第26話峠を走るんじゃよ

 車内ではノートパソコンに繋いだスピーカーから、ズンドコズンドコ重低音マシマシでアニソンが流れている。


 えるしぃちゃんはノリノリでヘッドバンキングしながら運転をしている。


 綺麗な銀髪が歌舞伎の舞の様にブンブン回転しており物凄いカオスな状況である。


:えるしぃちゃん! 前! 前!

:けれども法定速度は守っているのね

:ひぃぃぃぃいいいぃぃ!!

:前を見て運転して!

:アブねぇwww

:ちょ、アニソンが素晴らしいのは分かったからっ!

:なんて安心できねえ車載動画なんだ……

:車載動画ってボーっと見ている様な映像のハズ……だよね?


「フォォォォオオォォォ!! フゥ↑ フゥ↑ イッツ・クール!!」


 えるしぃちゃん(三百三十五歳)はちゃんと免許証を持っている、顔写真は見せられない状態だが。


 蓮ちゃんは隣の県に住んでおり、事務所の使用に向いている良さそうな物件が何件かあるから内見に行かへんか? と、誘われウッキウッキで『わたしが車で迎えに行っちゃるもん!』と勢いで蓮ちゃんに承諾させた。


 念願の『モテ男のテクニック集』に載っていた、ハンドルを片手で運転しながら左腕を女性の肩に乗せるというしょーもない夢を叶える為に、車をぶーぶーと走らせている。


 他にもバック駐車する際に身体を後ろに捻り、女性と急接近しちゃう高等テクニックもあるのだが、残念ながらレンタルした車はバックモニター付きであった。


 ネットでレンタルする車を指定してアプリで車の開錠を行う最新式だったので、人と顔を会わさずに借りられており。また利用しちゃるけえの! と、満点花丸を心の中でレンタル会社に送っていた。


 隣県に行くには複数のルートがあるのがどうせなら配信しながら行こうと決め、景色が比較的良い山越えのコースを選択したのだった。


 しかし、山道に入ったことから天気が崩れ始め小雨が降り始めた。


「むむむ、小雨が降って来たよぉ~。これは更なる安全運転で行かないとね―――んっ、へぅっ!! ちょ、あぶなっ!」


 キッチリと法定速度以下で安全走行を行っており、小雨が降って来た事によりほんの少しだけスピードを落とした時であった。


 黄色いスポーツカーが狭い道路の中央線を越え、対向車線を走行しながら追い越していった。


 道路の中央線には追い越しの為はみ出し禁止の黄色い線であり、山道などの狭くて雨で視界が悪い時におこなってはいけない危険な行為である。


 案の定、対向車線にいた車と接触しそうになり、盛大にクラクションを鳴らされていた。


:うわっあぶねっ

:未だにああいう人いるんだな

:自分の事しか考えていないんだろうね

:[天罰術式を今から組みます故]

:[ナンバー覚えたあるヨ]

:追い越し車のナンバーが百万人以上に見られているとは思ってないだろうなw

:あぶないなぁ、えるしぃちゃん安全運転なのに


 対向車に鳴らされたクラクションをえるしぃちゃんの車が鳴らしたと勘違いしたのか、急ブレーキをしたり蛇行運転をおこない走行の妨害を始めた。


 かなり悪質な行為であり、傷害罪が適応されかねないレベルの行為だ。


:ああ、これ、言い訳しようがないほどの証拠が残ったな

:なんとかブレーキで回避してるけど、車降りてきたら相手の死亡エンドだな

:とんでもない人を煽っていきました。あなたの車ですw

:通報しました

:あれ、どこかで同じような事見た事ある気が……

:あ゛あ゛! えるしぃちゃん……おめめが……真っ赤に……

:ああ、終わった

:また、世界が乱れる

:闘神様降臨

:チーン

:雷が鳴り出している……


「…………――――ほぉ」

 

 瞳の色が真紅の眼に変わり目尻が釣り上がっていく、凶悪なオーラが身体の周りに発生し空間が歪んでいく。


 えるしぃちゃんは車庫入れがめっちゃ苦手だったので、少しでも駐車しやすいように小型の軽自動車をレンタルしていた。


 加速力もなく最高速も高くない。だが――


 クンッ、と。左へハンドルを軽く切ると煽ってきている車も追従し寄せて来る、そして一気にアクセルを全開にしながら右へ急ハンドルを切った。


 フェイントだ。


 ちっちゃな軽自動車が対向車線を走り抜けスポーツカーの前へ躍り出た。


 ムキになったのかスポーツカーも激突ぎりぎりのところまで接近し、追い越そうとするも。えるしぃちゃんはハンドルを巧みに操って背後の車の車線をブロッキングしていく。


 その様子を見るワルワルエルフがニチャリと邪悪に笑う。


「小童が。我の前を行くには百年早いわぼけぇッ!!」


:さすえる

:さすえる

:高度なテクニックですな

:ヒュゥッ! カッコいい!

