第14話 特別任務への同行
「俺も行きたい!」
明日の朝から、任務でファル・ハルゼを数日離れる予定なのだ。
ユーインが指揮を執るこの任務は、あの盗賊団『アルスの群』が保有していたハルカカの栽培地に行き、今後そこを使えるかも含め調査をすることなのである。丁度ハルカカの実の収穫時期でもあることから、それも
盗賊団の
ユーインの四脚
「フェリオン。遊びに行くんじゃないのよ?」
「分かってるよ、残党がいるかもしれないんだろ」
「じゃあ、どうして行きたいのか話して」
頭ごなしに駄目だと言うことは簡単だったが、ロクサーナはまず理由をきくことにした。すると、フェリオンが言いにくそうに
「
「んー、戦いにはならないかもしれないわよ」
どちらかと言えば、戦闘にならない可能性の方が高い。そうロクサーナは踏んでいた。クトゥブが捕まった噂は流れているだろうし、それを聞いた手下たちはさっさと逃げ出しているかもしれない。
「ハ、ハルカカってやつも、見てみたいしさ……」
「ハルカカを、ねぇ」
フェリオンが植物に興味がありそうには思えない。そんな目を向ければ、フェリオンの目が見て分かるほどに泳いだ。
「えーっと……」
「もう正直におっしゃい」
「うぅ、ム、
思い付きのようにも聞こえるフェリオンの訴えが続いていく。
それを聞きながら、ロクサーナは考え込んだ。
なるほど、フェリオンの言いたいことはおおよそ分かった。ここに来てからクライドの下で整備の仕事を教わらせているが、少々、気分転換が必要ということか。普段聞いている仕事ぶりから、整備の仕事が好きだというのは本当なのだろうと思う。
考えてみれば、これまで幼いティアリーの方を優先していたことは否めない。フェリオンだってまだまだ子供扱いされるべき年齢で、気晴らしをさせてやる必要があるのだろう。それに、両親の死後、孤児院を逃げ出した彼は、受けるべき教育が中途半端な状態で止まっていると思われる。働きたい意志が強かった彼の気持ちを優先したつもりだったが、『ものを知らない』ことは彼の自尊心にも影響を及ぼしてくるかもしれない。ファル・ハルゼでの初等教育の年齢を越えている彼には、できるだけ実地での経験を与えて学ばせることが必要なのだろう――。
ロクサーナは一つ意識的に呼吸をし、心を決めた。
「いいわ」
そう言葉を発すれば、俯き気味になっていたフェリオンの顔が勢いよく上がった。
驚きと、嬉しさが混ざり合った顔だ。
「い、いいのか?」
「ええ。ユーインに、あなたの同行の許可を得ます」
自分が責任を持つと言えば、許可が下りないことはないだろう。もし難色を示されても、そこを説得できる自信が、ロクサーナにはあった。
「やった、ありが」
「ただし」
はしゃぎ出しそうなフェリオンを、片手を軽く挙げて止める。
「遊びに行くのではないことを忘れないで。私の指示には必ず
笑みを消し、ロクサーナはフェリオンの琥珀色の瞳を見つめた。少しでもふざけた色が見えたなら、この約束の必要性を分からせるまで
「守る」
フェリオンから返ってきたのは、真剣な眼差しと短い一言だった。
本当に理解しているかどうかは
「じゃあ、明日は早起きして、東の大門で待っていて。ビリーという男性がいるから、挨拶しておくこと。私はブリガンダインに乗っているから、村に着くまで休憩時間以外は話せないわよ」
「分かった」
「じゃあ、今夜は早く寝ること」
笑みを戻せば、フェリオンの顔がぱっと明るくなった。
「分かった! おやすみロクサーナ!」
頭一つ分小さな少年が、キャットウォークを駆け下りていく。
まだ寝るには早そうだけれど、とロクサーナは
「そういうわけだから、ヴァ―ジル。フェリオンも連れていくわ。これから各所に話を付けてこなくちゃね」
ユーインに許可を得る以外にも、整備士長クライドに話を通さなければならない。一人になるティアリーのことをエノーラやアリエットに頼んでおくことも必要だ。
『ご無理なさらずに、マスター。
「ふふ、そうね。そうするわ、ありがとう」
ヴァージルらしい言い方に少し笑ってしまう。
それぞれが居そうな場所を思い描きながら、ロクサーナは早速、行動を開始した。
◇◇◇
高い鐘の音が響き渡る翌朝。
ロクサーナはブリガンダインのコックピット内にいた。
「フェリオンは……ちゃんと来ているわね」
モニターにフェリオンが映し出されている。大門の傍で、荷を乗せた馬を引きながら、他の者と共にいる。きちんと挨拶を済ませ、馬の扱いを教わったようだ。何も言わずとも、ヴァージルがフェリオンを探してくれたらしい。
『彼のことは、常に捕捉しておきます』
「助かるわ、ヴァージル」
コックピットにいる間は、フェリオンのことは下を歩くビリー――ハルカカを収穫するために同行する採集業者のリーダー――に任せておくしかない。昨日のうちにビリーにも話をつけてあるため、大丈夫だろう。
先程まで鳴り響いていた大きな鐘の音が、止まった。
町の中心部にある
『レディ・ロクサーナ』
今回の任務の指揮を執るユーインから、通信が入った。
『そろそろ出発しましょうか。
「了解しました」
返答してから、ロクサーナは前方へと方向転換を始めた四脚
四脚
左後ろ脚上部には、ファル・ハルゼ警備隊の
地面から二メートル以上高い位置にあるコックピットは四角い形をしており、装甲で覆われている。装備はコックピット下部と上部にある
そのコックピットの後方には、
今回持ってきている、
何事もなく歩むだけであるなら、
移動を始めた四脚
目的地の山に行く足がかりとしてまず向かうのは、フォルーズという村らしい。ファル・ハルゼから二日ほどの距離らしく、そのため、野営の準備品なども大事な荷物だ。それらは、手綱で引かれている馬たちが運んでくれている。荷馬車が使えれば良いのだろうが、村までは一応道らしきものはあると聞いているものの、都市内のように石などで舗装されているわけではない。凸凹のある地面に加え、頻繁に多くの人の行き来があるわけでもない道なため、すぐに野草が侵食する。それは車輪にとっては相性が悪く、
モニターに広がる周囲の光景を見渡せば、ファル・ハルゼが管理する畑や牧場などが両側に広がっている。
ロクサーナは羊の居る牧場の傍を進みながら、羊たちが
「うん……?」
牧場や畑仕事に従事する者たちのための建物なのだろうか? 基本的には門の内側に住居があると認識していたが、確かに人口が増えれば町から溢れるであろうし、畑や牧場の傍に住む方が効率が良いのかもしれない。
『ミューィ?』
「そうねクロちゃん、今は目の前の仕事に集中しなくちゃね」
ヘルメット越しに頭を擦りつけてきた
「ヴァージル、索敵をお願いね。あのソフトウェアは完成してる?」
『イエス、マスター。完璧です』
「それは朗報だわ」
片手を上げて柔らかさのある頭を撫でてやれば、可愛い鳴き声が上がった。それに、つい口元が緩んでしまう。
モニターに視線を戻せば、ファル・ハルゼを両側から包み込むようにしてある山裾を、そろそろ過ぎるあたりだ。南北が切り立った崖になっているファル・ハルゼは、天然の要塞ともいえる立地の良さもあり、ここまで安定した治世を続けているのだろう。
離れている間にこの都市が襲撃など受けることがないように。
ロクサーナはそう、強く願った。
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