潜入
「てめえ!なにもんだ!」
俺は里から北に数キロ先にあるゴブリンの集落に来ていた。こんな近い場所に住んでいるゴブリンたちも、決して仲が良い訳では無い。
強力なモンスターや人間が攻めてきたときは同盟を組んで共闘することもあるらしいが、基本的には同じ狩り場を使うライバルだ。
場合によっては食料や労働力を求めて、積極的に同族の集落を襲うこともある。そして奴隷にされたゴブリンは自らのアイデンティティーである長い耳と、その小柄な体に不釣り合いな長い陰茎を切除されるという屈辱を味わうことになる。
だから同族であろうと、よそ者には基本的に排外的だ。
「頼む!助けてくれぇ!」
俺は地面に膝をつけて黙って門番に命乞いをした。必死の懇願に門番は一瞬だけ困惑したような表情を浮かべている。
いいぞいいぞ。敵対感情を逸らすには混乱させたり、呆れされることが一番いい。
「なっ…なんだお前は…なにがあった?」
「俺は南の集落のゴブリンなんだぁ…里のボスに殺されそうになって逃げてきたんだ!俺をこの里に入れてくれ!」
混乱していた門番は俺の言葉を聞いて少しだけ納得したような顔になった。
実際に俺の住んでいた里では、頻繁に処刑されるような強権的なボスに嫌気を指して、他の集落に夜逃げする者たちもいたと聞いたことがある。
北の集落にも俺の同郷出身者はいるだろう。
「お前南の集落から来たのか!俺もだよ!」
やっぱり居たか。門番は俺の里だと賭け事に負けたやつが押し付けられるものだけど、部外出身のこいつも門番を押しつけられてるのかもな。
「だったら話は早い!この里のボスに紹介してくれ!」
「おういいぜ。南の里出身は俺しかいなかったからな、肩身が狭くてよ。お前が仲間になってくれるなら俺も喜んで協力するさ」
どうやら第一関門は突破できたようだ。次はこの里のボスに認められで、仲間からの信頼を勝ち取らなくてはならないな。
「こいつが南からの亡命者か?」
「はい、俺はダムっていいます。南の里に居た時にボスに殺されそうになりまして、おっかなくて逃げてきやした。出来ることならこの里の為になんでも致します。どうや俺を里に受け入れて頂けねぇですか」
俺は門番に連れられて北の集落にあるボスの屋敷(笑)に来ていた。外からやってきた俺の姿を確認しようと、他のゴブリンも屋敷の壁の隙間から俺たちを覗いている。
俺が地面に膝をつけて両手で祈るようにすると、北のボスは顎に手を当てながら考えるようなそぶりを見せた。
「南となるとマリクリが治めている里か…たしかアイツは土魔法の使いてだったな」
北のボスの独り言に俺は相槌を打っていく。
「へっへい。そうでございます。アイツは土魔法が使えるからって調子に乗って俺たち下っ端をいたぶるのが趣味なんでさぁ。でも北の里のボスはそりゃ大変慈悲深い御方だと聞いたもんで、あんなボスは捨ててこちらに来たわけなんです…」
ゴブリンの頭は基本的に弱い。白々しいヨイショにもすぐ乗ってくれる。北のボスも平然を保ちながらも、口元が少し緩んでいる。
「ふむ…まぁアイツがイケスカナイ奴なのは俺も同じだ…良いだろう、俺の配下に加えてやる…ポポン!!」
「はっはいぃ!」
北の里のボスに呼ばれた門番がビクッと震えながら直立した。
「お前はたしかダムと同郷だったな…こいつの世話をしてやれ。ダムはポポンの後輩として門番でもやっていろ」
どうやら俺もこの里に受け入れられたようだ。俺はポポンに連れられて早速門の方に歩いて行った。
「良かったな。受け入れられて」
ポポンは嬉しそうに俺に話しかけて来た。
「ポポンの兄貴も良かったですね。俺が里に受け入れられて」
ポポンは恥ずかしそうに鼻をすする。
「まぁな…でも門番はつれぇぞ。暇だし、ずっと立ってないといけないし、食事の配給も一番少ない」
どうやらポポンは今の自分の境遇に不安があるようだ。
「ずっと一人で門番を?」
俺の質問にポポンは小さく頷いた。
「一日中だよ。だから隙を見て門によ垂れかかりながら寝てる」
ポポンは少し恥ずかしそうに笑って答えた。
「誰にもばらすなよ?サボってるのがバレたら配給を減らされるからな」
「言いませんよ。兄貴にはお世話になってますから」
「まだなんの世話も焼いてねえよ」
二人で談笑しながら集落を歩いて行くと門にたどり着いた。
「さっ、あとは暇な時間だ」
ポポンは手をヒラヒラと揺らしながら門に世垂れかかった。
「門番になってから女も抱けてねぇ…」
「この集落にも人間の女がいるんですかい?」
俺の質問にポポンはこちらを見つめながら、黙って指を折り曲げた。
