第53話 紅羽先輩、支え合いましょう

 俺は今、紅羽先輩の部屋で一緒にホラー映画を見ていた。

 内容は浮気をした男が悪霊に取り憑かれてしまい、ただただ浮気をされた女の人たちの怨恨に苦しめられるという映画だった。


「…紅羽先輩、この映画怖いです」


「そう?ならよかった〜」


「え…?」


 よかったって…

 普段の紅羽先輩なら「怖かった…?ごめんね」とか「私が安心させてあげる!」と俺のことを抱きしめてくれたりするのに、そんな紅羽先輩が今…なんて言ったんだ?


「よかった…?」


 聞き間違いかと思い、俺は聞こえた言葉をそのままリピートした。


「うん」


 だが紅羽先輩はそれが聞き間違いでないということを証明するかのように頷いて見せた。

 …え?


「な…何がよかったんですか?」


「だってこの映画を見て怖いって思ったなら、新くんは絶対に浮気なんてしないでしょ?」


「こんな怖いの見せなくたって浮気なんてしないですって!」


「新くんはそうだったとしても、他の女の子が新くんのこと誘惑してくる可能性はあるから浮気をしたらどうなるかっていう抑止にも繋がると思って」


 …俺は今の紅羽先輩の話を聞いて、少し心外なことがあった。

 それを直接紅羽先輩に伝える。


「…紅羽先輩は、俺が浮気すると思ってるんですか?」


「え、え!?」


 恋人になった期間はまだ約一ヶ月くらいだが、それでも半年以上も一緒に過ごしてきたことからある程度信頼は得ていると思っていた。

 だからこんな風に浮気の抑止というのを受けるのは心外だった。


「ち、違うよ!?別に新くんのことを信頼してないとかじゃなくて!新くんって、しっかりしてるように見えて意外とちょっと抜けてたりするところもあるから、そういうところが心配だっただけで…本当に!新くんのことを信頼してないわけじゃないの!でも、やっぱり新くんみたいな素敵な男の子と付き合ってるとやっぱり他の女の子も新くんのこと好きになっちゃうかなーとか考えちゃうとどうしても不安になっちゃって…」


 紅羽先輩はおそらく紅羽先輩が一人で抱え続けていたであろう悩みを打ち明けた、これに嘘偽りは一切無いだろう。

 …だとしても、だ。

 それなら今度は俺からも言わせてもらいたいことができた。


「そんなの、絶対に紅羽先輩より俺の方が思ってますよ!紅羽先輩は誰がどう見ても美人な人だし、人柄も良いし、紅羽先輩のことを好きな人だってきっと紅羽先輩の大学にはいっぱい居ますよ!でもそれは、紅羽先輩のことを信頼しているからこそ、俺は何も言わないんです」


「新くん…」


 紅羽先輩はしばらく沈黙した後、重く閉ざしていたであろう口を開いた。


「うん、私が間違ってたね、ごめんね…」


 紅羽先輩は俺に頭を下げた。


「あ、頭なんて下げないでください!そんなつもりで言ったんじゃないですから!」


 俺がそう言うと、紅羽先輩はゆっくりと頭を上げた。


「…あー、でもやっぱり、新くんのことを信頼してるからこそ、新くんと離れ離れになりたくないって思っちゃって、それが不安に繋がっちゃうの」


「…不安なら不安で良いじゃないですか」


「…え?」


「どんなに表面上完璧に見えても完璧な人なんて居ないと思うんです、だから…恋人になるまではできなかった、お互いのことを支え合うっていうことを、俺は紅羽先輩としていけたら良いなって、思って、ます…」


 俺は自分が少し恥ずかしいことを言ってしまっているのかもしれないと思い、最後の方は少し声が小さくなってしまった…それでも、言いたいことは言えた。


「…新くんより年上なのに、肝心なところは新くんに敵わないね、うん!改めて支え合っていこうね!しんどい時は…全部、私が包み込んであげるから、私から離れないでね」


「…はい」


 紅羽先輩は俺のことを抱きしめてきた。

 俺はその安心感にただ身を任せようと思ったのだが…一つ問題がある。


「…紅羽先輩」


「なーに?」


「…俺、今日あんなホラー映画見て一人でお風呂に入れるか不安です」


「え!それって一緒にお風呂────」


「違います!…俺がお風呂に入ってる間、お風呂の前に居てください」


「あー!うん!わかったよ!お化けが来ても私が撃退してあげるから!任せて!!」


 こうして、俺と紅羽先輩の恋人としての深い話は終わった。

 …紅羽先輩と、今までよりも深い関係になれたと思うと、俺は素直に嬉しかった。

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