11話


 今日は3on3ということらしく、ハジメや相澤と大学生――――最初に早紀達を連れて入った時にハジメを恨むような言動をしつつ、でも親しみを込めて歓迎してくれていた人達――――との試合を見ていた。


 千夏としては、いつも凄いなと思いながら見ているだけだったが、バスケ部の早紀曰く、何であれであの二人バスケ部に入ってないのよ、という事だったので、どうもバスケ部からしてもハジメと相澤の二人は上手いようだった。


 少し、誇らしい気分になる。

 なるほど、友人に彼氏を褒められるという経験は、何というか、ただ嬉しい。


「というか、佐藤と相澤もそうだけど、大学生の人たち、めちゃくちゃ上手いわね。こんなところあったんだ」


「ね、うちも初めて来た時びっくりした。それに、考えてみたら当たり前だけど学校の外にもこういうコミュニティってあるんだなぁって」


「確かに、高校生だとあまり高校の外って知らないもんねぇ、文武両道って謳ってるからなのか、うちの高校って勉強と部活優先で、バイトも原則禁止だし」


 そんな風に話していると試合が終わる。

 玲奈が少しだけ席を外しますね、と言って携帯を片手に裏手に歩いていくのを見送った。

 相澤は試合終わるとカナさんの所に戻るのかコートから出て、残ったハジメは大学生の二人とプレーについてなにか話をしているようで、まだ戻ってはこなさそうだった。


 ちょっと待った後に、少しトイレに行きたくなったため、早紀と優子に告げて、千夏は裏手にある通路に行こうとして、聞こえてきた話し声に足を止める。


「………意外でした。貴方が同年代の男性と対等に付き合っているなんて」


「あいつは少し特別だからな」


 立ち聞きは良くないと思いながら、聞こえてきた声がどちらも聞き覚えがある声だったことと、そこに繋がりがあったことが意外で、千夏は聞き耳を立ててしまう。


 話しているのは、玲奈と相澤だった。


「…………特別、ですか?」


「俺は、親父や、お前の爺さん方が言うように、人間には生まれ持ったぶんってもんがあると思ってた。だが、意外とそうでもねーんじゃないかってあいつを見てると思ってな」


「そうですか、千夏さんの彼氏というだけでなく、貴方までそう言うのは興味深いですね…………ところで、一緒に居た女の方は今の恋人ですか?」


「……あぁそうだ。何だ? 形式だけとはいえ、?」


(…………!?)


 聞こえた言葉に咄嗟に声を上げそうになり、千夏は、音を立てないように必死になる。その間にも話は続いて。


「……いえ、元々お祖父様じいさまが決めたことですし。それに殿方は色々あるのでしょうから、私として何かを縛るつもりはありませんよ」


「理解があって何よりだが、親に決められた通りになる必要もねぇ、お前もお前の思う通りに生きて良いんだと思うぜ? 俺としても縛るつもりはない」


「思う通りに、ですか。……お母様にもそう言われます。ですが、私は決められた道を進む生き方しか知りませんしそれに不満もありませんので。……ただ、そうですね、今日は少しばかり、恋愛というものに興味が湧いたかもしれません」


「そうかよ」


 千夏はそっとその場から離れた。

 色んな意味で、これ以上聞くべきではないと思ったから。


 ちょっとした興味本位で、立ち聞きしてしまったことを後悔していた。



 ◇◆



「何かあった? 千夏」


 僕はタオルで汗を拭きながら、そっとそう尋ねた。

 何だかトイレに行った後の千夏が、何かを思い悩んでいそうだったので。


「うん…………今日さ、泊まって良い? ちょっと整理したいというか、うちの中だけでも抱えてられないというか、ハジメにも共犯者になってほしいというか」


 すると、千夏は頷いてそう言う。

 共犯者って何? と思ってそのまま聞く。


「泊まるのは嬉しいんだけど、最後の共犯者って、何?」


「いやー、人と人の関わりって、本当に難しいなぁって」


「急に哲学的なことを言い出したね……まぁうん」


 後で話してくれるというなら、ということと、深刻では無さそうだったので少し安心する。


 そして、元々今日は来るつもりではなかった僕は、他の3人の門限もあることから早めに抜けることにして、真司達に別れを告げつつ、帰ることにした。

 ちなみに真司には、千夏とのことももう敢えて隠しはしないことは伝えており、興味は無さそうにやっとかよ、と言いつつも、恐らく祝福はしてくれたのだと思う。


「千夏、当たり前のように佐藤の家に泊まるって言うのね。何ていうか今日一日だけで、千夏のことも佐藤のことも、知らないって怖いってわかったわ」


 帰り際、そんな事を藤堂さんに言われてしまったが、もう何というか覚悟が決まったからか、あまり照れることはしなかった。



 帰宅して玄関を入ると、千夏は僕に我慢していたのだと言わんばかりに抱きついて来て、僕はそれを抱きとめる。

 こうして、飛び込んで来るように抱きついてくる千夏を抱きしめ返すのも上手くなった気がした。


「今日も色々ありがとう。…………あのさ、色々有りすぎて話も聞いてほしいんだけど、その前に、うーんと甘えても良い?」


 勿論、駄目な訳はなかった。

 そして、一日会えないだけで手持ち無沙汰となった僕が日中掃除しながら作っていたものをお披露目することにする。


「プリン? 作ったの?」


「掃除してたら、外に移動販売の産みたて卵の車が通っててさ、買って、作り方見ながら作ってみました…………何だか一日千夏がいないだけなのに寂しいというか、手持ち無沙汰でさ」


