第14話 特別任務への同行

「俺も行きたい!」


 格納庫ハンガーのキャットウォークで明日からの事情を話した後のフェリオンの言葉に、ロクサーナはどうしたものかと思考を巡らせていた。


 明日の朝から、任務でファル・ハルゼを数日離れる予定なのだ。


 ユーインが指揮を執るこの任務は、あの盗賊団『アルスの群』が保有していたハルカカの栽培地に行き、今後そこを使えるかも含め調査をすることなのである。丁度ハルカカの実の収穫時期でもあることから、それもおこなう。ハルカカのことにも詳しい専門の採集業者たちも伴うため、その護衛も兼ねる特別任務だ。


 盗賊団のボスクトゥブにハルカカの栽培・採集・加工を任せられていた手下たちが、まだ近くに居る可能性がある。故に、戦闘になる可能性が全くないわけではない。


 ユーインの四脚M.O.V.ムーブウィンディ・ドラゴンフライだけでなく、ブリガンダインを同行するのは、最悪の事態を想定してのことなのだろう。『ファル・ハルゼの守護神』で、視覚的に相手の士気を下げる狙いもあるのだろうと思われる。


「フェリオン。遊びに行くんじゃないのよ?」

「分かってるよ、残党がいるかもしれないんだろ」

「じゃあ、どうして行きたいのか話して」


 頭ごなしに駄目だと言うことは簡単だったが、ロクサーナはまず理由をきくことにした。すると、フェリオンが言いにくそうに躊躇ためらいを見せ――、結局、口を開く。


M.O.V.ムーブの戦いが見たいんだよ。この間のは観に行けなかったし……」

「んー、戦いにはならないかもしれないわよ」


 どちらかと言えば、戦闘にならない可能性の方が高い。そうロクサーナは踏んでいた。クトゥブが捕まった噂は流れているだろうし、それを聞いた手下たちはさっさと逃げ出しているかもしれない。


「ハ、ハルカカってやつも、見てみたいしさ……」

「ハルカカを、ねぇ」


 フェリオンが植物に興味がありそうには思えない。そんな目を向ければ、フェリオンの目が見て分かるほどに泳いだ。


「えーっと……」

「もう正直におっしゃい」

「うぅ、ム、M.O.V.ムーブが外で動いているのを観たいのは本当だぞ。それと、そうだ、外に出てみたいんだ。俺は知らないことが多いし、ハルカカにしたってさ、本当にどんなのかも知らないし……整備の仕事も好きだけど、他の仕事も見てみたいっていうか……」


 思い付きのようにも聞こえるフェリオンの訴えが続いていく。

 それを聞きながら、ロクサーナは考え込んだ。


 なるほど、フェリオンの言いたいことはおおよそ分かった。ここに来てからクライドの下で整備の仕事を教わらせているが、少々、気分転換が必要ということか。普段聞いている仕事ぶりから、整備の仕事が好きだというのは本当なのだろうと思う。


 考えてみれば、これまで幼いティアリーの方を優先していたことは否めない。フェリオンだってまだまだ子供扱いされるべき年齢で、気晴らしをさせてやる必要があるのだろう。それに、両親の死後、孤児院を逃げ出した彼は、受けるべき教育が中途半端な状態で止まっていると思われる。働きたい意志が強かった彼の気持ちを優先したつもりだったが、『ものを知らない』ことは彼の自尊心にも影響を及ぼしてくるかもしれない。ファル・ハルゼでの初等教育の年齢を越えている彼には、できるだけ実地での経験を与えて学ばせることが必要なのだろう――。


 ロクサーナは一つ意識的に呼吸をし、心を決めた。


「いいわ」


 そう言葉を発すれば、俯き気味になっていたフェリオンの顔が勢いよく上がった。

 驚きと、嬉しさが混ざり合った顔だ。


「い、いいのか?」

「ええ。ユーインに、あなたの同行の許可を得ます」


 自分が責任を持つと言えば、許可が下りないことはないだろう。もし難色を示されても、そこを説得できる自信が、ロクサーナにはあった。


「やった、ありが」

「ただし」


 はしゃぎ出しそうなフェリオンを、片手を軽く挙げて止める。


「遊びに行くのではないことを忘れないで。私の指示には必ずすみやかに従うこと。私がいない時は、ユーインの指示に従うこと。守れるかしら」


 笑みを消し、ロクサーナはフェリオンの琥珀色の瞳を見つめた。少しでもふざけた色が見えたなら、この約束の必要性を分からせるまでかねばならない。ロクサーナは、ハルカカ収穫のために同行する市民の安全に加え、このフェリオンの命も、背負い込む覚悟を決めるのだ。