:ドラテクしゅんごい

:軽自動車がスポーツカーを抜いたw

:相手顔真っ赤w

:ぶつけられそうな予感がする

:あほうは後先考えないものな


 リスナーの予想通り急カーブへと差し掛かると無理な追い越しをしようと突っ込んできた。軽自動車の加速力ではすぐに追いつかれ車体の右後部に軽く接触した。


「ッチ、ならばやむをえんか――見るがいい、我の神技をなぁッ!」


 車体にぶつかる瞬間の反動をアクセルの微調整で緩和しつつ、車体に掛かる衝撃を利用し遠心力も合わせ――サイドブレーキを引いた。


:ああああああ!!

:世界が回るぅぅぅぅぅううぅぅ!

:事故か! えるしぃちゃん! 大丈夫!?

:いや……すげぇ……バック走してやがる……

:これは、カーブの連続である峠だからこそできる神技だな

:バック走キター

:まじすげぇ

:真正面のスポーツカーの運転手が唖然としているw

:特定しましたツブヤイターにあげます

:犯人乙

:えるしぃちゃん笑顔で煽ってるw強いw


 サイドブレーキを引き車体を百八十度半回転させ、ギアをバックに切り替えると全力でバック走を始める。


 えるしぃちゃんは峠の連続急カーブをバック走のみで攻略していっているのだ。


 ついでに目の前に見えるスポーツカーの運転手に向けて『ファァァァァァアアァァクッ!!』と、叫びながら中指を相手に向けて立てている。


 バックで運転しながらカーブを曲がりつつ、挑発しながら片手で運転するという曲芸を超えた何かをリスナーたちは見せられている。


 これには相手の髭面のおっさんも大激怒、車内で掛けていたサングラスを助手席へ放り投げると両手でハンドルを持ちアクセルを吹かし始めた。


 その様子にえるしぃちゃんは――さらに煽る煽る。


 しまいには両手でファッキューサインの後、拳を握って親指の身を下へ向けた、俗に言う『地獄へ落ちろッ!』だ。しかも、膝でハンドルを操作しながらアクセルを全開にバック走を行うという器用さである。


:カッコいい……濡れる……

:煽りに煽りを重ねさらに煽る天才

:ハイオク満タンでーす

:もう、これだけで食っていけるよえるしぃちゃん

:プロでも出来んわ。いや、ホンマ

:超絶技巧の無駄遣いw

:煽る為だけに超テクニックを披露w

:[車には詳しくないが神の満足そうな顔が素敵です]

:映画化待ったなしやんけ

:警察さんえるしぃちゃん見逃したってぇ……

:正当防衛と言う名の超絶煽り

:まぁ、通報は勘弁してやるか


「む、この車両では回避できぬな。――ちょっと、ショッキングなシーンになるのじゃ。リスナーはそれを念頭に置くがよい。――よいな?」


 バック走でえるしぃちゃんは見えていないはずなのだが周辺環境を把握してる節がある。現に、バック走でブロッキングをしているが、進んだ先には徐行が必要なレベルでの超急カーブとなっているのだ。


 さらに、段々とした崖の上に作られた道路は超急カーブの六連続で、峠を攻めている走り屋たちにとっての聖地となっている。


:了解

:ああ、奴の末路が見えた

:多分、相手さん止まらねーんでオッケーです

:自業自得やなぁ

:衝突しなけりゃ無実ですう

:あーあー、あのスポーツカー高いのに

:おしゃか百パーセントですね

:来世を祈る


 一つ目の超急カーブ突入する。


 サイドブレーキを小刻みに掛けつつほぼ真横の状態でカーブを抜けて行く、さすがにスポーツカーも道路が完全にブロックされれば追い抜くことなどできない。


 二回、三回とクリアしていき相手に髭面おっさんの怒りのボルテージが限界を超えた。


「――来るぞ。あの、アホゥは人間としての倫理を超えたようじゃな。しょーもない理由で殺人をしようとする人間はいっぺん死ねばいいのじゃ」


 四回目の超急カーブでそれは起こった。


 バック走でスピンターンとサイドターンを繰り返しながらも相手の運転手の顔が見えている。


 スポーツカーが急にアクセル全開にし、えるしぃちゃんの軽自動車の胴体目掛けて突撃してきた。


 パンッパンッ、と排気音を爆音で響かせて凶器と言う名のスポーツカーやって来る。


 相手の表情すら撮影されリスナーにも見えているのだが、運転手は狂った瞳をしており殺意がありありなのが誰が見ても分かる。


「まっこと愚かで、ゲロクソ以下の人間じゃの。――地獄に行けやボケ」


 超急カーブを背後に――急ブレーキとハンドルをめいっぱい切った。


 キュルキュルと、車体が一回転し急カーブの内側の縁石に軽自動車の前輪を乗せると、タイヤの削れる音が鳴り響く。


 えるしぃちゃんはタイヤを削りながら強引に超急カーブをクリアーしたのだ。


 まさか、回避されるとは予想していなかったスポーツカーはガードレールを突き破って空を飛び、崖の下へ落ちて行った。――ガアァァァッン!!