「四人も⁉こりゃすげぇ…南の里には二人しかいませんよ。全部ボスとリーダーたちしか抱けないんですわ。俺みたいな下っ端は死ぬまで一生童貞ですわ…」
「こっちでも二人はボスのもんだ。でも残りの二人は俺たち下っ端が自由に抱ける。でも門番じゃあ一日中ここにいないといけないから、だいたいは狩り組が独占してるよ」
ポポンは唾を地面に吐き出しながら、不満そうに答えた。そんなポポンに俺はあるアイデアを提案した。
「じゃあこうしませんかい!俺と兄貴で朝と夜で交代に門番をするんです」
「おお!そりゃいいぜ!どっちにする?」
俺の提案にポポンは嬉しそうに乗ってきた。
「狩り組はいつもどのぐらいに里に帰ってくるんですか?」
「日の出が出ると一緒に出掛けて、だいたい昼前には帰ってくる」
「じゃあ夕方から日の出までを俺が、日の出から夕方まで兄貴にしましょう」
「俺はどっちでもいいけど、なんでだ?」
俺が時間を決めたことにポポンは疑問に思ったのか聞いてきた。
「まだ俺は狩り組の方々に挨拶出来てねぇですから。名前を憶えて頂くためにいろいろとお話でもしておこうかと」
俺の返答にポポンは感心したように笑みを浮かべた。
「ははっ、お前はすごい奴だな。いいぜ。早速話して来いよ」
「じゃ、すいませんが失礼いたします」
「おう」
片手で返事をしたポポンを置いて、俺は言ったん集落の中へ向かって行った。
「すいやせん。旦那」
俺は集落の中央にある焚火場でボーっとしていたゴブリンに話しかけた。
「ああ?…ん?お前は…」
俺の顔をみたゴブリンはゆっくりと首を傾げた。
「新しくボスの配下になりましたダムでっせ」
「あー…ああ、あの…新人か」
「へい旦那。門番の仕事の前に先輩方の挨拶でも思いまして」
「…勤勉……だな」
ゴブリンはそう言うとまた焚火場の前で空をボーっと見つめはじめた。こいつもしかして薬やってんのか?
「へいありがとうございます。旦那、名前は?」
俺の質問にゴブリンはまた首を傾げた」
「あ?名前?……なま…え…………ん…」
まさか自分の名前すら忘れたのか?数しか取り柄の無い有象無象のゴブリンにとって、固有名詞である名前はどれほど大切なものか…。
「へへ、たまに名前忘れますよね。俺もよく忘れます。でも特に困ったことありませんしね」
俺のフォローにゴブリンはゆっくりと、深く頷いた。
「そうだ……別に困らん」
「なら旦那、今暇でしたら俺がマッサージしますよ」
「マッサージ?なんだそれ」
「肩や背中を揉むんでさ。すげえ気持ちいですよ?体の痛い所も治ります」
俺のうたい文句にゴブリンは興味がそそられたようだ。もうすでに俺の前で背中を見せている。
「へぇ…そりゃいいな。やってくれよ」
「任せてくだせえ。旦那、寝っ転がって頂けますか」
俺はゴブリンをうつ伏せに寝かせると、人間時代に極めた秘伝のマッサージ法をゴブリンの背中に流していく。
ゴブリンの背中と肩はこり固まっていた。
まずは優しくさすり、揉みながら部位ごとのハリ具合や反応を見ていく。筋肉の筋が張っていることや痛そうにしたところを、今度はその周辺から重点的にマッサージを行いほぐしていく。
そして張っている筋肉の緊張が緩んできたところで本番だ。
親指で背中のツボを軽く押していく。
「少し痛くなりますよ」
「いたっ…いたたたたた」
「全然つよく押してませんからね。痛い所が体の悪い所なんです」
「あいたたたた」
「大丈夫です。次第にだんだん気持ちよくなってきますよ」
「いたたた……た……あっ…気持ち良い…」
ツボのハリが無くなってきたところで、いったん刺激していたところを優しく摩り、別のツボを押していく。
「あいたたたたっ⁉」
あれから10分が経過した。
そんなに気持ち良かったのか、人生で初めてのマッサージにゴブリンは寝てしまっていた。これで一人目の信者を獲得した俺は軽く流れた汗を腕で拭きながら息を吐いた。
「ふう、……うっ⁉」
そして後ろを振り返ったとたん、そこには十人ほどのゴブリンがこちらを囲って見つめていた。
「なぁ…ダムって言ったか?」
「へっへい」
「それ俺たちにもやってくんねえか」
その問いに俺は満面の笑みを浮かべながら返事をした。
俺の返事にゴブリンも満面の笑みを浮かべた。
「「「あい⁉あいたたたたたっ⁉」」」
門番の仕事がある夕方になるまで、狩りを終えたゴブリンたちの歓喜と悲鳴の混ざった叫び声が集落から消えることはなかった。
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