壊した建物の壁に張り付く赤い身体に白い粉をまぶした影が見えた!


ギシャーーーーーーー!


2本の鋏の様な牙の間から、泡と唾液を撒き散らす、人型の蟲。


蟻の王なのだろうか……


煉瓦の様な固い外壁に鉤爪を食い込ませ、額の触覚を震わす、羽の生えた人型の蟻。


先端が黒い腹部の先には鋭い針が、出たり入ったりを脈打つ様に繰り返していた。


毒で弱ってはいそうだが、怒りが鈍く光る大きな目は、真っ直ぐ惣一郎に向けられていた。


チチチチッチー


警戒している蟻に向け、飛ぶ惣一郎の苦無が壁に刺さると、その蟻を見失う!


やっぱ早いのか!


そう思った瞬間、大きな衝撃が背中に当たり飛ばされる惣一郎!


プロテクター無しでは、刺し殺されていただろう!


前のめりで地面を滑る惣一郎が、直ぐに向きを変え、衝撃のあった後ろを見る!


腰に鈍い痛みが走る!


そこには人型の蟻が不思議そうに、自分の腹部の針を見ていた。


ベンゾウのいない戦い。


スピードで負けている。


焦る惣一郎……


かかって来い!っと言っている様に、牙と触覚を動かしながら顎を振る蟻。


ゆっくり腰を落とし、腰に巻きつけられた第三第四の腕を地面に着ける。


透明な盾2枚を前に出し、姿勢を正す惣一郎。


どうする……


考える暇も無く、勢いよく突っ込んで来る蟻!


そっちが来んのかい!


一瞬で盾にぶち当たり惣一郎ごと壁に押し付ける蟻人間!


そこに両脇から盾で蟻を抑え込もうと体当たりする、ゴゴとジジ!


「ダメだ! 離れろ!」


惣一郎の声に、一瞬怯むゴゴとジジが、蟻の腰の腕で簡単に吹き飛ばされる!


ゴゴは近くの家の壁を壊し中へ!


ジジは地面を滑りながら通りの向こうへ!


その一瞬、蟻を上から貫く鉄の棒が地面に届く!


「スワロ!」


主人の危機に歯を食いしばり、耐えたスワロが黒い稲妻を空からでは無く、杖から蟻に刺さる槍へと伸びる!


ドッゴォォォォゴゴゴゴォォォォ!


近くの家のガラスを割り、地面を揺らす音が響き渡る。


惣一郎も耳鳴りで自分の声の音量が分からないのか、大声で「やったか!」っと声をあげる!


惣一郎の直ぐ前の樹脂の盾は、表面が爛れる様に溶けており、その向こう側に佇む蟻は、黒く煙をあげていた。


動かない……


触覚も……


惣一郎が杖を振り、刺した槍を抜くと炭化した蟻が崩れていく。


つい息が漏れる惣一郎。


毒が効いてなきゃやられてたな……


っと寒気を覚える。




崩れた家からフラフラと現れるゴゴ。


「惣一郎様、ご無事で……」


会議で勇者と呼ぶなと言ってから、名前で呼ぶ様になったゴゴが、変わり果てた蟻を見て安心し、腰を抜かす。


ジジも通りの向こうで大の字で横たわり、手を上げていた。


プロテクターを着せていて正解だった。


スワロは黒い稲妻に驚き、杖と蟻を交互に見ており、ドラミもへたり込み、炭になった蟻の女王から目が離せないでいた……



蟲の王と呼んでいた存在。


そりゃこっちにも居るわな……


大事な事を忘れていた惣一郎は、今回は運が良かっただけと反省し、今後どうするか悩み出す。


こりゃキツイぞ……







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