 車が激突し小さな破片が飛び散る様子が伺えた。恐らく運転手は無事ではないだろう。


 軽自動車の速度を法定速度以下に落とすとゆるりと峠を降りて行く。


「リスナーのみんなはマネするでないぞ? えるしぃちゃんとの約束じゃよ?」


:…………絶句するとはこの事なんですね

:あー。うん千万のスポーツカーが空を飛びましたね。

:走行妨害もせず回避しただけなので無罪でっしゃろ

:つか、相手は殺人未遂だろ

:そのまま死んでくれればいいのに

:あの顔は故意だったね

:これで死んでも全く悪くねえよ

:回避しただけで誘導も何もしてないもんね

:本当に殺しに掛かって来る人間って怖いんだね

:ホント、死んでくれた方が世の為

:一応、警察に連絡は入れてるっす。えるしぃちゃん携帯触れなさそうだし


「お、連絡助かるのう。――おお、首と足の骨折くらいで生きてるようじゃ。しぶといのう。――まさかリスナーも殺されかけた我に救護義務がどうたらは言わんじゃろうな? 当たってもおらんし我は気が動転していて見逃した――じゃろ?」


 ゆるりと超急カーブを進んで行くと道路の外れで大破しているスポーツカーが見えてきた。ボンネットがひしゃげ、胴部が真っ二つになっている程の大惨事だ。


 エアバックが発動し運が良かったのか、運転手は車体に挟まれたりはしていないようだ。


:これを運転免許の違反者講習で流そうwww

:教訓ですね

:世の中全ての事故が、こんな勧善懲悪モノだったら事故の被害者の方は救われるのにね

:ウチの管轄の地域だから交通機動隊が向かってる

:ご苦労様です。えるしぃちゃんは無罪だよね?

:これなら、スピード違反と危険運転行為だな。

:明らかに殺しに来てるのに罪に問われたら暴動起きそう

:多分、厳重注意の範囲ですね。救護は……まぁ、明らかに殺人を意図してましたし大丈夫かと、下っ端の推測なんでそれしか言えないっす

:セーフ

:それにしても人間って怖いよな、たかが、交通トラブルで殺せるんだから

:それな、安全運転してる人の何にキレてるんだって話


「人間はいくらでも醜く残酷になれるのじゃよ。まぁ、我もじゃがな――――あ゛ッ!! あ゛あ゛ぁぁぁああぁぁっぁぁ!!」


 突如叫び出し半泣きになるえるしぃちゃん。リスナー達も驚き心配そうなコメントで溢れかえる。


「――車体の後方をぶつけられているのを忘れておった……――事故処理しないと自己負担になっちゃうよぅ……ふえぇぇぇぇぇえええぇぇぇんっ!!」


 瞳の色がヘテロクロミアの状態へ戻ると、ポンコツなえるしぃちゃんが戻って来た。レンタカーの保険を適用するにはちゃんと警察に立ち会ってもらわなければいけないのだ。


:あ

:せやな

:Uターン?

:現場に警察来ていたらアウトォ!

:そういえば最初の頃ぶつけられていたな

:戻る?

:オチとしては最高

:ペロッ。この締まらなさはえるしぃちゃん


「ぐすっぐすっ。もちろん戻るに決まってるじゃん! あのクソボケに慰謝料請求してやる!!」


:止めを刺しに戻るか

:うんうん、ちょっと面倒だけど証拠あるしね

:厳重注意されて涙目になるまでがオチとみた

:あー、助かるっス。あんま、怒らないように同僚に言っておくっス

:警察パイセンおなしゃっす

:慰謝料w

:あれは請求しても許されるレベル

:おあとがよろしいようで


 この後現場に戻った時に警察が到着しており『どうてん して いたので きづきませんでした まる』と、バイザーヘルメット装備で頑張って説明した。


 中にはえるしぃちゃんと分かって握手をして上司に怒られる人もいたようだ。


 現場の調査の為に車に搭載されているドライブレコーダーを見られ、危険運転行為でこっぴどく怒られるのであった。


 その様子はちっこいヘルメットを被った不審者がとってもしょげていた模様。


 事故の処理としてはえるぃちゃんが主に危険回避しており、殺意の籠ったスポーツカーのおっさんの方に警察官達は厳しい顔を向けていたそうな。


 ちなみに、蓮ちゃんのお迎えは少し遅れたけれど無事到着した。

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