「守る」


 フェリオンから返ってきたのは、真剣な眼差しと短い一言だった。

 本当に理解しているかどうかははかれないが、ここで真面目な話と受け止めただけで及第点である。


「じゃあ、明日は早起きして、東の大門で待っていて。ビリーという男性がいるから、挨拶しておくこと。私はブリガンダインに乗っているから、村に着くまで休憩時間以外は話せないわよ」

「分かった」

「じゃあ、今夜は早く寝ること」


 笑みを戻せば、フェリオンの顔がぱっと明るくなった。


「分かった! おやすみロクサーナ!」


 頭一つ分小さな少年が、キャットウォークを駆け下りていく。 

 まだ寝るには早そうだけれど、とロクサーナは可笑おかしみながらそれを見送った。それからキャットウォークの手摺てすりに手を掛け、ブリガンダインの横顔を見る。ヴァージルはずっと黙っていたが、この会話は聞いていただろう。


「そういうわけだから、ヴァ―ジル。フェリオンも連れていくわ。これから各所に話を付けてこなくちゃね」


 ユーインに許可を得る以外にも、整備士長クライドに話を通さなければならない。一人になるティアリーのことをエノーラやアリエットに頼んでおくことも必要だ。


『ご無理なさらずに、マスター。貴女あなたも早めに休んでください。私と違い、人間ひとには充分な休息が必要ですので』

「ふふ、そうね。そうするわ、ありがとう」


 ヴァージルらしい言い方に少し笑ってしまう。


 それぞれが居そうな場所を思い描きながら、ロクサーナは早速、行動を開始した。



◇◇◇



 高い鐘の音が響き渡る翌朝。

 ロクサーナはブリガンダインのコックピット内にいた。


「フェリオンは……ちゃんと来ているわね」


 モニターにフェリオンが映し出されている。大門の傍で、荷を乗せた馬を引きながら、他の者と共にいる。きちんと挨拶を済ませ、馬の扱いを教わったようだ。何も言わずとも、ヴァージルがフェリオンを探してくれたらしい。


『彼のことは、常に捕捉しておきます』

「助かるわ、ヴァージル」


 コックピットにいる間は、フェリオンのことは下を歩くビリー――ハルカカを収穫するために同行する採集業者のリーダー――に任せておくしかない。昨日のうちにビリーにも話をつけてあるため、大丈夫だろう。


 先程まで鳴り響いていた大きな鐘の音が、止まった。


 町の中心部にある格納庫ハンガーから町の外へと向かうM.O.V.ムーブのために鳴らされていた鐘の音だ。あれが鳴っている間は、市民は何人たりとも大通りに出ることが許されない。万一にもM.O.V.ムーブが人を踏み潰さないための厳格なルールだ。ただ、M.O.V.ムーブからは手を振る市民たちがよく見えた。彼らはM.O.V.ムーブを見ようと、建物の屋上や窓、大通りの横道からこちらを見上げていたからだ。


『レディ・ロクサーナ』


 今回の任務の指揮を執るユーインから、通信が入った。


『そろそろ出発しましょうか。貴女あなたには予定通り殿しんがりをお願いします。何かあれば知らせてください』

「了解しました」


 返答してから、ロクサーナは前方へと方向転換を始めた四脚M.O.V.ムーブに視線を移した。地面に大きな影を落としている緑色の機体は、ユーインの搭乗するM.O.V.ムーブウィンディ・ドラゴンフライだ。


 四脚M.O.V.ムーブの動きを観察していると、その脚が左後脚、左前脚、右後脚、右前脚の順で接地して繰り返されていることが分かる。速度に応じて各脚がバランスを取り足並みを変えるのだろう。


 左後ろ脚上部には、ファル・ハルゼ警備隊の蜻蛉とんぼマークが描かれている。蜻蛉を実際に見たことはないが、地球テラで生息している昆虫なのだそうだ。よく発達した細長い二対のはねで飛行し、空中で静止ホバリングすることもできるらしい。更には複眼が大きく、とても広い視野を持つのだそうだ。素早く周囲に目を配る警備隊には、似つかわしいシンボルだと思う。量産型のM.O.V.ムーブであっても、名やシンボルマークを付けられ、塗装され、可愛がられていることが、とても嬉しい。


 地面から二メートル以上高い位置にあるコックピットは四角い形をしており、装甲で覆われている。装備はコックピット下部と上部にある機関銃マシンガンだ。これは他の武器に変えることもできるのだろう。ブリガンダインとはコックピットの仕様は違えど――どうやらブリガンダインのコックピットは特殊仕様らしい――、外部カメラを通じてモニターに映し出された外の光景を見ていることは同じのようだ。ブリガンダインとは違うかもしれない乗り心地が気になるところである。