「…………もうほんと好き、愛してる、ハジメ」


「あはは、嬉しいけど今言われると、半分プリンのためだよね」


「もー違うって! そういうのを作ってくれるのとか、うちと居なくて手持ち無沙汰って言ってくれるのとか、そういうの含めて全部よ!」


 そんな風にじゃれ合いながら僕らは恋人として、少しばかりの甘い一時を過ごした。

 今日が不幸な日どころか、千夏が友人達にも自然体になれた良い日になった事を寿ことほぎながら。



 ◇◆



「あ、それで聞いてほしいって言ってた話なんだけどさ」


 夜も更けた後、帰ってきてから二度目となるシャワーを浴びて、髪を乾かしながら千夏は僕にそう告げた。

 それに、飲み物を用意しながら僕は頷く。


「うん、さっき言ってたけど、改めて共犯者って何?」


「……本当は、彼氏でもこういう事を話すのは良くないんだけどさ、うち一人で抱え込むのもう無理だから、せめて吐き出す相手になって」


「どんどん聞くの怖くなるんだけど……まぁ良いよ」


「あのね」


 そう言って僕らはテーブルに向かい合わせに座る。千夏はノートを取り出していた。

 そして、そこに僕らの名前を書いていく。


 僕と千夏は双方向の矢印で結ばれ、丸で囲まれた。

 恋人、と可愛い文字で記載される。


「これがうちら二人だけの関係ね、で、次は」


 そう言って、今度はバスケ部の佐藤くんと櫻井さん、そして藤堂さん。

 千夏から、櫻井さんと藤堂さんに線が引かれて、親友になれそうな友達、と書かれた。初めて会った時には親友は作らないと言っていた千夏が、僕と恋人になって、親友もできそうなのがとても嬉しい。


 後、少しだけやりたいことがわかってきた。


 続けて、佐藤くんは櫻井さんに、矢印、そして?マークをつける。

 幼馴染、元カノ。今は不明?。


 櫻井さんからもまた佐藤くんにも矢印、?を二つ。

 幼馴染、元カレ。今は不明??。


 藤堂さんから佐藤くんに太い矢印。

 初恋、と赤字。


 僕は理解すると同時に、続きが見たくないと思い始める。


 それで終わりかと思いきや、今度は法乗院さんの名前を書いて千夏から他の二人と同じように線を伸ばした。

 そして、何故か真司とカナさんを書き加える。今更ながらにさんであることを知った。


「玲奈って良いところのお嬢様でさ、品もあってとても綺麗な子なんだ。そして、やっぱりそういう家柄だからなのか、同年代の婚約者が居るらしいとは聞いてたんだよね」


 千夏がそう呟きながら、何故か真司に向けて矢印を書く。

 真司からも法乗院さんに向けて同じように矢印を。

 そして、赤字で許嫁いいなづけ、と書いた。


「え゛…………?」


 口から漏れた僕の声には構わず、千夏は書き切る。


 カナさんから真司に向ける矢印。

 恋人。


 そして、真司からカナさんに向けようとして、これってちゃんと向いてるわよね?と聞いてくる。

 正直来るもの拒まず去るもの追わずで、カナさんが一番続いている。

 僕がそう言うと、何よそれ、と言いながら矢印を向けて、薄く?を書いた。


 真司からカナさんへの矢印。

 恋人?


「これでよし、と。……で、ハジメ、感想は?」


 書き終えて、やりきったかのごとく千夏が僕に一言だけ尋ねてくる。


「聞きたくなかった……知りたくなかった……しかもこれさ、藤堂さんは佐藤くんと櫻井さんの事を知らないし、カナさんは法乗院さんのことは多分知らない、んだよね? 何で千夏のグループこんな事になってんの?」


「うちはおかげでスッキリした! …………そうだと思う、そして相澤とカナさんのことはハジメ関連でしょ、うちだって知りたくなかったよ、カナさんとも仲良くなった後にこの事実! 早紀とゆっこのことだけですら手一杯だと思ってたのに!」


 そう言いながらも、本当にスッキリした顔になった千夏を、僕は初めて恨んだ。

 世の中には知らなくて良いこともあるのだ。


 僕らの転機となった冬休みのとある一日は、こうして過ぎ去っていった。



 ◇◆



 さて、随分と昔の事のような気がするけれど、僕らはこうして出会って、関係をはぐくみ、ふとしたことからバレた友人たちに見守られるようにして、3学期の始業式の翌日、通常授業初日の放課後を迎えることになる。


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