 そのコックピットの後方には、M.O.V.ムーブにとって大事なものが入っている四角いバックパックが見える。中に収められているのは、M.O.V.ムーブを動かすための蓄電池バッテリー用の持ち運べるタイプの充電器チャージャーだ。


 M.O.V.ムーブ――Moduled Operational Vehicle――の主動力は、碧く煌めく水晶クリスタルコアとしたBGGビージージー――Blue Glare Generator――と呼ばれるものであるのだが、これは高密度・高出力の装置なのである。そして一旦使い切ったBGGを再度使えるようにするためには、設備の整った格納庫ハンガーへ戻らなければならない。通常移動で使ってしまうには勿体ない電力といえるのだ。よって、BGGはM.O.V.ムーブの主動力でありながら、基本的に戦闘時に使用するものであり、普段はほぼ蓄電池バッテリーを使っていたりするのである。


 今回持ってきている、蓄電池バッテリーのための充電器チャージャーにも、主にそれ専用の小型のBGGが使われている。これを充電器チャージャーから引っ張り出し、それ自体を焚火などで熱すれば、再度使えるようにすることができるのだ。BGGとは、熱エネルギーを蓄積させたコアを特定周波数の電磁波を照射することで活性化させ、電気エネルギーに変換する装置なのである。


 何事もなく歩むだけであるなら、蓄電池バッテリーは、使い方次第だがフル充電で一日は持つ。しかし今回は往復で一週間ほどの旅であるため、蓄電池バッテリーのための充電器チャージャーが必要不可欠というわけだ。他に充電チャージする方法がないわけではないのだが、やはり手っ取り早く効率が良いのは、充電器チャージャーの使用なのである。


 移動を始めた四脚M.O.V.ムーブの後ろを、彼の部下たち三人が追い始めた。彼らに護られるようにして、ビリーたち、加えてフェリオンも馬を引きながら歩き始める。その後ろを適度な距離を保ちながら、ロクサーナはブリガンダインをゆっくりと前進させた。



 目的地の山に行く足がかりとしてまず向かうのは、フォルーズという村らしい。ファル・ハルゼから二日ほどの距離らしく、そのため、野営の準備品なども大事な荷物だ。それらは、手綱で引かれている馬たちが運んでくれている。荷馬車が使えれば良いのだろうが、村までは一応道らしきものはあると聞いているものの、都市内のように石などで舗装されているわけではない。凸凹のある地面に加え、頻繁に多くの人の行き来があるわけでもない道なため、すぐに野草が侵食する。それは車輪にとっては相性が悪く、もっぱら町の外の移動には馬が使われているのが現状だ。


 モニターに広がる周囲の光景を見渡せば、ファル・ハルゼが管理する畑や牧場などが両側に広がっている。しばらくは、この光景を楽しめるだろう。更に旅日和の青空で気持ちが良い。


 ロクサーナは羊の居る牧場の傍を進みながら、羊たちがM.O.V.ムーブを怖れていないことに気付き、感心していた。まるで、はがねの巨体が決して柵を越えてこないことを理解しているかのようだ。それら牧場の奥を見れば、大きな小屋が建っている。意外に頑強な作りに見え、知っている羊舎というよりは、完全に扉を閉められる施設のように思われる。一つに気が付けば、それらが、それぞれの牧場に設置されていることが分かった。


「うん……?」


 牧場や畑仕事に従事する者たちのための建物なのだろうか? 基本的には門の内側に住居があると認識していたが、確かに人口が増えれば町から溢れるであろうし、畑や牧場の傍に住む方が効率が良いのかもしれない。


『ミューィ?』

「そうねクロちゃん、今は目の前の仕事に集中しなくちゃね」


 ヘルメット越しに頭を擦りつけてきたC.L.A.U.-1クロウ・ワンに思考を打ち切られ、ロクサーナは小さな疑問を頭の片隅に追いやった。操縦席の背凭れにしがみ付き、外を眺めるのは、C.L.A.U.-1クロウ・ワンのいつもの行動だ。


「ヴァージル、索敵をお願いね。あのソフトウェアは完成してる?」

『イエス、マスター。完璧です』

「それは朗報だわ」


 片手を上げて柔らかさのある頭を撫でてやれば、可愛い鳴き声が上がった。それに、つい口元が緩んでしまう。


 モニターに視線を戻せば、ファル・ハルゼを両側から包み込むようにしてある山裾を、そろそろ過ぎるあたりだ。南北が切り立った崖になっているファル・ハルゼは、天然の要塞ともいえる立地の良さもあり、ここまで安定した治世を続けているのだろう。


 離れている間にこの都市が襲撃など受けることがないように。

 ロクサーナはそう、強く願った。


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